夏模様
『今日泊まっていけば』とが僕の家に来る前に連絡をいれたら、メッセージは速攻で頷いたものが返ってきた。

「お邪魔します!……あれ、お母さんと有一郎くんは?」

パタパタと手で顔を仰ぎながらリビングへと入ってきたはしんと静まり返っている部屋に首を傾げた。父さんは平日に家にいることなんてほとんどいないけど、母さんと、僕らと同じく夏休み中の兄さんは家にいないわけはなく疑問に思うのも当たり前だった。

「いないよ」
「そうなんだ、買い物?」
「母さんは父さんと実家帰って明日の昼頃帰ってくる。兄さんは今日は炭治郎のとこに泊まりに行った」
「へえー……えっ」

持ってきた荷物を椅子に置きながらは僕の答えに耳を傾ける。一度頷いた後に時が止まったように僕を見て目を丸くさせた。

「じゃあ、明日の昼頃までずっと無一郎くんと二人ってこと?」
「……そうだね」

わかってはいたことではあるのだが、改めてそう言葉にされるとこっちまでやけに意識してしまうからやめてほしい。別に、そういうことをしようと思って誘ったわけではない。
小さく返した僕にはそっか、えへへ、と頬を赤らめた。それを横目に昨日のの家のように僕はエアコンの温度をピピ、と何度か下げた。

「あ、夕ご飯はどうしよう!」
「母さんがカレー置いてってる」
「わあ、楽しみ!」

夏野菜カレー置いておくからね、と今朝母さんは父さんと家を出る前に僕たちに告げた。兄さんは炭治郎の家に行くからあまり関係はないけど。
はテーブルにノートを広げていつにも増して宿題のやる気を見せていた。結局、この一週間はほぼ手をつけていないのではないだろうか。本当に一日一日の出来事を覚えているのかも怪しいところ。
まあ、終わらなかったところで僕には関係ないのだが。
一応、わからないところがあれば教えて、とだけ伝えてこの前兄さんに教えてもらった将棋アプリを起動した。
対戦相手が見つかるのを待っていると、視線を感じてそちらへ顔を向ける。は慌てたようにノートへ視線を落とした。……だから、変に意識するのはやめてほしい。
対戦相手が決まって対局を始めていたら、からの質問も全くないままいつのまにか夜だった。ずっと集中していた。なぜか僕のテーブルの上には量が減っている麦茶が置いてある。出した記憶も飲んだ記憶もないけど、おそらくが出してくれて無意識のうちに飲んでいたのだろう。
を見ると、シャーペンを走らせているわけでもなくうたた寝をしていた。

「あだっ」

コクリコクリと揺れるその額を指で弾けば思ったよりもすぐに起きた。
ほんのりと赤くなってしまっている額を摩りながらは目をパチパチとさせて僕へ微笑んだ。

「おはよう」
「夜だけど」
「カレーの時間だ!」

僕もかなり自分の世界に入っていたから申し訳ないことをしてしまったけど、は進んだのだろうか。数学なんて生徒いじめかのように大量に出されている。出されたものはすぐに片付けたいタチであるから七月中に終わらせたけど、はそんなこともないだろう。
テーブルに広げられている、僕がアプリを始める前に見たページと今開いているページを頭の中で比べた。意外なことに、思ったよりも進んでいた。
はその問題集を閉じて、ご飯にしよう、と自分の家であるかのように準備をし始めた。

「ご飯どれくらい食べる?」
「普通」
「はーい!なんだか家族みたいだね」

サラリとが口にした言葉は、聞かないフリをした。どう反応すればいいのか正解がわからなかった。は何も考えていないのだろうけど。それは兄妹のようだと言っているのか、それとも。
器にカレーをよそって二人で手を合わせて食べ始める。

