ご都合血鬼術



「好きだ」

廊下の奥の方から、ガタッと壁に何かがぶつかる音と声が聞こえてきて、ヒヤリとしながらそっちへ駆けつければ、思った通り療養中の隊士に迫られているだった。俺も俺でを前にするとぐっと胸の内から何かいけない思いが込み上げてくるのだがなんとか胸だけに留めるよう我慢して、とその人の間に割って入った。

は俺の恋人です!」
「炭治郎、」

療養中であることを気遣ってか、ろくに抵抗はしていないの代わりに迫っていた人へ声を大にして告げると、わかってるよ、と顔を顰めた。

「そんなの周知の事実だろう!でもこの思いは止められないんだよ!なんで今まで気づかなかったんだ、がこんなに可愛い人だっていうことを……」
「可愛いのは当然です!ですから!でも今そう思っているのは血鬼術のせいなんです!」
「血鬼術?そんなわけないだろ。俺は本当にのことを、」
、行こう!」
「あ、おい待て!」

きっと、今は何を言ってもで頭がいっぱいなあの人には無駄なのだろう。そう察して俺の後ろで申し訳なさそうに佇んでいるの手を引っ張ってその人から遠ざけた。
幾らか廊下を走って逃げたところで一度手を離す。振り向いた先のを見ると、やっぱり身体中が熱くなる。

「血鬼術が解けるまで、俺から離れないでって言ったよな」
「ごめん、でもそろそろ解けてるかと思って……。炭治郎は元々私のことを好きでいてくれてるし、誰かに会わないとわからないし」
「だからって、じゃあ、さっき俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」

責め立てるつもりはなかったけれど、どうしても自分以外の男の人がに迫っているのを見ると気が気でなくなる。こんな奇妙なことになってしまったのは、俺がの任務の救援に駆けつけた時に起こった。すでにその時は血鬼術にかけられていたらしいが、いつもより途端にが愛しく思えて、だからか、守りたいという思いも爆発して鬼の頸を斬ることはことなきを得た。その後言い辛そうにしているから聞けば、かけられた血鬼術はどうやら自分の周りにいる人を老若男女問わず誘惑してしまう、というものらしい。
しかも、それが蝶屋敷に帰ってきた今でも続いている。

「ちゃんと、抵抗したよ」
「……本当に?」
「本当だよ、私が好きなのは炭治郎なんだから」
「うっ、」

まっすぐ丸い瞳で俺を映して答えたの言葉が胸から全身に響く。胸元をギュッと握って深く呼吸を繰り返す。俺は、血鬼術なんてかからなくたってが好きなんだ。だから、それにもっと外側から思いが加わればこうなってしまうのは当然だった。

「た、炭治郎?大丈夫……?」
「ごめん、今、そういうの言われるとすごく、こう、くるんだ……」
「ご、ごめん……炭治郎は、大丈夫なのかと思ってた……」
「へ、平気!が心配することじゃないよ!俺は長男だから!」

かっこ悪いところは見せたくない。でもとこうして一緒にいるだけでいつもより胸がどくどくと脈が早くなって、身体が熱くて、それから……。

「本当に?」
「……うん、」

心配そうに俺の顔を覗き込む表情。そして、意識せず俺の視線はその下へいってしまうのだ。これは、俺だけなのだろうか。が好きだから、それに上乗せされて俺だけ好きだという思い以上に、触りたいだなんて思ってしまうのだろうか。でも、絶対にそんなことはできない。血鬼術のせいで女の子に、好きな子に手をかけるなんて絶対にしたくない。

「だから、部屋に戻ろう」
「あらあら、顔色が悪いですね」

せめて今日一日は、は部屋に戻って大人しくしていてもらいたい。流石に一日経てば血鬼術だって解けているだろう。そう考えて再びの手を取ろうとしたところ、聞こえたのはしのぶさんの柔らかい声だった。

「あ、その、炭治郎が」
「ええ、熱がありそうですね」
「い!いえ!俺は大丈夫です!熱はなっ、……!」

ふわっと、藤の花の香りがした。両手の平をしのぶさんへ向けて俺は何も問題ないと伝えようとしたところだった。目の前が藤色の瞳でいっぱいになる。それから、額に何かがコツンとぶつけられた感触。

