ご都合血鬼術



丸々とした瞳に見下ろされるのは新鮮だった。
俺の姿を目にして睫毛を上下させるは我に返った素振りを見せた後、口を開く。

「しは、……………ん?」

血鬼術により十歳前後若返ってしまった俺を見てその答えが出てきたのは褒め称えたい。流石は俺の継子だ。
先の任務ではは療養中であったため、俺一人で向かっていた。奇妙な血鬼術に身体は小さくさせられたものの、呼吸は使うことができた。そのまま事無きを得たが身体がすぐに戻ることはなかった。
身体が戻ってから任務は無事遂行したと伝えに行こうとも考えたが、俺が任務へ出ようとした時、療養中であるのに『私も行きます』と申し出たが脳裏に過ぎり、自分の無事だけでも伝えようとこうして蝶屋敷へ足を運んだのだが。

「いや、違う」
「え?」
「俺は煉獄杏寿郎の親戚だ!」

蝶屋敷へ向かっている途中は隠すつもりなど毛頭なかったはずが、いざ本人を前にすると、妙な血鬼術にかけられたことを隠し通したいという見栄のようなものが芽生えた。それは俺が、継子であるに恋情を抱いてしまっているからだ。師としての不甲斐なさに自嘲する。
俺の物言いには瞬きを繰り返し、唇をキュッと噛み締めた。

「……師範は…………?」

薄らと呟きながら、その手が震えていることに気付き察した。
自分の師範が帰って来ずに、親族が目の前に現れたらそう思っても不思議ではないだろう。
震えたその手を取ってギュッと握りしめた。

「問題ない!無事だ!用があって生家へ泊まると話していたから代わりに俺が無事を伝えに来た!」
「……良かった」

些細な見栄で嘘を吐いてしまったことに少なからず後悔をした。
小さく息を吐いて安堵するは俺に目線を合わせるようにその場で屈んだ。

「私、。君の名前は?」
「お、俺は……」
「……」
「桜寿郎だ!煉獄桜寿郎!オウ、は桜を書く!」
「へえ、素敵な名前だね!」

咄嗟に自分のことを隠してしまったから名前なんて考えていなかった。咄嗟に頭に浮かんだのは帰路に就く間に見た桜。
それらしい名前が出てきたことによりはすんなり信じて柔らかい笑みを浮かべた。間近に迫るその表情が心臓に悪い。普段、これほど至近距離で顔を近付けることなどないからだ。

「そうだ、お芋食べる?宇髄さんって、音柱がお見舞いにって沢山持ってきてくれたんだ。好きかな?流石に好きな食べ物まで似て、」
「食べる!」

間髪入れずに答えた俺には再び瞳を見開き瞬きを繰り返した。
その様子に心の中で冷や汗を掻いていると、ふわりと髪が撫でられた。

「うん、一緒に食べよう」

例えばいつも町を歩いているときに、犬や猫、子供に向けるようなそれであったが、今まで俺自身に向けられることはなかったその表情に、悪くないと思ってしまったのはここだけの話だ。





「わっしょい!」
「それも一緒なんだ……」

今の蝶屋敷に人気は少なかった。響いた声も耳にした人間は片手で数えられるほどだろう。
縁側に並んで宇髄から貰ったと話していた芋を頬張る。どこの芋かは知らないがその美味さに一つ二つと平らげて行く中で、隣から視線を感じた。

「なんだ」
「……ううん、師範も小さい頃は、こんな感じだったのかなって」

自分の話、あまりしないから、と寂しげに付け足してから一口芋を口に含んだ。
話していない、つもりはなかった。ただ、自ら赤裸々に話すことでもないと思っていたしあくまで師弟関係であるのだ。私情は持ち込めない。
それがからしてみれば、壁を感じさせてしまっていたことになるのだろうか。それはそれで、気付けなかったことが悔やまれる。

