ご都合血鬼術



燃ゆる炎を印象付けさせる羽織を揺らめかせ、後は任せろ、と頼りになる笑みを浮かべられた。地面を蹴って鬼の頸を刎ねた煉獄さんには、いつもなら助けてもらった後には反省会が待ち受けているのだけれど今日ばかりはそれどころではなかった。
頸を斬った瞬間、煉獄さんからはもくもくと白煙が立ち上って姿が見えなくなる。安堵したのも束の間、何かがあったのかと駆けつければ、煉獄さんはそこにはいなかった。

「……?」
「…………」
「あの……え?」

視界が明るんできた中で見えたのは、煉獄さんが纏っていたはずの羽織と隊服と、刀と、それから、その上に自分の右手(右足……?)をじっと見据えている狐だった。
一応、周りを確認してからもう一度その狐を見下ろす。どことなく、瞳も眉毛の辺りも似ているのはやはりこの狐が、煉獄さんだからなのだろうか。

「煉獄さん、ですか……?」
「…………」
「……お手」

ぽん、と、渋々のように見えたけど差し出した私の右手に煉獄さんらしき狐の左足が乗った。言葉は通じるらしい。やっぱり、煉獄さんなのだろうか、この子が。
鬼は煉獄さんが確かに倒した。気配ももうない。鬼が消滅する間際に放たれた血鬼術なのだろうか。

「煉獄さんで、合ってますよね?」

一応、改めて確認してみれば煉獄さんと同じ瞳をしたその子は頷いてくれた。その子、と言ってしまったがやはり煉獄さんだった。良くはないけど良かった。
一先ず、ここにずっといても仕方ないので煉獄さんの衣服と刀を持って近くの藤の家へ向かった。その間、ひょこひょこと後ろを付いて回る姿がなんだか愛嬌があって可愛らしい。本人からしたら堪ったものではないと思うけど。
藤の家の人へ説明すると、当然驚かれはしたが狐がぺこりと頭を下げたのを目にして本当なのね、と信じてくれた。すでに布団が敷かれた部屋に案内されるけど、このまま寝てもいいものなのだろうか。

「煉獄さん、お風呂は入りますか……?」

二組敷いてある布団。煉獄さんは布団には横にならずに何もない畳の上でちょこんと座っていた。山を歩いていたから、ふさふさの毛がすっかり薄汚れてしまっていたのだ。それを気にしているのかと思うとなんとも言い難い気持ちになる。
控えめに尋ねた私に煉獄さんは首を横に振って片足を上げた。この手でどう身体を洗えというのだ、というところだろうか。確かに、桶に浸かるだけとしても拭くこともできない。私ができればいいけど、もしその間に煉獄さんが元に戻ったらと考えると……。

「……い、いえ!なんでもございません!」

ぽわぽわとあらぬ想像をしていれば、いつの間にかに目の前に来ていた煉獄さんに我に返りその考えを頭から振り払った。なんともはしたない人間だ。そんな関係でもあるまいし。
あははとあからさまに笑いながら煉獄さんの頭を撫でてみると、ふさふさでとても気持ちが良かった。思わずその撫で心地にずっと続けているけど、煉獄さんは嫌がる素振りは見せない。気持ち良さそうに目を瞑っている。

「……」

その様子を見ていて、本当に、煉獄さんなのだろうかと急に不安が押し寄せて来た。いつもは守る側の煉獄さんが、人に頭を撫でられこんなに心地良さげにすることなんてあるのだろうか。煉獄さんで合っているかと聞いた時、確かに頷いてくれた。でも、どんどんどんどん、こうして本当の狐に染まっていってしまうのであれば。
可愛いなあと思っていたなのに、胸に嫌な音がどくどくと響く。

「、?」

暫くずっと撫でていた手を止めた私の異変に気付き、煉獄さんが顔を上げる。すると煉獄さんの鼻筋に、ポタリと水滴が落ちるのを目にして、自分が涙を流していることに気付いた。
怖かった。このまま、戻らなかったらどうしようと。私を助けた所為でずっと狐のまま、元の煉獄さんに会うことができなかったらどうしようと、震えが止まらなかった。