「うーん、そうですね、特に高熱というわけでもなさそうですね」
「あ、えっと、」
「しっ、しのぶさん、私です!私を診てください!」

一瞬、突然の出来事に動けないでいる俺の代わりに、自分の額で俺の熱を計るしのぶさんの腕をが慌てたように引っ張った。
自分を引っ張るにしのぶさんは瞬きを繰り返す。

「どこか痛むのですか?」
「血鬼術に、かかってまして……」
「まあ、それは大変ですね。診療するのでこちらへ」

俺のことをチラチラと見ながら、少し不満気な匂いがからする。俺は今この瞬間に、に何かしてしまったのだろうか。でも、それは後で聞くとして、今までずっとを誰にも会わせないようにしていたけれど確かに診てもらった方が早く血鬼術も解けるかもしれない。

「ああ、炭治郎くんは入らないでくださいね」
「えっ」
「服を脱いでもらいますので。恋人と言えど今は遠慮してくださいね」
「あっはい……」

診療室までついてきて、扉の前で俺は入るなとしのぶさんに制された。確かに、今目の前での身体を見てしまえば多分、抑えられる気はしない。長男と言えど限界がある。抑えたい気持ちは十二分にあるけれども。
パタン、と閉められた扉に背中を預けてを待つことにした。廊下の窓から見える青空に蝶がゆらゆらと横切る。
そういえば、しのぶさんは平気なのだろうか。鬼は、老若男女問わず、と言っていたらしいけど。蝶屋敷に帰る途中、確かに小さい子供からも沢山求婚されていた。おじいさん、おばあさんからも。
柱ともなると、平気になるのだろうか。俺は思いを抑えるのにいっぱいいっぱいだったというのにしのぶさんはいつも通りだった。でも、柱といえど同じ人間であって、呼吸の精度でどうにかなる血鬼術とも考えにくい。

「…………」

そんなまさか、とは思うけど。急に不安になってきてしまった。しのぶさんが?でもさっきはいつも通りだった。むしろ俺の方を心配してくれたくらいだ。だから血鬼術が効いていないと、そう思いたいのだけれど。
一抹の不安が過ぎり、心の中でごめんとに謝ってから、こっそりと静かに診療室の扉を微かに開いて片目で覗き込んだ。

「っ、わっ、わーーー!!!ダメですダメ!!しのぶさん!!!」

飛び込んできたのは、隊服は脱がされシャツだけの姿で腕に今にも得体の知れない注射を打たれそうなだった。
それを見た瞬間、しのぶさんからを引き離し間に立つ。

「邪魔しないでもらえますか?」
「いやいや、何の薬ですかそれは!」
「血鬼術を治すためです」
「いえ!前に心拍数を無理やり上げて肺に力を加えるって言ってたやつですよね!匂いが同じです!」

『まあ、ここぞという時に使うものとして作っていますが、今はただの惚れ薬みたいになっていますね』と付け足していたのを俺は覚えている。誰を見ても脈拍が早くなって胸がドキドキとするから、って。善逸が夜中に持ち出そうとして何度もしのぶさんに怒られていた。

「そ、そうなの……?」
「そうだよ!、やっぱり誰にも会ってはダメだ!部屋に戻ろう!失礼しました!」

が着ていた隊服を拾い上げて、しのぶさんに頭を下げてから足早に診療室から逃げ出した。
しのぶさんが最初に俺へ額をくっつけてきたのはきっと、に異常は感じていてから診て欲しいと言わせる為だったんだ。一瞬でそこまで考えた行動をするなんてさすが柱だ、判断が早い。本当に、嫌になってしまうほどに。

「炭治郎、」
「もう今日は俺が部屋を見張っているから」
「痛い」
「っ、ごめん」

ズカズカと床板を踏み鳴らして部屋へ向かっていた。
のことを考えているようで、俺は自分のことで頭がいっぱいだったらしい。痛いとその一言に我に返り、引っ張っていた手を離し立ち止まった。
俺に強く掴まれていた手をさすっている。

「ごめんな……」
「大丈夫」
がとられたらって思うと、気が気でなくて」

自分が、如何にかっこ悪いか。所謂嫉妬というものなのだ。
は素敵な女の子だし、血鬼術なんてなくたってきっとこれからこういうことは起こってくるのだろう。その時、俺は平然としていられるのだろうか。
俯く俺の頬に、さっきまで俺に強く握り締められていた手が伸びてふわりと触れた。

