夏模様
浴衣を着てくるから、とは一度家へ帰った為駅で待ち合わせをしていた。髪は結んできてね、と三回念押しされたので仕方なく兄さんに結んで貰ってから家は出た。
日は沈んで辺りは薄暗い。同じように花火大会へ行く人たちだろうか、浴衣を着ている人が改札を通り抜けていく。
夏の匂いを吸い込んで空を見上げると、一番星が存在を示していた。

「かっこいいお兄さん!」

雲も大してないから、きっと綺麗な花火が打ち上がることだろう。そういえば、花火大会なんて遠くからはまだしも打ち上がる付近で見るなんて、何年ぶりだろうか。
思い返していると聞き慣れた声が隣から耳に入った。視線だけそちらへ向けると、浴衣を着て髪も纏め上げているだった。

「なんのつもり?」
「逆ナン!いつもと髪型違うのがかっこよく見えて。でもさすが慣れてるね!」
「慣れてないよ。声がだから何も思わなかっただけ」

小さく溜息を吐いて手を差し出した。それを見ては一度目を丸くさせてから、頬を緩ませながら手を重ねる。

「手繋いでないと逸れちゃうね」

照れ臭そうに話すから目を逸らした。別に、そういう意味で繋いでいるわけではないけど。
電車に乗り駅を降りて、花火が上がる河川敷に人の流れに沿って歩く。屋台が立ち並び、一々あれ美味しそう、あれ楽しそう、と小さい子供のように反応する。人混みも、騒がしいのも嫌いだけど、今だけは悪い気はしなかった。
きっとそれは、が隣にいるからなのだろう。

「あ、そういえばね」

河川敷の芝生に座って、花火が上がるのを待つ。その間、屋台で買ったあんず飴を食べながら思い出したようには呟いた。
ほら、と僕に背を向ける。それだけでは何もわからないのだが。

「お揃いなんだよ!」
「なにが?」
「無一郎くんにプレゼントしたやつ」

が綺麗に纏め上げている髪を結んでいたのは、確かに僕が貰ったヘアゴムとパワーストーンの部分が違うだけのものだった。

「似合ってる?」
「うん」

素直に頷けば、は向けていた背を戻し、満足そうに微笑んだ。
薄暗かったのが、いつの間にかに辺りはもう真っ暗だ。そろそろ花火が上がりそうな時間を物語っている。
あんず飴を食べ終えた後、は花火が上がるであろう夜空を見上げながら話しはじめた。

「私、無一郎くんが夏生まれだから、夏がもっと好きになったんだ」
「……」
「一年で、一番楽しみな季節」

夏なんて、暑いだけでいいことなんてないと思っていた。今だって小さい虫が身体に飛んでくるし、風も生温いし、過ごし易いとは言い難い。
そのはずなのに、の言葉に影響されているのか、同じように夜空を見上げながら呟いた。

「僕もそうだよ」

同時に、打ち上がった花火が大きな音を立てて夜空に広がった。真っ暗な空に描かれた花が、こんなにも心穏やかにするものだとは思っていなかった。
嫌いな場所であったのが、嘘のようだ。

「あ、ごめんなんて?」
「何も言ってないよ」

音でかき消された僕の声は聞こえなかったらしい。でも、もう一度言うつもりはないし、聞かれてない方がいい。なんとなくそう思った。
ドン、ドン、と打ち上がる花火を眺めながら、今日が終わらなければいいのに、なんて、この日が終わることを名残惜しく感じていた。
最後に今日一番の大きい花火が派手に打ち上がって、花火大会が終わりを告げた。終了のアナウンスに周りは立ち上がりぞろぞろと駅へ向かっていく。それに合わせて、来た時のように僕もの手を掴んで歩き始めた。

「綺麗だったね」
「そうだね」
「来年も一緒に見ようね」

言いながら、は僕が繋いでいる手をギュッと握り返した。を見れば、少し僕の様子を窺っているようだった。
『今年一緒に見たから来年はもういいでしょ』『人混みはこれっきりで終わり』自分でもその辺りの言葉は思い浮かんだ。も少なからずそう思っているのだろう。
ただ、初めて彼女と過ごした夏に悪い気はしていない。むしろ、その逆だ。さっきの言葉が聞こえていなかったからそう考えてしまうのも無理はないだろうけど。