「小さい頃は、よく弟と川で魚を獲りにいったり、夏はカブトムシを捕まえにいったりしていた」
「?師範の話?知ってるの?」
「知っている。父上と母上が歌舞伎を観に行くのに俺たちも一緒に連れて行ってほしいと駄々を捏ねたりもしていた」
「……」

何か特別なことがある過去を持つわけではない。
父上のことも母上のことも、よくある話、ではないものの鬼殺隊にいる限り他の皆も同じくらい身に余る過去があるだろう。
元柱である父のことをに尋ねられた時は、同時に母のことも伝えた。それからから俺の過去について問われることはなくなったから、俺から話さない限り触れてはいけないところだと解釈したのだろう。

「それから、」
「ごめんね」

なんて事のない子供の頃の日常を続けようとすれば、唐突に謝罪の言葉が降ってきた。隣を見上げれば、心配そうに俺を見据えるがいた。

「気を遣わせちゃった……」
「……問題ない。沢山聞いてくれ」
「ううん。なんだか本人から聞かないのは悪い気がしてきちゃった」
「……そうか」
「うん。ねえ、こっちおいで」

俺の話し方に問題があったのだろう。気を使ったつもりはなかったのだがからしてみればそう思うのも当然のことだ。子供のような喋り方では多分なかった。
何を思ったのか、そんな俺を見てかは隣で両腕を広げる。意味を理解し、首を横に振った。

「俺は子供じゃないぞ」
「子供でしょ?ほらほら」
「、こら!」

ひょい、と脇の下に手を入れ持ち上げられた俺はすっぽりとの腕の中収まった。背中にあたる柔らかい感触に心地良さと罪悪感が募る。

「こら、って。師範みたい」
「……」
「君は、おうちの人は元気?」
「ああ、元気だ」
「そっか」

とくとくとくとくと、背中から胸の鼓動が伝わる。
穏やかな声が春の暖かな気候と相まってやけに落ち着いて聞こえた。

「師範は、君と同い年くらいの時にお母さんを亡くしちゃったでしょう?それから師範が甘えられる人はいたのかなって、駄々を捏ねてたって聞いたらそう思っちゃった」
「……」
「師範に限らず、鬼殺隊にはそういう人は沢山いると思うけど、沢山いるからって足並み揃えて我慢する必要ないと思うんだ。……こんな甘いこと言ってたら、怒られるかな」

ふっと笑った息が髪にかかる。
初めてから聞いた言葉だった。煉獄杏寿郎としてだったら、聞く事はできなかっただろう。

「怒らない」
「……」
「と、思う」
「ありがとう。師範に甘えられるような人になりたいな」

ギュ、と、身体に回されていた腕の力が強くなる。柱である俺が、誰か人に甘えることなど考えさえしていなかった。柱として鬼殺隊を支える。人を守る。それが俺の責務だ。
だから、こうして継子であるに想いを寄せてしまっていること自体がその信念を揺るがせているようにも思ってしまうのだが。
の話すそれは、一体どういう意味なのだろうかと疑問を持った。

「用事って、なんだろう。早く会いたいな……」
「……すぐ帰ってくる。それに、いつも一緒なのだろう」
「うん、でも、いつも一緒だからこそいないと不安になっちゃうし、その……」
「……?」

歯切れ悪く、尻すぼみになっていくに振り返る。至近距離で合わさる瞳に幼い頃の自分が映る。
は俺を見て、眉を下げて笑った。

「好きなんだ、師範のこと」

頬をほんのりと赤く染め上げたその表情に思わず息を呑んだ。
固まっている俺には視線を逸らしながら話し始める。

「ずっと好きなの。助けてもらった時からもう、ずっと。全然気付いてくれないけど。て言っても、伝えようとしたことなんてないけど」
「、どうして伝えないんだ?」
「だって邪魔になっちゃうでしょう?私はただの弟子だし、師範が甘えられるような人は多分、私じゃない。もっと別の人だと思う」

淋しげに笑うその表情は、今の身体が小さくなってしまった俺ではなく、俺自身が作り出しているものなのだと胸にいたく響いた。
聞いてしまってはいけないような本音を耳にしたことへの後ろめたさよりも、自分への不甲斐なさに拳を握り締めた。


