ご都合血鬼術



「恋は時間じゃないわよ!きっかけよ!きっかけ!」

ぽろっと、煉獄さんのことが好きだと口から滑り落ちてしまった言葉を甘露寺さんに拾われてしまったのがことの始まりだった。
その話題待ってましたと言わんばかりの勢いで瞳を煌々とさせ私に詰め寄る甘露寺さんに、手にしていた和菓子を一度お皿の上に置いて小さく息を吐く。

「煉獄さんとそういう関係になりたいとか、思ってるわけではないので……」

長らく行動を共にしているけれど、煉獄さんは私にとって良き師範であり、煉獄さんからしても私はただの弟子の一人に過ぎないだろう。それ以上でも、それ以下の関係でもない。
足元へ視線を落として呟けば、甘露寺さんはそっかあ、とお土産に持ってきたお菓子を再びぱくぱくと食べ始める。

「でも、なれたらいいわよね?煉獄さんだってほら、気持ちに気付いてないだけかもしれないわよ!ちゃんのことよくお話するし!」
「いや、でも、」
「恋をするとね、もっと強くなるのよ!」

煉獄さんが誰かに、ましてや私に恋をしてくれるだなんて想像ができない、と続けようとした言葉はノリに乗っている甘露寺さんの前で口にすることはできなかった。綺麗な庭を眺めながら笑顔で恋について語る甘露寺さんの横顔に段々と私も胸が温かくなってくる。
最終的に、特にこれといった具体的な助言もなく『私は応援しているから!』と、太鼓判を押されただけだったけど、自分の気持ちを初めて誰かに話して少しだけ心が軽くなった気がした。
煉獄さん本人にこの気持ちを伝えたら、結果はどうであれもっと気持ちが晴れるのだろうかと思うけど、そんな勇気は出ないし、私は良くても煉獄さんにとっては知っても知らなくてもどっちでもいい情報だろう。むしろ余計な感情がここぞという時に邪魔をしてしまいそうな気がする。
だから、ずっと胸の内に留めておこうと思ったのに、神様は意地悪だ。

「“男を恋に落とさないと出られない”……」

丁寧に隣で読み上げる煉獄さんを横目で見る。
数日ぶりの任務へと煉獄さんと赴き、難なく鬼の頸は斬ったはずだった。斬った後に、四方八方を分厚い壁に囲まれ行く手を阻まれた。別の鬼の血鬼術だったりするのだろうか、でも周りには気配はなかった。
どうしたらいいのかと考えていれば、私の方へと大きな瞳を向けた煉獄さんとカチッと視線が交わった。
ここを出るには、私が煉獄さんのことを恋に落とさなければならない。というか、今この部屋から出られない時点で煉獄さんは私のことが好きではないということが立証されて、わかってはいたことだけど改めて現実を突き付けられた気持ちになる。

「無理しなくていいぞ」
「……え」
「嫌だろう」

見上げた先の煉獄さんは、眉を下げて優しく微笑んだ。
嫌、というのは、私が煉獄さんに対してそう仕向けたことをするのが、ということだろうか。
他に方法はないかと部屋の中央へと歩く煉獄さんを目で追う。
私は、嫌ではない。むしろ煉獄さんのことが好きなのだから、勇気さえあれば伝えたかった。煉獄さんは、私に好意を向けられたら嫌だろうか。でも、こんな状況で私が煉獄さんに好きだと、そういう行動をしたところで、それは部屋を出る為だけのこととして捉えられてしまう。何をしても、本当の気持ちではないと思われてしまう。
ここでは、どうすることもできない。
部屋の中央で天井を見上げた煉獄さんがぼやけていく。周りを見渡し、その流れで私と目を合わせた煉獄さんが一度固まり、大きな目を更に丸々とさせた。

「どうした!さっき鬼に斬られた場所が痛むのか!?」
「え、やっ、ちが、」
「大丈夫だ!ここから出れずに何かあっても全て俺の責任だ!」

堪え切れない涙が頬を伝って床へとポタポタ落ちる。そんな私に煉獄さんは稀に見る焦りを見せて駆け寄り、両肩をガシッと掴む。

「だから君が無理をすることはない!」

違うのに。好きなのに。
ここじゃなければ、いつか勇気が出た時に心の底からあなたのことが好きだと言えただろう。それなのに、何を言ってもこの状況では煉獄さんにはきっと届かない。

「……無理、じゃなくて」
「…………」
「でも、私がここで何をしても、部屋を出る為の言動になっちゃって、」

もっと早く、好きだと伝えたら良かったと心底思う。だったら、この部屋での言葉も本物だと思ってもらえたと思う。そこで煉獄さんが私に恋をしてくれるかはわからないけれど、でもなんの柵もなく私は煉獄さんに好きだと告げられただろう。好きだと気づいた時とか、どんなところが好きかとか、そういうのをひたすらここぞとばかりに伝えていたと思う。

「好きなのに、ずっと、ずっと好きだったのに、今この言葉ですら上辺だけのものになっちゃう……っ」

がしりと掴まれていた両肩の力が徐々に緩くなってくる。
全部、血鬼術を解くための言動になってしまうことに遣る瀬無さが襲う。こんなことで伝えたくなかった。でも、無理しなくていいなんて言われたことが胸に刺さった。私は煉獄さんのことが好きなのに、好きでないように振る舞うこともしたくなかった。

「部屋からっ、出ても、あれは嘘じゃない、って言っても、それすらっ嘘のように、聞こえちゃうじゃないですか」
「…………」
「だから、……」

言葉が纏まらなくて、でも思いは沢山溢れてきて、私も自分でどうしたらいいのかわからない状況に頭がいっぱいになっていると、ポタポタと床に落ちていた涙の先、足元の色が変わっていく。
音も立てずに、周りの景色だけが元々いた森の中に変わっていく。周りに鬼の気配はない。血鬼術が解かれたのだと示していた。

「……時間が経ったから、」

解かれたんですかね、と一度涙を拭ってから煉獄さんを見上げれば、言葉は出てこなかった。月明かりに照らされ私の視界を独占するのは、顔を赤らめじっと私を見下ろす煉獄さんだった。その表情にどくりどくりと心臓が音を立てる。
一度私から手を離し、目を閉じ深く息を吸う煉獄さん。それから、落ち着いたのかいつもの表情に戻る。

「部屋から出れたのは、君のおかげだ」

月明かりに照らされた彼の表情は柔らかく、それでいて私の胸をいつまでもいつまでも煩くさせていた。



きっかけさえあれば


▼サキ様へ

煉獄さんを一瞬で恋に落とすことなんてできるのだろうか……?と首を傾げていたのですが、自分の気持ちに気付いていない煉獄さんはアリだな!とこんな塩梅になりました(本当に好きじゃなかったら短編じゃ表現しきれない私の逃げ&力量不足です!!!)。泣かれることにびっくりしてちょっと取り乱す煉獄さんが見てみたいなと個人的な願望も詰め込んじゃいました。あまり男前な煉獄さんがいませんが……、ご都合だからこそ楽しく書けました!この度はリクエストありがとうございました!