2020xmas

人肌に勝るものはない


目覚ましが鳴っても、私だけがその音に反応し先に起きて機械的な音を止めるのはいつものことだった。今日という今日は休日であるし目覚ましの必要もなかったのだけれど、私には重大な成すべきことがあり、昨日の夜ベッドに潜り込む前にきっちりセットしていた。
もぞもぞと手探りでベッド脇に放られたパジャマを手に取り布団の中で身を包む。そのまま布団から出るには冷えすぎる時間だった。
まだ日も登らない時間だから、隣で義勇が寝ているのも当然である。瞼が閉じられた端正な寝顔を起こしてしまわないようこっそりベッドから抜け出そうとした。

「…………」
「…………」

床に足をついて、いざ立ち上がろうとしたところで腰に回された腕。一瞬、起きてしまったのかと声を上げそうになったが振り向けば瞼は固く閉ざされている。私で暖でもとっているつもりなのだろうか、嬉しいけど今は放してもらう他ない。
そっと、慎重に睡眠を妨げないよう腰回りに纏わりついた腕を引き剥がし、私の代わりに前にノリで買ったテディベアを抱かせておいた。
無事温もりで包まれたベッドから抜け出し、鞄の中にしまっていたプレゼントを取り出す。普通に渡すのでも良かったけれど、大人になってからクリスマスの朝に目を覚ましたら枕元にプレゼントが置いてある、なんて誰も想像しないだろう。あと単純に、義勇の驚いているところが見てみたいだけというのもあるが。驚いたとしても、無表情なのは変わらないだろうか。それでもたまに口角を上げている時が随所で見れるようになったから、それくらいはしてくれるだろうかと淡い期待を胸に枕元へラッピングされたプレゼントを気付かれないようセッティングした。
もう一度ベッドの中に入り、テディベアを挟んで義勇へと私も纏わり付いた。

クリスマス二度目の朝。
ぱち、と目を覚まし未だ寝ている義勇の頬へ手のひらをあてると眉間に皺を寄せられる。心地が悪いのかと少し不満なのだけれど、瞳が開いた途端ほんの少し口角が上がりおはよう、と囁かれたのでそんな小さなことどうでもよくなってしまった。

「おはよう」
「なんだ、これは」
「義勇が欲しいって買ったテディベア」

違う、そうではないとむすっとした顔を見せるものだから、本当に学校で生徒指導をしている教師なのかと疑ってしまいたくなる。邪魔だと言わんばかりに義勇は私との間にあったテディベアを枕元へと戻した。

「……?」
「何かあるね」
か」
「え?サンタさんでしょう。だって今日クリスマスだよ?」

テディベアを枕元へと置いたことで、ガサ、と私が今朝方設置したプレゼントの包みが音を立てる。わざとらしく目を逸らしてにこやかに伝えれば、何も言わずに起き上がりその包みを開け始めた。
喜んでくれるだろうか。最近一気に冷え込んできたし、使っているのをみたことがないからすでにお気に入りを一つ持っている、ということでもないはず。ドキドキと心躍らせながら私も隣でその包みが開くのを待った。

「…………」
「わ〜、あったかそうな手袋!いいね!おしゃれ!今日それ使っていこうよ」

選んだのは手袋だった。いつもいつもこの寒い中手袋をしていなかったから。ちなみに私も手元がゴワつくのがあまり好きではなく手袋をすることがないのだけれど、お揃いで自分で買ってしまった。そこは自分へのクリスマスプレゼントということにする。
義勇からのクリスマスプレゼントは、私がここへ行きたい、と指定したクリスマスディナーが愉しめるレストランだった。昼間はこうして家でゆっくりして、夜はお洒落に恋人らしく過ごしたいと思って。
けれどまさか、そんな私のクリスマスプランを砕くような一言を放たれるとは思ってもみなかった。

「いらない」

開いた口が塞がらないとは、このことだ。今この男は、私の目の前でなんと言ったのだろうか。瞬時に理解できず呆然と冷たく放った相変わらず表情のないその面持ちを見据える。
手袋が、私のクリスマスプレゼントが、いらないとでも言うのだろうか。まるで意味がわからない。もしくは、本当にサンタクロースが勝手に枕元に置いていったもので自分には必要ないとでも言っているつもりなのだろうか。

