夏模様
今日はの家へ行く日だった。エアコンも直っているし、二人になれるから、と昨日誘われた。
特に時間は決めておらず、ざっくり昼過ぎに向かうとだけ告げてある。
昼食を食べてから家を出る準備を整えていると、母さんがキッチンからそういえば、と声をかけた。

「明日母さんたち実家戻って土曜日に帰ってくるけど、あなたたち土曜日は炭治郎くんのところ行くんだって?」
「うん」
「ええ~、母さんも行こうかしら」
「なんでだよ」
「お昼はちゃんと家にいなさいよ。帰ってきていなかったら寂しいわ」

用事があって母さんと父さんは二人で母さんの実家に戻ると行っていた。父さんは車の運転という役割がほぼだと思うけど。
一体いくつなんだと頭をひねらせる様な素振りを見せる母さんに兄さんは溜息を吐いた。それを横目にへ今から行く、とメッセージを入れる。
食器を洗っていた母さんは水を止めてエプロンを外しながらキッチンから出てきた。

「ちゃんと二人で仲良くやるのよ」
「何歳だと思ってんだよ。つーか一日いないだけだろ」
「そんな冷たいこと言わないで~」
「やめろ!」

甘える様に母さんは兄さんの腕に纏わりついた。いつまでたっても子離れできなそうな親だなと、自分の母ながら他人事の様にそう思った。
それから母さんはそうだ、と思い出した様にコロッと態度を変えて兄さんから離れ、リビングから庭へと出ていった。昨日、結局兄さんが取り付けた散水ノズルで花に水をやるらしい。
ふう、と息を吐く声が静かに部屋に響いた。

「無一郎」
「なに?」
「明日俺、炭治郎の家泊まりに行くよ」
「……なに、突然」

わかった、待ってる!とからのメッセージが返ってきた時だった。兄さんは僕へ呟いた後、口元を緩ませた。

「気効かせてやってんだろ」
「……」
「どこまでやるのかはお前次第だけど」
「……行ってきます」

ニヤニヤしている兄さんの言うことには返事はせず、廊下へ出て靴を履き、炎天下へ足を踏み出した。
真っ直ぐ続く道のアスファルトはゆらゆらと揺れている。太陽のない方を見上げると、青空には真っ白な雲が一つ描かれていた。

「いらっしゃい!」

着いたことを知らせると、ガチャっと鍵の開かれた音がした後に眩しい笑顔が飛び出してきた。手招きされたまま家に入ると、違和感に肩を震わせた。違和感というよりは単純に、寒気だ。

「ねえ、寒くない?」
「あ、やっぱり?」

灼熱地獄を歩いてきたからその分、冷えた部屋の中に入ると寒さを感じるとか、そんなものではなかった。
リビングへの扉を開けた瞬間冷気が襲ってきて顔を顰めた。
尋ねた僕には苦笑いをする。

「折角直ったのと、無一郎くん暑いの嫌いだからキンキンに冷やしておこうと思って」
「やりすぎだよ」

困り顔で話すに顔を引きつらせた。しかも、やっぱり、と聞いてきたということは自分でも多少なりともやりすぎな自覚はあったわけだ。一体何をしたいのか理解ができない。
は一先ず僕をソファーへ座らせた後、テーブルに置いてあったエアコンのリモコンをピピ、と操作した。

「ちょっと上げたよ」
「あったかいお茶が飲みたいくらいだよ」

僕がそう零せば、はバツが悪そうに笑いながらも僕の隣へ前と同じ様に距離を詰めて座った。
エアコンが壊れている時は扇風機でなんとか過ごしていたから暑苦しかったけど、今はそうでもない。
は僕に腕を絡ませてピタリと身体を密着させた。

「今ならくっついても暑くないね」

間近で顔を赤らめるに、そういうことかと腑に落ちた。
は僕が思ってるよりも、結構打算的な人間であるのかもしれない。勉強は平均的みたいだけど、こういうことを思いつくのは得意な様だ。
ふと、家を出る前に兄さんに言われたことを思い出した。どこまでやるのかはお前次第、と。そういうことは、したことがない。ただ興味がないかと言われたらそれは嘘になる。
兄さんが気を利かせなくても、二人きりになれる時は今の様に何度もあったけど、最後までなんてしたことはない。

「……、」

頭の中で思考を張り巡らせながら、の頬に触れ顔を寄せた。察したは瞳を閉じる。その唇に軽く触れて離した後に、舌を這わせてみると肩を揺らしながらもうっすら口を開いたのでそのまま中に入れて絡め取った。
何度かこのくらいまではしたことがある。けど、その先は進んでいない。ただ、最初にこうした時もは特に抵抗はしなかった。
くっつきたい、二人きりになりたい、からよくそう話しているくらいだから、そういうことを受け入れているのだと、今改めて、やっぱりこの子は意外にもしっかり考えているのだろうかと頭に浮かんだ。

「んんっ、ぅ」

エアコンが風を送り出す音と溢れ出る水音に混じりのくぐもった声が聞こえて唇を離した。
一度俯き、僕の腕を掴んでいた手の力を緩めて息を整える。再び顔を上げたは僕へ頬を緩ませた。

「熱くなってきたね」

寒いからとエアコンの温度を上げたはずが、僕もも身体の温度は上昇していた。暑いのは苦手だけど、この熱さは嫌いではない。むしろ、もっと熱くなってもいいのだけれど、どうだろうか、は。良さそうな気がするけど。

「私、無一郎くんと会ってから、夏がもっと好きになったんだよね」

の頭に手を回して、もう一度、今度はもう少し先まで進んでみようかと試そうとしたところ、唐突にそう呟いた。思わず手を止めて瞬きを繰り返す。

「夏休みがあるから?」

だとしたら、冬休みも好きになる、ということになるけど。夏休みの方が長いからそっちの方がいいとか、そういう類だろうか。だとしたら、なんて短絡的なのだと思う。そもそも休みでなくても学校で会えるのだ。季節なんて関係ない。

「それもまあ、あるかもしれないけど……」
「なに?」
「えへへ」

はにかむ様に笑ったに、なんとなく雰囲気が崩れた気がして推し進めようとした計画はやめた。
から手を離して立ち上がり、テーブルまで歩み寄る。が出しっ放しにしていたであろう英文日記の宿題がある。五日間くらい空白のままだ。

「これ、どうすんの?」
「大丈夫!私この一週間くらいのこと、鮮明に覚えてるから!」

の『大丈夫』なんてあてにならないし根拠なんてないだろうから説得力もない。それなのに、なぜか僕も『大丈夫』と思ってしまうのは、きっといつもより少し熱があるせいだ。


8月6日 彼女は夏が好きらしい。




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