ご都合血鬼術



いつだって私に見せる表情に迷いはない人だった。もしかしたら、隠しているだけなのかもしれないけど、それでも一心に刃を振るう後ろ姿に幾度となく鼓舞されてきた。
どれだけ助けられてきたかわからない。身体的なことではなく、精神の支えになっていた。だから時々考える。

「元気がないな」

師範である煉獄さんに、もしものことがあったらと。鬼殺隊に身を置いている以上それはいつ来てもおかしくはない事だった。昨日仲良く語り合って、肩を組んだ仲間が次の日、夜が明けて還らぬ人となってしまうのは“よくある話”なのだ。
休憩中、千寿郎くんが持ってきてくれた茶菓子を手にしたままぼんやりと風に揺れる木を見据えていると隣に座っていた。隣に座る煉獄さんの声に我に返る。

「煉獄さんは、これだけは嫌だ、譲れない、っていうものはありますか?」

甘い茶菓子を口に含んだ後、少し心配そうにしてくれていた煉獄さんへと尋ねてみた。横目で盗み見ると、口元に手をあて考えた素振りを見せる。
煉獄さんのことだから、考える間も無くすぐに出てくるのかと思っていたので少し意外に感じる。
私は、煉獄さんがいなくなってしまうことが死ぬ程嫌だ。憧れの人、ずっとついていきたいと思える人、そして、好きになってしまった人。自分のしがない恋心に気づいてしまった日から、煉獄さんがいなくなってしまうことを考えて、時折怖くなった。

「そうだな……」
「……」
「人を守ることができなくなることだな」

和らげな表情を包むように、小風が吹いて艶やかな髪が横に流れる。
ああ、どこまでもこの人は、自分のことより他人のことなのだと。だからこそ、益々好きになってしまうと同時に、怖かった。

「本当に、優しいですね」
「そうだろうか。俺は人を傷付けたくないだけだ。誰もが思うことじゃないか?」
「それは、傷付けたくて傷付ける人はいないとは思いますけどなんというか煉獄さんはその規模が大き過ぎるというか……、私は、煉獄さんに傷付いて欲しくないんです」

例えば、絶対に敵わないと戦う前からわかる鬼が現れたとしても、守る対象がそこにいれば煉獄さんは迷いなく、自分のことを顧みずに、前線に立って刀を抜くだろう。それが、鬼殺隊としての正しい在り方だ。
でも、それが嫌だと少なからず心の片隅で悲鳴を上げている私は、隊士失格だろうか。

「君も十分優しいじゃないか」
「……煉獄さんがみんなを傷付けたくないと思うのと同じくらい、私も煉獄さんのことを傷付けたくないだけです」
「ありがとう。君も、君が守りたいものを守る為に刀を振るってほしい」

軽く息を吐いて笑った煉獄さんに、私の言葉の重みがどれほど伝わっているだろうか。本当に、傷付いてほしくない。でも、煉獄さんの意思を尊重していないわけでもない。だから、私が守りたいって、そんな技量も持ち合わせていないのにそれだけは胸中に刻み込ませていた。







山奥、草木が多い茂り月の光さえ届かない暗闇の中にいた。足取りは重い。一歩一歩、道ではない道を登り歩みを進めていく中で、姿は見えないけれど鎹鴉が鳴いた。鬼の位置が特定できたらしい。
いつものように隣に煉獄さんがいることはなかった。鴉の指示する方角へと急ぐけど、胸騒ぎが起こり、走ることさえままならなかった。嫌な予感がしていたのだ。そんな根拠のないただの勘なんて、外れてしまえばよかったのに、世の中そう甘くはないらしい。
全身に息苦しさを感じながら、月明かりに照らされる開けた場所へと出た。
ぐしゃり、ぐしゃりと今まで何度も聞いてきた人を食らう憎悪が沸き立つ音。肩で息をする私に、その鬼は煌々と光る月を後ろに口端を上げた。

「煉獄、さん……」

発した声は、無意識だった。自分の出した声ではないほど、他人事のように耳に鳴る。
鬼の傍らには、見るも無残な姿となり横たわっていた。その光景に、言いようの無い感情が胸の奥から込み上げてくる。噛み締めた唇からは血の味がした。

「仲間か」

薄っすらと笑みを浮かべたまま、震える私を見て鬼がさもどうでもいい言葉のように吐き捨てた。
あの日煉獄さんは、人を助けることができなくなることが、譲れないことだと話していた。怖いと思ったけど、でも、そんな煉獄さんが私は好きだった。いなくなってほしく無いと思っていた。煉獄さんは、煉獄さんの意志のまま刀を振るって、もし、命を落としてもと、最悪の事態は考えていた。私が私の守りたいものを守れるように、刀を持つ手が鈍らないように、それくらいの心構えはしていた。

「ええ、仲間」
「剣士は美味いな。君も俺が食ってあげよう」
「あなたも、そうだった」

でも、誰も傷付けたくないと、ただ一つ揺るぎない信念を持つ人が、そうでなくなってしまう心構えなんて、している筈がなかった。
暖かい眼差しを向けていた瞳も、穏やかに靡いていた髪も、笑った時に見える白い歯も、今は全てが別人だった。鼻の奥がツンとして、目の前が滲んでいく。感情のまま溢れた涙は止まらなかった。