「いらない……?」
「ああ、必要はない」
「……は、はああ!?」

いや、流石にサンタクロースが本当に置いていったなんて思うような人間ではないことは理解している。ド天然に見えて意外にも冷静なところは多分にあるのだ。だから、正直に自分には必要ないからそう伝えたのだろう。それならまだ天然である方が許せた。この男は気の利かせたかというものを心得ていない。
好みも聞かずに勝手に贈ってしまったのはそれは私なのだけれど、沸々と怒りが込み上げて来てベッドから飛び出した。

「帰る」
「用事があるのか、今日は、」
「そうですねディナーですね!キャンセルはできないだろうから行くよ行きますよ!20時に駅ね!さようなら!」

パジャマへと着替えたばかりだったけれど、何着か義勇の家へ置きっ放しの服に早々着替え後、あからさまにドアの音をバンッと鳴らして部屋を出た。すっぴんのままだけど周りの目なんて気にならないほど心臓がぐつぐつと煮えていた。
盛大に吐いた溜息が白く空気に溶け込んでいった。
帰り道、街を歩いていると流石のクリスマス。街中が恋人だらけだ。手を繋いでいる男女ばかりで目を逸らしてしまいたくなる。私も夜はああやって大好きな彼と仲睦まじくしているはずであったのに、もはやそんな想像すらできない。
普通、本当にいらなくても『いらない』なんて言うものだろうか。

「えっ俺に!?」

駅前で聞こえた、よく通る声質なのか一際響いた男の子の声に目を向けた。彼女だろうか、赤いリボンでラッピングされたその子からのプレゼントを声を上げた金髪の彼氏がデレデレとしながら受け取っていた。そう、あれなのだ。私が求めているのは。別に中身なんてなんだってよくて、彼女から貰ったらなんでも嬉しいものではないのだろうか。……自分で言うのは少し違う気がするけれど。でも、精一杯選んだのにやっぱりはっきりと突っ返されてしまったのは心が抉られる。ひとりぼっちのクリスマス、と言うわけではないけれど、義勇は本当に私のことが好きなのだろうかと不安に思った。例えば、あの女の子のように私がもう少し控えめな性格をしていたらもっと笑顔になることだってあり得たのだろうか。再び吐いた溜息は、街中の賑わう空気へと消えていった。

怒っている彼女が部屋から唐突に出ていったら、連絡の一つくらい寄越さないものなのだろうかとまた疑問に思いつつも、しっかり化粧も髪も整え今日の日の為に買ったといっても過言ではない高めの服を身に纏い家を出た。
メッセージはない。20時に私が駅ねと告げたからだろうけど、心配しているということはないのか、あの男は。それとも、義勇にとって私はその程度の女だからか。口数は少ないけど学校ではなかなか人気らしいし、私の知らないところできっとモテている。本人も気付いていなさそうではあるけど。
昼間よりも人通りは落ち着いてはいるけれどイルミネーションのおかげで雰囲気は華々しい。胸の中に蟠りを残しながら待ち合わせ場所へ赴くと、前方から歩いてくる姿を発見。

「…………」
「どうした」
「……いや、え?」

その姿、正しくは手元を見て目を丸くした。幾ら瞬きを繰り返しても見間違いではない。その手にはしっかり私が贈った手袋が装着されていた。
手袋と義勇とを交互に視線を送る。私が怒ったから、あえてして来てくれたのだろうか。

「あの、ごめん」
「なぜ謝る」
「だっていらないんでしょ、手袋。別に無理に、」
「ああ、もういらないな」

しなくてもいい、と私の言葉を遮り義勇は早々と手袋を外し始めた。気を遣わなくていいと思わず口にしてしまったけれど、目の前で外すとは、そうまでして私の心臓を抉りたいのかと怒りを通り越して泣きたくなってしまいそうになる。多分、今朝のことを義勇も怒っているのだろう。

「ほら」
「……、」

今度からは、ちゃんとあなたの好みを聞いてからドンピシャのものをプレゼントしますと泣く泣く心に留めようとした。今日のディナーは苦い思い出にもなりそうだなんて隣を歩こうとした私に義勇は大きい手のひらを差し出す。
え?と状況が飲み込めない私を置いて、片手を包み込まれた。

「手を繋ぐのに手袋はいらないだろう」

ぶっきらぼうに言い放ち、そのまま私の手を引き歩き始める。漸く義勇が何をしたかったのか、言いたかったのかが理解できて、胸の中の蟠りが全て解けてなくなった。
不器用にも、程がある。

「手袋して手繋いでる人なんて沢山いるでしょ」
「俺はこっちの方がいい」
「……意外と手あったかいもんね」

小さく笑った私の手のひらがキュ、と握り返された。


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