「私の一番は、炭治郎だよ」
「…………」
「だから心配しないで」
「…………。さっき俺、言ったよな」
「……えっ、んんっ!、?」

今そういうことを言われると、こうなるって。いや、そんなハッキリ言っていないし長男だから平気とも豪語した気がするのだが、もう無理だった。
俺を見上げるの唇に噛み付くように吸い付いた。当たり前に驚くの腰と頭をがっしり固定して逃げられないようにする。するっと開いたままの口から舌を滑り込ませて、絡ませるのに夢中になっていた。ああ、ここ蝶屋敷の廊下だったっけとか、そういうのも全部頭の中から抜け落ちていた。

「んんっふ、たんっ、っ」

足に力が入らなくなってきたのか、ずるずると座り込むに合わせて俺もその場に座り込んだ。
好きだ、が好き。好きで好きで堪らない。もう止まらないんだ、ずっとこうしていたい、俺だけを見ていてほしい。

「あの、ちょ、」
「ごめん、ごめんな」

すっかり乾いていた唇が濡れたところで漸く離し、そのままが着ているシャツの鈕を外す。このまま続けてしまえば、鬼に負けたことになってしまう。そんな葛藤は頭の中でしていても、手は止まらなかった。俺の両肩を押して抵抗を試みようとするの手を一つに纏め上げて、膨らみを覆っている布へも手をかけた。

「待って、炭治郎」
「嫌だ、ごめん」
「ちがっ後ろ、」
「ここをどこだと思ってんだァアアアア!!!!」

キーン……と、蝶屋敷中に響く高音に耳鳴り。さっきまで、回っているようで全く回っていない熱に浮かされた頭が一気に冷めていった。
ぐぐぐ、と後ろを振り向けば、般若のような顔で事に及ぼうとした俺を見ている善逸だった。

「任務から?帰ってきてさあ休もうとして目に飛び込んでくるのが何!?友達の房事!?俺の今の気持ちを答えてみろ今すぐに!!!」
「ぐっぐるしい、善逸、」

ゆらりゆらりと近づいてきた善逸に胸ぐらを掴まれぐらぐらと頭が揺れる。痛い、頭が。とても。

「お前がそういう奴だとは思ってなかったよ!せめて場所を弁えることくらいすると思ってたよ!まあいいよ!チューはまだよかったよ!?それ以上は許しませんよこの俺は!!」
「どこから見てたんだ、」
「『私の一番は炭治郎だよ』からだよクソが!!」

少しだけ声色を高くしたのはの真似だろうか。けれど、暴言を吐き捨てる善逸に疑問が浮かぶ。
気が済んだのか、俺から手を退ける善逸に息を整えながら尋ねた。

「善逸は、を見て何も思わないのか?」
「……はあん?普通にいつも通り可愛いと思うけど」

ちらりと俺の後ろを見る善逸の瞳に映るの姿に、自分でやってしまったことを思い出して上から釦を留めていくに今更だが隊服を肩にかけた。

「もう解けてるんだ、よかった」
「……うん、そうだな」

安心したように微笑むだけど、それはつまり、俺がに手を出したのは血鬼術のせいだということではなくなる。
だったら、あの時俺が黒い感情を渦巻かせていたのは俺自身の問題ということになる。

「炭治郎?本当に大丈夫?」
「ああ、うん!うん!大丈夫!」

今日何度目か、俺を心配そうに見据えるに慌てて笑顔を向けた。
嫉妬なんて、そんな感情、あっても小さいものだと思っていたのに。
自分の中で今まで知らなかった感情があることに怖くなり、バレないように小さく溜息を吐いた。


愛故に


▼七日様へ

>とんでもない長男パワーで己を律している。つらい。
このつらい、の一言を見て、こりゃとんでもなく我慢していつ限界を超えてしまってもおかしくない炭治郎だな!と伝わりました!笑
しのぶさん、確かに手強そうですよね。手強そうだと思いつつこんな感じかなあと書かせていただきました。お姉さんの策略怖し。あと炭治郎はお姉さんに顔赤くするの少年み溢れていてとっても可愛いなと思って入れちゃいました。この話の一番炭治郎ぽく書けたなという部分はちゃんと失礼しましたというところです。笑
ともあれ最初から最後まで楽しく書けました!!リクエストありがとうございました!