ご都合血鬼術



療養を終え、蝶屋敷の引き戸に手をかけたけれどやけに軽く感じたのは、同時に反対側からも同じく引かれたからだったようだ。

さん!こんにちは」

まだ少し体が重たい私とは裏腹に、目の前の見覚えのある青年は爽快な笑顔を見せた。花札の耳飾りと額の痣。そしてこの気持ちのいい笑顔は彼であることにきっと間違いはないのだが、私の知っている彼はもっとこう、可愛かった気がするのだ。身長も少し高くなっている。

「…………えっと、」
「はい!」
「炭治郎、くん、で、合ってる……?」
「はい!竈門炭治郎です!」

あからさまに顔を顰めながら恐る恐る尋ねてみれば、やはり思い違いではなかったようで安心した。煉獄さんと任務へ出ていたはずだけど、男らしい人と一緒にいると雰囲気が移ってしまったりするものなのだろうか。それか、憧れてしまったり。だったら私も誇らしい。

「びっくりした、しばらく見てなかったけどなんか少し変わったね。身長も伸びてるよね」

炭治郎くんは確か十五・六歳だったはず。ほんの少しの間見ていないだけでこの変わりようは、成長期の恐ろしさを物語っている。
私の言葉に、少しだけ目線が高くなった炭治郎くんは瞬きを繰り返す。それから眉を下げて露骨に肩を落とした。

「やっぱり、そんなに変わってないですか……?」
「え!?いやいや!変わってるよ!可愛さがちょっと抜けた感じがするし、でも身長が高く、」
「俺、十歳は歳をとってるはずなんです」

哀愁漂う顔をしたかと思えば、今度は至極真面目な表情を浮かばせる。その顔はやっぱり前に見た時よりも可愛さが抜けているのは間違いないのだけれど、流石に十歳も歳をとったなんて、そんなことを言われても「血鬼術にかかりました」なるほど、そうですか。

「えっと、だとしたら……あんまり変わらないね。本当はそんなにとってないんじゃない?こう、なんとなくだけど髪が伸びたりとか、もっと身長が高かったり、想像だけど……」
「俺もそうだったらよかったんですけど……、父さんとは違うみたいです」
「……ごめんね」
「いえ!俺は俺なので!」

きっと、動物の耳が生えていたら垂れていただろう。萎れてしまった炭治郎くんへせめて元気付けなくてはと、歳をとって二、三歳なのではないかと気にしてみたけどこの様子では本当に十歳ほど歳をとってしまった血鬼術らしい。
耳飾りを揺らしながらフンッと意気込む炭治郎くんに、あることに気付いた。炭治郎くんは、今の今まで煉獄さんと任務へ出ていたはず。普段だったら継子である私が共にしているはずなのだけれど、前の任務で情けなくも重症を負った私はここしばらく蝶屋敷でお世話になっていた。炭治郎くんと任務に出たことは鴉伝いで聞いていた。だから、今炭治郎くんがこの姿のまま蝶屋敷へ来たということは、煉獄さんももしかしたら、そうなのではないのかと浮かび上がる。

「ね、ねえ炭治郎くん」
「はい」
「煉獄さんも血鬼術にかかってるなんて、そんなことありえないよね、柱だも、」
「とてもかっこよかったです!」

ぐっと拳を握る炭治郎くんの赤い瞳に映るのは私だけど、その奥には私ではなく、おそらくその目に焼き付けたであろう煉獄さんがいるのだと察した。
煉獄さんも、炭治郎くんと同じくこのわけのわからない血鬼術にかかっている。その事実にゴクリと唾を飲み込んだ。
だから、鬼の言ったように十歳年老いたっていうのは本当で……とまた肩を落とす炭治郎くんに詰め寄る。

「どこにいるの!」
「え、煉獄さんですか?」
「うん、炭治郎くんはしのぶさんに診てもらいに来たんだよね?どうして一緒にいないの?」
「ああ、それが、鬼の頸はもう切ったし時間が経てば元に戻るって屋敷に、あ、さーん!」

屋敷ね、ありがとう、と早口でお礼を伝えて蝶屋敷から煉獄さんがいるであろう炎柱邸へと向かった。戻る前に、炭治郎くんがかっこいいと話していたほどの煉獄さんを私もこの目で見たい。十年後に見れると言われたって待てやしない。

「会わせる顔がないって言ってたんだけどなあ……」

煉獄さんが蝶屋敷に赴かなかった本当の理由を炭治郎くんがぼやいていたのは、一目散に煉獄さんの元へ向かう私には聞こえやしなかった。
さっきまでまだ体が重かったはずであるのに人間の欲望というものは凄まじいのだと身を以て実感している。息を切らしながら炎柱邸の前まで辿り着き、継子になってからというもの一々他人の家のように振る舞うなと言われた為そのまま何も言わずに屋敷へと足を踏み入れた。

