ご都合血鬼術



藤の家に生まれながらも、隊士の、それも柱である方と接する機会はそう多くはなかった。それが不思議なことに、朝食の準備をする私の隣には炎柱、煉獄杏寿郎様がじっと包丁を小刻みに動かす私の手元を見つめている。

「器用だな」
「いえ、これくらいは誰だって」
「俺はできないぞ」

家のことは千寿郎に任せ切りで、千寿郎というのは弟のことで、千寿郎は家を守っていて、と、次々と愉しげに口にする姿に少しだけ安堵する。柱であるからと、失礼な振る舞いをしてしまったらどうしようかと緊張していたのだけれど、話してみたらそんな威厳は感じない人だった。圧は多少あるけど、声が大きくてハキハキと話すからであって、雰囲気そのものは柔らかい。さっき、私を抱えたまま鬼の頸目掛けて一歩で近付いて一太刀入れていたのが嘘のような人だ。

「できました。すみません、お食事を運ぶので移動します」
「俺が持とう」
「そんなわけにはいきません」
「そばにいて何もしないわけにもいかないだろう」

炎柱様の話に時折くすくすと笑いながら食事の準備を進め、盆の上に並べる。休んでいる方は今日は一人。首を横に振って拒否する私を無視して、炎柱様は盆を持ちさあ部屋はどっちだ、と快活に歩き始めた。

「っ!」
「、すまない、大丈夫か」

炎柱様の動きに身体が引っ張られ、そのまま大きな背中に顔をぶつけそうになってしまったが、すぐに気付いた炎柱様が片手で盆を持ったまま私を支えてくれた。がしりと掴まれた腕、その手の大きさに心臓がどくどくとする。男の人と、至近距離でこうして接することがなかったから慣れていない。

「大丈夫です、ありがとうございます」
「巻き込んでしまってすまないな」

小さく頭を下げた私に、炎柱様は眉を下げた。
今、炎柱様がなぜ私の近くにいて、私も炎柱様から離れられないのかは、私を襲った鬼の血鬼術にあった。間一髪のところで私に襲いかかる鬼から炎柱様は私を抱え遠ざけた。けれどその直後、鬼が私たちにとある血鬼術をかけた。それが、約三尺はお互いから離れることができないというものだった。ろくに動くことができないだろう、と笑う鬼目掛けて、それならばと軽々私を抱えて斬りかかったのは記憶に新しい。

「いえ、鬼の出る時間に歩いていたのは私で、炎柱様がいなかったら私はあの場で、鬼に食べられていたので。本当にありがとうございます」

お陰様で、私はかすり傷一つなく今を生きることができている。本当に、有り難くて、複雑。
改めてお礼を言えば、炎柱様は睫毛をピクリと動かしてから目尻を下げた。鬼と対峙する時との違いに私はまた胸が煩くなってしまう。
狼狽えないように、そっと視線を逸らして、部屋は向こうです、と休んでいる隊士の方がいらっしゃる方へと指を差した。
配膳するのが炎柱様であったのを目にしたその一人はかなり驚いていて、お疲れであったはずなのに炎柱様のかける言葉に元気よく返事をしていた。

「炎柱様は、本当にお食事はされなくて大丈夫でしょうか」
「ああ、怪我もしていないのに世話になるわけにはいかない」

朝食を作っている時、何度も何度も食べて行かれてくださいとお願いしたけれど、頷いてはくれなかった。
厨房に戻り、食器の片付けまで手伝ってもらっているのに、なんて律儀な人なのだろうと思う。もっと早く出会っていたかったな、なんて、思ってしまう。今更だ。

「これで終わりだな!」
「はい。ありがとうございます。買い出しも早く終えられそうです」
「買い出し?」
「あ、はい。朝早くに行けば売り切れもないので。……炎柱様も一緒に、に、なってしまうのですが……」

あまりにも自然にそばにいてくれるものだから、つい血鬼術なんてものがかかっていないものだと錯覚してしまう。
食器を片し終え棚にしまう炎柱様はなんとも言い難い、無表情で私を見据える。これは、怒ってらっしゃるのだろうか。流石に鬼を斬ったばかりで休ませもせずに、それも外を一緒に歩かせるだなんて窮屈だっただろうか。

「あの、」
「うむ、わかった!行こう」
「え?は、はい」

やっぱり予定を変更すべきかと申し出ようとしたところ、炎柱様は口端を上げて私へ背を向けた。今度は一人で進まない。呆気にとられながらも、炎柱様の隣へ歩くと、軽く纏めた荷物を私からさらりと奪う。その動作に口を開けたままでいると、行くぞ、と何も言わせまいと制してるように聞こえた。ご厚意に甘えて、荷物はそのまま持ってもらい、町へと出ていつも行く八百屋へ向かおうとした。そう、向かおうとしたのだ。でも、できなかった。