「ねえ」
「えっ、ん?」
「なにさっきから時計気にしてるの」

テレビをつけて、夏うた特集なんてものを見ながら食べているけど、は先ほどからずっとそわそわとしている。その原因はちらちらと気にしている時計、正確には時間にあるのだろうと、さすがに気になって尋ねた。いつもならテレビで何か曲が流れようものならそれに合わせて歌っているのに今日はそれがない。

「気にしてないよ!」
「バレバレは嘘吐かなくていいよ。なに、何かあるの?」
「……うん」

とある時間に見たい番組が始まる、とかだろうか。嘘は隠し通せないと観念したのかは瞳を伏せて頷いた。チャンネルなんて自由に変えてくれて構わないのに、そういうことではないのだろうか。
顔を顰める僕には瞳を合わせて小さく笑った。

「今日は夜更かししよう」
「…………」
「ね!」
「……いいけど」

つまりは、そういうことなのだろうか。確かには家に来て誰もいないことを知ってから変に意識をしていたけど。ただ、真っ直ぐ過ぎて違う意味なのではないかとも疑いの余念はある。
交代でお風呂に入って、が入っている間に部屋に布団を用意していた。二段ベッドで兄さんはいないからそうする必要もないと言えばないけど、一応客人だし。

「お風呂広いね!泳げそうだったよ」
「それは大袈裟」

階段を上がってきた音がして、一応ノックをする常識はあるらしいだったけど、口を開けば能天気なことだった。髪がしっとりとしている。
ほかほかと良い匂いをさせながらは僕が敷いていた布団へダイブした。

「ふかふか~、ありがとう」
「どういたしまして」

寝っ転がりながらは僕へ笑いかけた。ちら、と時計を確認していた。やっぱり、今日は何かと時間を気にしている。
まあ、なんでもいいやと電気を消して僕も自分のベッドへ横になろうとしたら服を摘まれた。

「まだ寝ちゃダメ、もうちょっと」

静かに放たれた言葉は部屋の中に響いた。
一度ゆっくり深呼吸をしてから、だったら、と僕は起き上がっているの肩を押してそのまま布団へと沈ませた。

「あ、えっと」
「黙って」

そっと顔を近づけて、口付けた。絡ませた手から伝わる体温がいつもより高く感じるのは風呂上がりだからか、そうしているからかはわからない。
どこまでしてもいいのだろうかと、服の上から触れたところだった。

「あ!」

馬鹿でかいアラーム音のようなものが枕元に置いてあるの携帯から鳴り響いた。
固まっている僕をはそっと押し返して身体を起こす。それからダボついたパジャマのポケットから何かを取り出し僕へ差し出した。

「ハッピーバースデー!」

暗がりに慣れた視界に映るはとびっきりの笑顔を見せた。一先ずその馬鹿でかいアラームを止めてからにしてほしいと思ったけど、それと同時に日付が変わった今日、自分が誕生日であることも思い出した。
だから今日ずっとは時間を気にしてそわそわとしていたのかと腑に落ちた。
が止めない代わりにアラームを止めてから、差し出しているそれを受け取った。

「なにこれ」
「開けてみて!」

言われた通り、巾着のような小さい包みを結んでいる紐を解いて中身を取り出すと、髪ゴムか、いや、ブレスレットか、透き通る水色をしたパワーストーンのようなものが一つついている。

「結んだ方が食べやすいと思って」

呟くに、そういえば前に食べる時に邪魔でないのかとか聞いていたなと思い出した。それを見て、決めたと声を上げていた。これのことだったのか。

「誕生日の歌も歌えるけど、どうしますか?」

貰ったものを手にして思い返している僕に、は得意げに僕へ首を傾けた。
歌いたいなら、勝手に歌えばいいのに。僕も僕で、いつものように勝手にすればと言えばいいのに。
今日はそのヘタクソな歌でも聞きたい気分だった。

「じゃあお願い」

その歌のせいで、さっきまでの少し大人ぶっていた考えはすっかり頭から消えてしまったが、今はそれだけでも十分だった。


8月7日 夏限定の歌があった。




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