ご都合血鬼術



どくどくどくどくと、騒がしい心臓の音が鳴り止まない。
狭くて密閉された空間で空気も薄い。今は夜更けな上に明かりも差し込まないこの状況では目の前は真っ暗で。ただ、この狭い、狭すぎる空間に私一人ではないことは何も見えなくとも密着している身体と私の肩口にかかる息でわかる。

、大丈夫か」
「うっ、はい、煉獄さんは何ともないですか」
「問題ない!」

耳のすぐ側で話されると心臓に悪い。かといって、ほぼ身動きが取れない状態ではどうしようもないのだけれど。
頸を斬ったはずの鬼は確か、妙なことを最期に口にしていた。『嫌がらせが大好き』『後悔すれば良い』『相手の服を着ないと……』と、そこで刎ねた頸諸共塵となって消滅してしまった。最期の言葉が一番肝心だったと思うのだけれど、あれは、

「ここを出るには相手の服を着ないと出られないようだな」
「……そうみたいですね」

やはり、そういうことなのだろう。
後ろに頭をぶつけないようゆっくりと起き上がる。暗がりに慣れてきた視界には煉獄さんが私のことを下からじっと見上げる姿が映し出されていく。今は私が煉獄さんを押し倒しているような、そんな状態だった。

「でも、ずっと続くわけではないですよね、頸は斬ったんだし……」
「ああ、時期に出られるとは思うが、いつになるかはわからない」
「そうですね、」
「俺が先に脱ごう!」
「えっ、!!っ……」

服を着れば出られるのであればそうしない他ないけれど、あまりにも判断が早くて正直に狼狽えれば、さっき気を付けていたすぐ後ろの壁に頭をゴンッとぶつけた。後頭部が痛い。反動で頭を下げればもうすぐそこに煉獄さんの胸元だ、本当、タチの悪い嫌がらせだ。

「落ち着け」
「すみません」
「場所を変わってもいいか」
「あ、はい、っ」

頷いた瞬間、さっき私がぶつけた後頭部を大きい手のひらで包み込むようにしてそのまま自身の方へ引き寄せ、ぐるっと身体が反転した。長い髪がパサっと私の頬に触れて擽ったい。そしてやっぱり、近い。どうせなら、暗闇に目が慣れないままでいたかった。

「羽織は着るに入らないだろうか」
「入ってもその羽織は私は触れられません」

恥ずかしくなって、目を逸らしながら呟いた。煉獄さんはここを出る為動いているだけなのに、こんな状況で体温が上がってしまっている自分が情けない。心の中で溜息を吐くと、布の擦り切れる音が聞こえる。羽織を肩から外し足元へ置いてから、隊服の釦に手をかけていた。ちら、と横目で見ていると、片手で外しているからやりにくそうにしている。両手できないのは、私に倒れ込まないよう片手で身体を支えているからだ。それを見て、何もせずただ煉獄さんが隊服を脱ぐのを待っていた私は釦へと手を伸ばした。
下から釦をプチプチと外す私に一瞬煉獄さんの手が止まるけど、ふっと小さく息を吐く音が耳に鳴った。

「助かる」

恥ずかしさで顔は見れないけれど、きっと優しい笑顔を向けてくれているのだろう。好きだなあ、本当は血鬼術でこんなことをしているのではなくて、ちゃんとそういう関係になりたいなあ、なんて、思ってしまう。浅ましい人間だ。
釦を全て外し終えた後、狭い空間で私には当たらないよう隊服を脱いで私へと差し出した。

「着れるか?」
「……」
?」
「どうしましょう、着れません」
「着にくいなら場所を入れ替わろう」
「そうではなくて」

何気なく隊服の釦を外していたけれど、差し出された金色を目にして気付いた。羽織と同じで、これは私が着ていいものではない。柱である人が誇りを持って着ているものだ。

「私は、柱ではないので……」

そんなこと、言っている場合でもないのに。ここから出る為ならいち早く受け取ってこの隊服に腕を通すのが最善だろう。面倒臭い人間だと思いながらも、それでも譲れないところだった。
着れないと口にした私に、煉獄さんは羽織と同様隊服を足元の方へと置いて今度はシャツのボタンへと手をかけた。

「すみません……」
「構わない。俺は君のそういうところが好きだ」

隊服と同じように私も下から釦を外していく。当然だけど肌が見えて、羞恥心で目を瞑りたくなってしまうけれどそうも言っていられない。止むを得ないことなのだと言い聞かせ、全て釦を外し終え……、あれ、今さっき、煉獄さんは何と言っただろうか。

「着てくれ」
「あ、はい!」

好きだと、確かにそう言った。聞こえた。あまりにも自然過ぎて耳を通り過ぎて行ったけれど、だからこそ、私が思うような意図はないということなのだろう。きっと。
大きいから、私は脱がずともそのまま着れる。何とか煉獄さんにぶつからないようシャツに腕を通しながら、ちらと煉獄さんを見上げると、すぐ近くで目を閉じた端正な顔立ちが飛び込んでくる。その表情に思わず胸がどくりと飛び跳ねた。脱いでいる訳ではないのに律儀に目を閉じてくれていることに、継子ではなく女として扱われていることにそわそわとしてしまう。

「……戻った、」

ゴクリと唾を飲み込んで釦を留め終えた後、無機質な壁に覆われていた視界が開けて、薄かった空気が元に戻った。片方の服を着れば良かっただけだったという事実に胸を撫で下ろす。
私の一言に瞼を持ち上げた煉獄さんと、ばっちりと瞳が交わる。月明かりのおかげで狭い部屋の中にいた時よりも肌色が鮮明で、情けなくも顔に熱が篭っていく。
上半身、何も身に纏っていない煉獄さんが私の上から退いて、私のことも腕を掴み起き上がらせてくれる。一応、周りを確認している煉獄さんへ着ていた服を差し出した。小さく笑いながら、それを受け取る。

「散々だったな」
「すみません、記憶から抹消しましょう……」
「俺は忘れないぞ」

こんな血鬼術を使う鬼がいた、と、報告もしづらい一連の出来事だった。否、するのだけれど。でもそれはそれとして、煉獄さんだって散々だと思うような、こんな恥ずかしさで顔を覆いたくなる事はなかったことにしたいと私は思ったのに、煉獄さんは違ったらしい。

「そういう意味の散々ではない」
「……??」

煌々と煌めく月の下、少し困ったような笑顔を私へ一瞬見せたのは、気のせいだろうか。
身に纏った炎を模した羽織が夜風に大きく揺れた。



愚かな夜にこぼれ落ちたもの


▼いも様へ

最初に出られない部屋でリクエストいただいて、そうか血鬼術は出られない部屋もありなのか、と盲点でした!ご都合だからこそ書けるものですね。
部屋系はオチをどうしようと悩むのですが(オチがないとダメな人)、個人的に好きな両片思い匂わせしちゃいました。煉獄さんもあんな風に見えていっぱいいっぱいだったらいいなあと、ニヤニヤします。好きだって言ったのは私の中ではきっと煉獄さんは気付いていません。ぽろっと出ちゃった感じです。
美味しいシチュエーションでのリクエストありがとうございました!