ご都合血鬼術



夜が明けてすぐ、鎹鴉には休息と鳴かれたがそれを無視して蝶屋敷へと向かっていた。日が昇る前から店を開ける準備をしている人たちの長閑な雰囲気の中、俺の視界にはあるものが映っていた。
魚屋が魚を、八百屋が野菜を店頭に並べているその手の先、小指から赤い糸が彼方へと紡がれていた。

「手伝いますよ」

旦那さんの奥さんだろうか、魚屋から出てきた女性の小指にも俺の目には赤い糸が見えていた。その糸の先は、今汗を掻きながら魚を並べている旦那さんの小指に繋がれている。それを目の当たりにして、やっぱり今俺は本当に、運命の赤い糸が見える血鬼術にかかっているのだと悟った。
鬼を斬った時は、周りに人がいなかったからただ俺の小指に纏わり付いている妙な糸だと思っていたのだが、戦闘中に鬼の話していたことは本当だった。
赤い糸で結ばれた二人を前にして、ゴクリと唾を飲み込み止めていた歩みを再開させた。方向的に、この糸はちゃんと蝶屋敷へ続いている。だとしたら、俺の運命の人はである可能性が大いにある。
もし、違っていたら。受け入れ難い事実になってしまうが、俺は信じている。は俺のことを好きだと言ってくれているし、俺ものことが好きなのだから。
俺にこの血鬼術が効いている間に蝶屋敷へと戻って、と繋がれているかをきちんと確認して、安心したい。俺の運命の人は誰になんと言われようと絶対になんだ。

「あ、炭治郎さーん!」

蝶屋敷まではそれなりに距離があり駆けてきたのだが、疲れなど微塵も感じなかった。一心不乱に自分の小指と蝶屋敷への方向を確かめながら近くまで戻ると、山菜か薬草を採りに行っていたのだろうか、なほちゃんたちが道の脇から俺に手を振る姿が見えた。

「おかえりなさい!」
「うん、ただいま」

葉を手にしているなほちゃんたちの小指にも赤い糸はどこかそれぞれの方へ繋がっている。町の方や、山を越えなければいけない港の方まで繋がっているように見える。

「どうかされました?」
「ああ、いや」

つい赤い糸の紡ぐ方向を目で追っていると、首を傾げ俺を見上げる三人。怪訝な顔をされてしまっている。
目に見える間に早く俺もの元へ行きたいのだが、邪険になんてできずに笑いかけた。

「今俺、赤い糸が見えてるんだ」
「赤い糸?」
「うん、よく言うだろう?運命の人とは小指が赤い糸で結ばれている、って。それなんだ」

変な血鬼術だよね、と笑う俺に信じてもらえるか疑問ではあったが、その心配はいらなかったらしい。三人は一様に目をキラキラと輝かせている。

「私、私!小指に赤い糸が繋がっていますか!?」
「うん、繋がってるよ」
「私は!どうですか!」
「みんな繋がってるよ」

興奮気味に詰められ、目に見えるものをその通りに伝えるとキャッキャと頬を緩ませながらうっとりしだす。やっぱり、女の子にとって運命の人という存在は大事なものなのだ。も、そうだといいのだけれど。そして俺と繋がっていることを伝えて、喜んでくれるといい、その笑顔が見たい。

「炭治郎さんの運命の人は、さんでしょうかね!」

思い思いにどんな人であるかなど談笑している傍で、俺は再び急いで蝶屋敷に戻ろうとしたけれど、嬉々としてまた俺に尋ねてくるものだから踏み出そうとした足を留めた。

「うん、そうだといいんだけど」
「蝶屋敷に繋がっているんですか?」
「うん、そうなんだ、だから、これが見える内に確認しておきたくて」
「あ、でしたらさんは、」
「きっと繋がってると思うから!じゃあまた後で!」
「あ、炭治郎さーん!」

流石に、何時間も持続しているものではないだろう。いつ消えてもおかしくないのだからこの機会を逃したくない。少しぞんざいになってしまったような気がするが後で謝ろう。早口で伝えた後に三人に背を向け、もう一度蝶屋敷へと続く道を走った。が、蝶屋敷が見えたところで俺としては何かの間違いであってほしい違和感に気付く。俺の小指に繋がれているのは、蝶屋敷を通り越えた町の方だ。
なほちゃんたちのように、しのぶさんのお使いに出ているのだろうか、いや、でもこの時間彼女はいつも蝶屋敷で療養している隊士へ食事を配膳している。
嫌な音を胸に響かせながら、一先ず彼女の存在を確かめようと俺の小指の先はさて置き蝶屋敷へと足を踏み入れた。

「お、炭治郎〜なんだよ朝食の時間に帰ってきて、お前の分、」
「善逸!は!?」

起きたばかりなのか、後ろ毛がぴょんぴょんと跳ねている善逸が廊下の奥から歩いてきたのに詰め寄った。俺の勢いに身を後ろへ反らせて訝しげな顔を見せているが、今はそれどころではない。