「ん?」
「俺は、君のことが好きだ」

一度から離れ、地面に立ち目の前に座るの手をとった。包み込みたいのに、今はまだの方が大きい。
透き通った黒い瞳はまっすぐ見据える俺を捉える。
俺の告白にはふわりと笑いながら、先刻のように俺の頭を撫でた。

「ありがとう」

この姿のお陰での想いを知ることができたが、やはりこの姿のままでは伝わらなかった。曖昧に笑いながら、その日はもう遅いからとそのまま蝶屋敷の一室でと共にすることとなった。
朝起きれば身体はもう元には戻っていて、着替えた後に隣で眠るの髪を昨日俺にそうしてくれたように撫でるとくぐもった声が漏れる。

「……師範、」
「おはよう、
「あ、あれ?おかえりなさい、あれ?」
「どうした?」

虚ろな目で俺を捉えるなり、次第に頭も冴えてきたのか布団から身を起こし目をパチクリとさせる。

「師範の親戚の、桜寿郎くんは……」
「ああ、もう帰った。送り届けてきたから問題はない」
「そうですか……」

状況を漸く理解したらしいは小さく息を吐いた。
やはり、俺のことを好いているようには見えないのだが、昨日のあれが嘘だとも到底思えない。それを聞いてしまえば、俺が今更迷い躊躇うことなど不恰好極まりない。
柱でも、鬼殺隊でもなく、一人の男として。

、おいで」

寝癖を確かめているへ、これもまた昨日ののように両腕を広げた。俺の様子に、当然ながらは前髪を抑えていた手を止めて固まった。頭にわかりやすく疑問符を浮かべているが、不思議そうにしながらも命だとでもいうように拒否することはなく、俺の元へ膝をついて寄ってきたのでそのまま背中に腕を回し抱き寄せた。
昨日は俺がにすっぽりと収まってしまっていたが、どうせするならやはりこっちの方が俺は心地が良い。

「、??、あの、」
「ありがとう、君に会えてよかった」

一言告げた俺に、胸に顔を埋めていたが見上げる。昨日よりも茹で蛸のように、真っ赤に染まったそれを見て、やはり俺のことを好いていてくれているのは嘘ではなかったのだとわかる。
少し踏み込めば、こうしてわかりやすい反応はもっと早く得られたのかもしれない。

「……何か、しましたっけ、私」
「ああ、沢山貰った」

自分の立場に固執しすぎていたのかもしれない。我慢することはないと、甘えることに怒らないと言ったのも自分だ。
自分でも驚くほどの穏やかな表情がの瞳に映っていたが、それはすぐさま伏せられ、跳ねている前髪に隠れる。
こんな俺に想いを寄せてくれていること、奇跡のような話だ。それだけでなく、こうして可愛らしい仕草を見せてくれていることにも充足感を感じる。

「もう少し、楽しませてもらってもいいか?」
「?」

俺だけが知っている君の本音。まだ俺からは伝えないこの状況を続けていたい。
それが俺の、君への甘えだと、その前髪に触れながら尋ねれば、意味はわかっていないだろうに、コクリと曖昧な返事が返ってきた。



甘え上手になれるように


▼ずきん様へ

お母様を亡くした頃の煉獄さんを見て思うことはなんだろうか…と考えた結果、どうしてもお母さん目線になってしまうなあ…というのと、小さい頃に大切な家族を亡くしたのはきっと鬼殺隊ではよくある話、だと思ったのでちょっと別の視点から書いてみました。煉獄さんを沢山甘やかす、というよりは甘えてもいいんだよ、ということを教えるような、そんな感じに仕上げちゃいました。随分と方向転換してしまったような話になりましたが大丈夫でしたかね…。最後あたりのやりとり、私の中ではかなりいい感じに書けたと思ってるので楽しかったです。おいでって言われたい願望が出ました。この度は素敵なリクエストありがとうございました!