「いいよ」
「……絶対ね!」
「うん」

わかりやすく喜ぶに頷いた。自然と自分の口元も緩んでしまっているような気がした。
帰り際、はずっと気に入ったように誕生日の歌を口ずさんでいたのはさすがに周りの目が気になって止めたけど。まだそれほど僕も彼女に溺れているわけではないらしい。ただそれも時間の問題のような気もしているから、来年はどうかはわからない。

約束していた通り、みんなで集まると言っていた炭治郎の家に着くと、なぜだか静まり返って人がいる気配がなかった。インターホンを鳴らしても誰も出ない。
どういうことなのか炭治郎に連絡をしても返事はなかった。

「今日だよね?」
「うん。あ、みんな庭にいるのかも!行ってみよう!」
「勝手に入っていいの?」
「『インターホンに気付かなかったら庭で騒いでいると思うから』って炭治郎くんが言ってたよ」

どう見ても、庭でさえ誰もいなそうな雰囲気なのだが。
とは言え炭治郎がにそう伝えたのであれば一応確認しておくべきだろう。渋々炭治郎の家の門を開けて庭の方へ回る。

「……ねえねえ」
「なに、危ないな」

前を歩いていたが突然止まったので思わずぶつかりそうになった。は僕へ振り返り、視線を泳がせる。

「ちょっと怖いから、先に歩いてほしいな」
「……」

人の家の庭に続く道で、なにが怖いというのか。炭治郎の家が暗いだけで周りの家は電気がついているし、何も怖いことなんてないと思ったが、そういえば雷を怖がっていたことを思い出す。
オカルト的な怖さとは違うけど、思ったよりは怖がりな性格なのだと、これもこの季節だから知れたことだ。
仕方ないとの前を歩き、どうせ何もないし誰もいないだろうと庭へと続く角を曲がった瞬間だった。


「「ハッピーバースデー!!」」


パンパンパン、と何かが弾ける音がして、部屋の電気が付いて辺りも明るくなった。
急に明るくなった視界に映ったのは、今日集まる予定のメンバーが全員クラッカーを鳴らして待ち構えているところだった。

「お誕生日おめでとう!時透くん!」
「すげえビビってるじゃん無一郎」
「有一郎さんも同じような感じだったじゃないですか~!」

しかも、兄さんまでもが輪に混ざっている。
目の前の光景に目を見開き立ち尽くしていると、背中を後ろからトン、と押され二、三歩前のめりになりながら進む。その子へ振り返ると、首を傾け笑顔を見せた。

「暇じゃなくて、二人をお祝いしたいからみんな集まったんだよ」

ふわりと、夜風が吹いて結んでいない髪が顔の前に靡いた。
計画したのは、きっとなのだろう。去年はこんなことなかったから。
何日か前、暇だからと僕が放ったのを否定していたのは、そういうことだったのかと目を細めた。

「まだ今日は終わらないからね!一年で一番楽しい日にしよう!」

は僕に駆け寄り、手をとって炭治郎たちの輪へ引き連れた。

「……自分の誕生日じゃないくせに」
「同じようなものだよ!」

満足そうに笑うに、僕もそれが移っているのがの瞳でわかった。
と一緒にいるようになってから、今まで経験したことのない日常がこうして沢山生まれていく。
これからも、自分が嫌いだったものさえも覆されるような、そんな日々を過ごしていく兆しを感じてしまう。

「うおっしこれで全員だな!さっさとスイカ割ろうぜ!」
「伊之助っ!」
「おい振り回すなよ危ねえな!スイカ割りは目隠ししてやるんだよ!」

夏=スイカ割りだとイメージするがお気楽であると思っていたけど、僕自身も大概だと思った。
このクソほど暑い夏がと、みんなといるおかげで好きになれたからだ。


8月8日 夏は嫌いだった。




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