「ごめんなさい、きっと、戻りますよね、本当、私後ろ向きな考えしかいつもでき、……」

煉獄さんのように、いつも前だけを見て進む人に憧れを持っていた。後ろ向きな自分にいつも嫌になってしまうけど、どうしても自信が持てなくて、でもそれでも煉獄さんはそんな私を肯定してくれるから、気付けば恋心まで抱くようになってしまっていた。そんな関係になれるわけはないとはわかっているのに。だから、今煉獄さんが私の涙、頬を舐めたのも、煉獄さんが今は狐だからであって、これから先はあり得ないことだ。
頬から伝って畳を濡らしていた涙はペロペロと煉獄さんにもう泣くなと言わんばかりに舐めとられる。止めたいのに、その優しさが身に染みてどんどん溢れてくる。

「ごめっ、ごめんなさい、……っ止まらな……っ」

仕方ないな、なんて、そんな声が聞こえた気がした。優しく優しく私の涙を掬い上げる煉獄さんの、今はふさふさで柔らかい身体をぎゅっと抱きしめた。いくら泣いたって、全部受け止めてもらえるような、そんな慈しみに私が包み込まれているような感覚だった。

「ん、もう、だいじょ、っ!?」

どのくらい経ったのか、漸くいっぱいいっぱいになっていた感情もおさまり落ち着いて来た頃だった。もう大丈夫ですと離れようとしたが、ぐぐ、と私の膝に乗っていた煉獄さんが急激に重くなる。私へ前のめりになっていた為、突然のその重さに体勢を崩しそのまま後ろへ倒れ込んでしまった。シュウウ……と奇妙な音が聞こえ、倒れた反動で目を瞑っていた瞼を上げると、その先にいたのは元通りになった煉獄さんだった。

「煉獄さ、」
「戻ったぞ!もう安心だ!」
「……れっ煉獄さぁあん」

心配したことは起こらなかったと、うわああん、と、年甲斐もなく子供のように泣いてしまった。これは嬉し涙だ。滲む視界の中で煉獄さんは大きな瞳を更に大きくさせていた。困らせてしまっただろうか、でも止まらないものは止まらないのだ、仕方ない。それにこれは嬉し涙だから煉獄さんが心配することはもう何もない。今は一人で思う存分安堵の涙を流させてほしい。そう思って、でもこれ以上泣き顔を見られたくもないので両手で顔を覆うとすれば、その前に煉獄さんの顔がずいっと近付いてくる。

「……へ、」

ざらりと、さっきと同様私の涙は煉獄さんによって舐めとられた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返すと、溜まっていた涙が再び零れ落ち、それも当然であるかの如く煉獄さんは舌で掬い上げる。

「ちょっあの!」
「ん?」
「『ん?』じゃないです!もう大丈夫なので!さっきは動物の姿だったから……、でも今は……、というか、服着てください!」

狐であった煉獄さんは、そうするしか私の涙を止める方法がなかったわけで。だから今そんなことをする必要はないのに。さっきの名残でそのまましてしまったのだろうか。私だけこんなに恥ずかしいのに、煉獄さんはなぜ平然としていられるのだ。そして今更ながら目の前、私を押し倒している体勢になってしまっている煉獄さんは服を着ていない。頭で理解した途端急に羞恥心が押し寄せる。

「もう止まったのか?」
「びっくりして止まりました!」
「そうか、それは残念だな」
「揶揄わないでください……」

顔を覆う私に煉獄さんは上から退いて、音から察するに私が畳んで置いておいた隊服を身に纏っていた。

「流石に、俺も人は選んでるぞ」

心臓が破裂してしまいそうなほどばくばくとさせていた私が煉獄さんのその時呟いた一言を理解するのは、夜が明けてからだった。



愛情だなんて御冗談


▼奏様へ

三通りいただきまして、記憶を失くす、の方で最初書こうと思ったのですが動物化の方がスラスラ書けそうだったのでこちらにしちゃいました。夢主に付き纏う感があまりないのですが、動物であっても煉獄さんはきっと煉獄さんだろうなあと私の願望詰め詰めです。
そして両片思いが大好きです。花灯りも短編も読んでいただけているようで嬉しいです!この度はリクエストありがとうございました!