「あ、あの!えんっ、炎柱様!」
「なんだ!」
「そっちではなくて、っ!」
「君が今必要なのはこっちで合っている!」

ずんずんと、一人真逆の方向へ歩みを進める炎柱様に私も身体が引っ張られる。何を言っても炎柱様は止まろうとはしてくれない。私に必要なものは、昼食と夕食のための食材なのだけれど。混乱している中で、急に立ち止まった炎柱様に私はまたも顔をぶつけそうになったが優しく受け止められた。がっしりと私の腰を支える炎柱様に、私は顔を上げることができない。他意はないことはわかっている。でも今顔を上げたら私の顔は多分、茹蛸のようになっている。


「…………」
「着いたぞ、朝食にしよう」
「………………朝食?」

頭が回らない私に降ってきた言葉を理解するのに時間がかかった。
炎柱様とは目を合わせずに、着いたと仰るその先を見れば、魚屋が開いている食事処だった。選んだ魚をそのままそこで捌いてくれて、定食として食べられるって、町では有名。私もたまに行くところだけれど。

「お腹が空いているのだろう?」
「……」
「何度も腹の音が聞こえた」
「……!!」

仕事をこなすことも大事だが食べないと全力は出せないぞ、なんて、まるで私も一人の隊士かのような言葉をかけて、さっきとは違う意味で赤面している私を引っ張り暖簾を潜った。
確かに鳴ってはいたけど、そんなに大きい音でもないし、気付かれていないと思っていた。今日だけといえど、今この瞬間が恥ずかしい。穴があったら入りたい。
縮こまっている私の代わりに炎柱様はお店の人と初対面であるはずが仲睦まじく話し出し、今日のおすすめと言われている定食を頼んでくれた。
ただ、一人だけいそいそと食べるのはどうにも居た堪れず、炎柱様も一緒に頂いて欲しいと頼めば快く頷いてくれたので、目の前の出来立ての食事へと一緒に手を合わせた。

「美味い!」
「美味しい……やっぱり獲れたての時間に捌いてくれた魚が一番美味しいですね」
「なら、また来よう」
「?」

それは、私と、ということだろうか。いや、そんなことはきっとない。それに、または、私にはない。
真意がわからずその言葉に首を傾げると、さっきまで心の底から美味しそうにぱくぱくと口にしていたその表情は消えていた。まっすぐに私を捉える瞳に、全てが見抜かれていそうだった。

「君に頼みがある」
「……私に、できることなら」

心臓から、身体中にいやな音がこだまする。魚屋の景気の良い声も、さっきまで聞こえていたはずなのにまるで聞こえない。
ゴクリと唾を飲み込んだ私に、煉獄さんは静かに、強く言い放った。

「夜遅くに山奥へ行った理由は聞かない。俺が助けたことを、無駄にしないでくれないか」

見抜かれていそう、だなんて。
見抜かれていた。今更、鬼がかけた血鬼術を恨んだ。それさえなければこの人は私に情なんてきっと湧かなかっただろう。気付かなかっただろう。彼の記憶に留まることすらしないまま、この世から私はさよならをしていただろう。
炎柱様の言葉に箸をギュッと握りしめて笑った。

「勿論です」
「明日も来るぞ」
「…………」
「明後日も、明々後日も会いに来る」

もう、いいかなって、そう思っていた。積み重なって積み重なって、死ぬことに恐怖すら抱かないほど感覚が麻痺していた。
ずっと一人で何の為に生きているかもわからなかった。
繕ったはずだったのに、目の前が段々と滲んでいく。優しさに甘んじて、良いのだろうか。

「……それなら明日は、私が作った食事を、召し上がってくださいますか」

私が、明日も明後日も、明々後日も生きる理由を、この人へ託しても良いのだろうか。
折角のご飯に涙がポロポロと零れ落ちる。

「そうだな、そうしよう」

滲んだ視界の中で、炎柱様が優しい笑顔を見せたのだけはわかった。

「ありがとう、ございますっ、」
「何の話だ?俺は君と食事がしたいだけだぞ」

少しだけ呆れたように、でも優しくそっと涙を拭ってくれるこの人は、一瞬で三尺どころか私の懐へとするっと入り込んでいた。


生み出す人


▼あし子様へ

本当は隊士設定で、ほのぼの〜冨岡さん辺りに近付こうとするのを煉獄さんが動かず引き止める、みたいなのを最初ふわっと考えていたのですが、なぜかこうなりました……。
後半も書きながら思いついた(藤の家にいて夜中出歩く事なんてあるか…?と疑問に思いながら書いていました)感じでそのまま綴りましたが、書いておいてきっとご想像の斜め上な感じになってしまったかなとは思います。でも私は書いていて楽しかったです!こういうお話が大好きです。私では思いつかないような設定の血鬼術リクエストいただきありがとうございました!