「…………」
「…………」

どこにいるのだろうかと廊下を歩いていると、部屋の襖が開いた。その音に視線を向ければ、多分、いや、絶対に私の会いたい人だった。

「煉獄さ、」
「よく来たな!杏寿郎は今はいないが用があるなら言伝を授かろう!」

目を合わせて数秒、妙な沈黙を破るように口を開いた私を遮るように煉獄さんは一際目を開いて声を張り上げる。
その顔立ちは、炭治郎くんが『とてもかっこよかったです』というのに大きく頷けるほど、大人びていて青年の影すらなかった。

「あの、」
「なんだ!」
「煉獄、杏寿郎、さん、ですよね」
「俺は杏寿郎の父、槇寿郎だ!」

いや、どう見ても槇寿郎さん、ではない。というか槇寿郎さんだとしたら雰囲気がまるで違いすぎる。
明らかな、下手くそな嘘であるのに隠そうとする圧に押され言葉が詰まる。後、やっぱりかっこいいのだ。身長だって元々高かったのに更に伸びている。鬼が仕掛けた血鬼術だとしたらむしろ鬼にとって不都合なのではないのだろうか。

「杏寿郎、さん」
「違うな、俺は杏寿郎の父だ!君は継子であって恋仲なのだろう、杏寿郎の顔も忘れてしまったのか?」
「……恋仲だから、杏寿郎さんは杏寿郎さんだってわかります」

どうして、隠そうとするのだろう。というか、バレたくないのに屋敷に私が来たことに気付かなかったということは、それほど気が動転していたのだろうか。あまり見ることのない様子に新鮮ささえ感じてしまう。
その端正な顔立ちを見据えながら呟いた私に、煉獄さんは一つ息を吐いた。

「狡いな、君は」
「……」
「ちょっと無理があったか?」
「はい、とても」

迷わず頷けば、少しだけ不服そうに煉獄さんは目を逸らす。それから私の頭に大きい手をのせてから、引き寄せた。私が休んでいる間、こうして側で香ることのなかった匂い。他の誰でもない、煉獄さんだ。

「どうして隠そうとしたんですか?」
「年老いた姿なんて見せたくないだろう」

いつもよりも大きいその背中に腕を回して、煉獄さんを一頻り堪能した後に顔を上げた。すると、話した通りあまり見て欲しくないのだろうか、ぐっとまた顔を胸元へと押さえつけられる。

「でも、煉獄さん前に話してくれましたよね、私に」
「俺は別だ」

ヨボヨボのシワシワのおばあちゃんになっても、私のことを愛してくれますか、と、聞いたことがある。町を歩いていた時に、白髪の男女二人が仲睦まじく手を繋いでいたのを見てそう尋ねてしまったのだ。煉獄さんは絶対に、いくつになっても男らしくて格好いいままであると思っている。でも、大して私はいつまでも美人でいられるわけもないから。今が美人であるかと問われたら自分から頷いたりはできないけれど。
その時煉獄さんは、それが人の美しさなのだから、当然だろうって、話してくれた。

「またそうやって」

煉獄さんはよく人に影響を与えるようなことを自然と話すけれど、だから今、その範疇に自分が入っていないことに、私が納得がいかなかった。

「私も、ずっと煉獄さんのことを愛してます。どうなろうと、何があっても」

私の頭を抑える煉獄さんの手をとって胸元から顔を離す。
少しだけ皺が寄っている気がする。でも、もっと皺が増えて、例えば歩くことさえままならなくなったとしても、ずっと好きで、そして格好いいって、そう思っていると思う。

「まあ、煉獄さんだから当然のことなんですけどね」

変わらない瞳に、眉を下げて笑った私の姿が映る。
私を見下ろす煉獄さんが瞬きを繰り返した後に、ふっと小さく微笑んだ。

「すまない。嘘を吐く必要はなかったな」
「はい!」

私が煉獄さんのことを嫌いになるはずがない。それが伝わってくれたのなら、それでいい。
頷いた私に煉獄さんの手が私の頬を撫でる。頬に手が触れる時は、いつもそうだ。
普段よりも大人びている煉獄さんがゆっくり近付いてきて、委ねるように瞳を閉じた。

「……?」

けれど、待てどもそれは降ってこない。待ち惚けをくらった気持ちでそっと瞼を上げれば、至近距離の色っぽさのあるその顔立ちにどくどくと胸が煩くなってしまう。

「えっと、」
「やはりこの姿ではしたくないな」
「ええ……」
「残念がるな」

このまま離れてしまったら、ただでさえ普段から背が高くて私からしにくいのに、今は背伸びをしたって届かなくなってしまう。
私の頬に触れる煉獄さんの手が離れる前に、首に腕を回して今度は私が引き寄せた。

「どうせ未来でしますよ」



来者へ贈る


▼狼火さんへ

狼火さん、リクエストありがとうございました!メッセージに「オジサン化」とあってめちゃくちゃ笑ってしまいました。
煉獄さんor炭治郎くん、どちらか書きやすい方でと仰っていただいたので、どっちも書きました(?)。
煉獄さんはいくつになっても絶対男前ですよね。そんなことはわかりきっているので歳をとった煉獄さんがどう振る舞うのかを考えたらこのようなお話になりました。
お気に召していただけていたら嬉しいです!