「怖いのか?楽に殺してあげよう」
「……っ、」

私は、煉獄さんを守りたかった。煉獄さん自身を守る為に、煉獄さんを、斬らなければいけない。私が愛した人はもうここにはいない。
傷付けたくなかった。でも、今ここにいる煉獄さんは、煉獄さんではない。
もし、もしも私の知る煉獄さんがまだ彼の中にいるのだとしたら、誰かを傷付けてしまう自分を、きっと、頸を斬ってほしいとそう願っているだろう。

「さあ、こっちへおいで」
「……炎の、呼吸──」

涙を振り払い、真っ直ぐ、私へ手を伸ばす“鬼”へ、刀を抜いた。
私も、迷いはなかった。私がやらなければいけないことだと、強く思ったから。これが煉獄さんを守ることだと、そう思ったから。
それでも、頸だけになった鬼が消滅していくのを見て、何も思わずにはいられなかった。こんな形で守ることになるなんて、死んでしまうことより嫌だった。鬼になんて、なってほしくなかった。斬りたくなかった。

「……っぅ、あぁ……っ!!」

ぼたぼたと、止めていた涙が地面を濡らしていく。誰も傷付けることなく、煉獄さんのままでいてほしかった。
胸が痛くて、苦しくて、思いっきり泣くことすらできなかった。

「煉獄さん……っ煉獄さんっ、……」

嗚咽を漏らしながらその場に蹲る。こんなに哀しい鬼退治なんて、経験したくなかった。



何かの夢であってほしかった。
そう、夢で──


!」
「っ、!!」

蹲り暗闇が広がる視界だった筈が、遠くの方から、今し方自らの手で頸を斬ったはずの煉獄さんの声が聞こえた。
瞼を開けると、真っ正面には満天の星と、私を覗き込むように伺う煉獄さんだった。

「大丈夫か?随分うなされていたが」
「煉獄、さん」
「鬼は先刻倒した。だから君にかかった血鬼術も解けたのだろう」
「…………」
「どこか痛むのなら、藤の家へ、」
「煉獄さんっ、〜!!」

今私の目の前にいる煉獄さんが、私の知る煉獄さんで、私が愛した煉獄さんで。思いのままに私を支えていた煉獄さんへと抱き着いた。
いる、ちゃんと、煉獄さんは煉獄さんのままでいてくれている。その事実に、夢の中で流していた涙とは違うものが瞳からボロボロ溢れていく。

「うっぁあ……煉獄さんっ……!!」
「……“一番見たくない悪夢を見せる”、と言っていたが、本当のようだな。もう大丈夫だ」
「私、嫌でっ、煉獄さんが、煉獄さんでなくなって、いなくなっちゃって、っ」

苦しいけれど、夢の中ほど息苦しさを感じなかった。私の背中を子供のようにポンポンとあやす煉獄さんに私も縋り付く。一人血鬼術にかけられ、鬼の思うツボになってしまったのに、今は煉獄さんも私の涙を止めて落ち着かせようとしてくれているのだとわかる。でも、わかってはいても易々と止められるものでもなかった。

「一体どんな夢を見たんだ。俺が死んでしまう夢でも見たのか?」
「……」
「……そうか。なら、なんだ?」
「言葉にすら、したくありません……」

煉獄さんに包まれながらも首を振った私に更に聞き返されるが、本当に、口にすらしたくないしそんなことがあったのだと煉獄さんの脳裏に植え付けたくもない。
鼻をすすりながら、漸く顔を離して煉獄さんを見れば、少しだけ不満げな表情を浮かべているように見えた。

「俺がいなくなるより嫌なこと……」
「……」
「どうしても言いたくないのか?」
「……はい」
「どうしてもか」
「ちょ、近いです、」

普段とあまり変わらないけれど、怒っているのだろうか。ずいっと顔を寄せられ心臓に悪い。夢から覚めた私を安心させたその瞳から目を逸らす。
すると、小さく息を吐く音が聞こえる。

「無理に思い出させることもないな、すまない」
「、いえ」

帰ろうか、と立ち上がる煉獄さんに私もついていき隣を歩く。本当に、いつも通り変わらない煉獄さんで、改めて安堵した。

「煉獄さん」
「なんだ?」
「私、夢の中ですけど、煉獄さんを守りました」
「俺を守る夢が嫌な夢だったのか?」

言わない方が良かっただろうかと、滑らせた言葉に煉獄さんを見れば視線がぶつかる。
問い質されるだろうか。けれど煉獄さんは笑ってくれた。

「現実では、俺が君のことを守るから安心するといい」
「……私も、一隊士ですので」
「今まで寝ていたのはどこの誰だ」
「うっ」

仰る通りで耳が痛い。ぐさりと刺さった言葉にあからさまに萎れたら、冗談だと大きい手のひらが私の頭を撫でた。



守りたいもの


▼まいちぃ様へ

煉獄さんが死んでしまう夢……と、仰っていただけたように最初は考えていたんですけど、正夢つらいな……とも思ってしまったのと、こっちもこっちでめちゃくちゃに辛いのでは、鬼にならないとあれだけ固い意志を持っていた煉獄さんが鬼になる方が、そしてその煉獄さんを自分の手で斬るというのも悪夢でしかないのではないかと、色々考えた末こうなりました……。
辛いですね鬼化。本当夢でよかったと書きながら思いました。愛の告白をする雰囲気に持っていけなかったのが心苦しいのですが、ちょっと不満げにする煉獄さんも個人的には気に入っております…こんな塩梅で、よろしかったでしょうか……!!この度はリクエストありがとうございました!!