ちゃん?ちゃんならいつも通り食事を運んでるんじゃない、」
「嘘だ!」
「ええ!?」

がいつも通り隊士の看病をしているのであれば、今俺の小指の先は蝶屋敷の奥へと続いているはず。それなのに、実際は外へと続いている。普段俺ともよく行く町の方だ。この糸が本当に運命の人と繋がっているのかどうかは、朝に見た夫婦のおかげで間違いはないものになっている。もしかしたら、運命の人と将来夫婦になることだってないのかもしれないけれど、でも俺の運命の人はであってほしい。
俺の一言に愕然とした善逸から手を放し、信じたくはないががいるであろう療養部屋へと進む。もしいたら、どうしようかと心臓が縮んでしまいそうになるのだが、でも、それを受け入れた上でも俺はがいい。むしろ、繋がっていないとしても、赤い糸さえ超える想いで結ばれていると、俺はそう思っている。
それであるならば、が今どこにいるのかなんて関係ないのだが、ただどうしても気になるものは気になってしまう。

「、あ、アオイさん」
「炭治郎さん、帰ってたんですね」

どくどくと不安混じりになりながら目的の場所へ歩みを進めていると、その部屋からアオイさんがお盆に食器を載せて出てきたのに出くわした。
息を切らしている俺に眉間に皺を寄せるが、アオイさんの後ろ、療養部屋にがいないことに俺の胸の中の靄が晴れていく。

「アオイさん!は?町へ行ったんですか?」
「ええ、頼みましたけど……」

アオイさんの言葉に、今までの鬱々としていた気分がわかりやすく消え去っていくのが、アオイさんの瞳に映る自分の表情でわかった。
が町の方へいるのであれば、この小指の先にいるのはの可能性が高い。

「……」
「炭治郎さん……?あの、に会いたいのでしたら、昼頃になると思いますよ。頼んだものが大きな町にしかなくて」

今すぐこの先を追って、間に合うだろうか。小指の先を見据えていると、段々と薄くなっていっていることに気付く。血鬼術が解けかかっている。焦燥感に駆られながらも、控えめに呟いたアオイさんの声が耳を通りすぎた。

「……え?」
「いつも行ってる町にはないんですよ」

固まる俺に、さらりと答えるアオイさん。大きな町、というのは、いつもと行って甘味を食べる町とは真逆だった。だから、薄れかかっているこの糸は、今の俺には後ろへと続いていないといけないわけで。
アオイさんを通り越し、療養部屋も通り越えた先に繋がる糸の先は移動しているのだろうか、少しづつ角度が変わっていく。でも、誰であってもではない。すでにもう周りの景色と同化し、見えなくなってしまいそうな糸の先に、信じたくなかった事実を目の当たりにして興味が湧かなかった。

「あの、大丈夫ですか……?」
「ハハ、はい、大丈夫、……」
「大丈夫じゃないんですね……」

ネジが止まってしまったからくり人形のように、ピタリと動かない俺にアオイさんが心配、というよりかは少し引いたように顔を覗きこまれる。
運命の人は、だと思っていた。がよかった。鬼が惑わせる為に見せた糸だとしても、繋がれているのはであってほしかった。遠い未来で、が俺とは別の人と幸せになる、なんて、想像ができなかった。

「炭治郎?」

その場から動けずに、呆然としている俺にかけられた声。どくりと胸を響かせながら、町へ行ったはずのその声の主へと振り返る。

「……
「おかえり!早かったね、怪我はない?」
、まだ行ってなかったの?」
「あ、うん。ごめんね、しのぶさんにもお使い頼まれてて、先にそっちへ、」
!」

アオイさんとのやり取りを遮るように名前を呼ぶと、丸々とした瞳が俺を映す。そのまま歩み寄って両手を掴んだ。
消えかかっていた糸は、一瞬だけ見えた。多分だけど、俺の都合のいい幻でなければだけど、繋がっていたんだ。
それが胸にこみ上げてきて、じっとを見つめてしまう。

「た、炭治郎?なほちゃんたちが、炭治郎が私のことを探してたって楽しそうに話してたから、一度戻ってきたんだけど……」
「……だ」
「?どうしたの、大丈、」
が俺の運命の人なんだ!」
「!?」

感情が昂ぶったまま、華奢な身体を抱きしめると苦しそうな声が聞こえる。申し訳ないなと思いつつも、嬉しくて、放したくなかった。

「た、炭治郎、ちょ、アオイさんも、みんな、見て、」


こんなにも胸が熱くなる嬉しいことがあるのだと、高揚が隠せないまま一度離れ、の両肩に手を置きがし、と掴み直す。困惑する表情、頬はほんのりと赤い。鬼が見せる赤い糸に左右されるなんて、子供じみているし本当かどうかもきっとわからない。でも今の俺には、繋がっていてほしい人の小指に赤い糸が紡がれていて、そう、

「俺と結婚しよう」
「……け、へ?」
「俺と、結婚!夫婦になろう!」

だからこそ、一つの思いに頭が支配されていた。
目と鼻の先、数寸近付けば触れてしまいそうな距離まで詰めれば、みるみる内にほんのり紅潮していただけの頬は耳まで赤く染まっていく。

「返事をしてくれ!」
「、はい」

一生に一度とも言える言葉に強引に返事をさせてしまったのだが、その時の俺にはそんな大事なことだとは頭の片隅にも浮かばず。
俺の勢いに頷いたを、もう一度きつく抱き締めた。


赤い糸と春の匂い


▼白雪様へ

リクエストをいただいた時に、なんて可愛い話なんだ……!とほこほこしました。いただいてすぐにこんな感じにしよう、とそのままプロット書き連ねましたが、とても楽しかったです。
炭治郎が赤い糸を確認してホッとする、というシーンが可愛すぎますね。それほど好きな子なのだろう、と少し強引気味な炭治郎になりましたが、ご期待に添えられていたら嬉しいです!この度はリクエストありがとうございました!