ご都合血鬼術



本音が出てしまう血鬼術に、私はかかってしまったらしい。

「身体に異常はないので、時間が経てば元に戻りますよ」

薬剤の匂いが充満する部屋でしのぶさんは私ににこりと微笑んだ。奇妙な血鬼術があるものですね、と記録をとっているのか紙に何かを綴っている。

「綺麗な手……」
「本当に意図せず本音が出てしまうのですね」
「!そ、そうみたいです……」

言葉にせずとも、思っていたものは意図せずポロリと口から溢れ出てしまう。しのぶさんはクスリと上品に笑っているけれど、私としてはたまったものではない。今日は、炭治郎と約束をしている日だった。一緒に、禰豆子ちゃんを連れて花畑に行こう、と。炭治郎も任務があってそろそろ帰ってくるはずなのだけれど、このまま会ってしまえば取り返しのつかないことを言ってしまいそうな予感がした。

「あの、しのぶさん」
「はい」
「炭治郎が帰ってきたら、私は用事があって蝶屋敷にいないと伝えてくれませんか……?」
「急ぎの用事ですか?」
「いえ、この状態で炭治郎に会いたくないだけです……」

肩を窄めながら話す私にしのぶさんは藤色の瞳をぱちくりとさせる。それから、ああ、そういうことですか、と一つ思いついたように口元に指先をあてた。

「炭治郎くんに、好きだと話してしまう、と」
「仰る通りです」
「ダメなんですか?」
「ダメです!」

しのぶさんは、基本的にはしっかりとしているけれどたまに少し天然なところがある。私が炭治郎のことを好きなことは知っているけれど、恋人というわけではない。ましてや炭治郎は私に対してちょっと仲のいい仲間の一人としてしか思っていない。
ただ、炭治郎が私に『俺のことが好きなのか?』とかそんなようなことを聞かなければ私の本音も出てこないとは思うけど、何があるかわからない。常日頃炭治郎を見て、ああ、好きだなあ、なんて思ってしまうのだからさっきのように無意識に言葉にしてしまうかもしれない。だから念の為、血鬼術が解けるまでは炭治郎に会いたくない。
そういうわけで、強く頷いた私にしのぶさんは了承してくれたので、炭治郎が帰ってくる前に特に用事はなかったけれど蝶屋敷を出て町へと向かった。
町に着いて、行き交う男女二人を見るといつも思う。ああやって、炭治郎の隣を歩けたらいいなって。いつも誘うのは私からだけど、肝心なことは言えない。私が誘わなくなってしまえば、炭治郎との接点なんてなくなってしまうから、今回のように禰豆子ちゃんが喜びそうな花畑があったよ、なんて理由を探しては誘い出しているけれど、いつもそれに応じてくれる炭治郎の優しさに甘んじてしまっていた。
いつかは、仲睦まじく手を取り合う男女のようになりたいけれど、勇気が出ない。今の所玉砕するのはわかっているし。

「何見てるんだ?」
「ん?あの二人、いいなあ……って、……!?」

かけられた声がいかにも自然過ぎて何の疑問も持たずに反射で答えてしまったけれど、我に返る。パッと隣を見れば、今の今まで考えていた人が目の前に。狼狽えている私に小首を傾げて耳飾りを揺らす。

「炭治郎……!」
「しのぶさんが、は町に行ったって教えてくれたんだ」
「しのぶさん……!会いたくないって言ったのに……!」

しのぶさんが、そんなに口が軽い人だとは思っていなかった。私、しのぶさんの怒りに触れるようなことをしてしまったのだろうか、どうしてそんなことを。だらだらと心の中で冷や汗をかいていると、炭治郎の表情が曇っていく。

「それ、俺に?」
「え?」
「会いたくない、って」

炭治郎が呟いた一言に、今しがた自分が口にしてしまったことに気付いた。だから、こういうことが起こってしまうから、会いたくないと思っていたのに。

「あの、ごめん、そういう意味の会いたくないじゃなくて」
「……」
「会いたい、とは思ってるけど今は会いたくないというか……」
「……そっか」

しゅん、と、あからさまに萎れる炭治郎に罪悪感。誰だって『会いたくない』なんて本人の前でハッキリ言ったら傷付くだろう。炭治郎のような優しい人であったら、尚更。ましてや、今日炭治郎を誘い出したのは私なのだ。勝手に嘘の用事を作って炭治郎から逃げ出して、傷付けて、心苦しいなんてものではない。
私の前から背を向け立ち去ろうとする炭治郎の羽織を掴んで引き止めた。

「その……」
「?」
「本音が出ちゃう、血鬼術に、かかっておりまして……だから、今は一緒にいたくないの。ごめんね」
「あ、!」

これは、言い逃げの他ない。
このまま嫌われるようなことをしてしまうままは嫌だったし、でもこれ以上一緒にいたらいつしか『炭治郎のことが好きだから』と反射的に口から零れ落ちてしまいそうで。避けるために、謝ってから今度は私が炭治郎に背を向け町の雑踏の中へ逃げるように紛れた。
店と店の間の路地に入って乱れた息を整える。今のは今ので、次に会った時に気まずくなってしまうだろうか。この状態で炭治郎に会わなければ急用ができてしまったと後で謝れば済むだけの話だったのに、本当にしのぶさん、何を考えて口を滑らせたのだろうか。毎度毎度私から誘っていたけれど、これでは誘いにくくなってしまう。

「いた!」
「!なんで」
「そんなに離れてなければ匂いでわかるよ」

次はどう口実を作って炭治郎を誘おうか、店の壁に背を預けながら考えていればまさか、追ってきているとは思わなくて路地に入ってきた炭治郎に動揺で肩を揺らした。
逃げようとする私の手首を逃がさないとばかりに掴まれその場から動けなくなる。

「逃げないでくれ」
「だって本音がでちゃうから、」
「俺の前で出したくない本音ってなんだ?」
「それは、炭治郎のことが、っ好きだから……、!!」

予期していた最悪の事態が起こってしまった。止まらない、と思った瞬間掴まれている腕を振り払って炭治郎の耳をバシンッと叩く勢いで塞いでしまった。これは、聞こえていなくても印象はどっちにしろ最悪だ。私に両頬を勢いよく叩かれた炭治郎はその反動で瞑っていた目をぱちっと開ける。

「ご、ごめん」
「……大丈夫」
「聞こえた……?」
「うん」
「…………そう、ですか」

しかと頷いた炭治郎に絶望感を味わいながら、そっと手を離した。頬が赤くなってしまって申し訳ない。私も大分赤い気がするけれど。違う意味で。

「それが、が俺に言いたくなかった本音?」
「うん、忘れてください」
「それは嫌だ」
「お願いします、友達のままでいさせてください……」
「嫌だ」

うわあ、泣きそう。
炭治郎は私が想いを伝えたらはっきりと返事をしてくれるとは思っていたけれど。だから言いたくなかった。

「わかった、もう誘うのもやめますので。なので、嫌いにならないでくれると、嬉しいです……」
「それも嫌だ」
「……!わかった、もう何も我儘言いません好きになってごめんなさい!」
、待って!」

玉砕するのはわかっていたのに、いざこんなにも私自身の気持ちを真っ向から否定されてしまうと堪えていたものも抑えきれなくなってしまう。
もう終わりだと、今度こそ立ち去ろうとすればそれはまたも阻まれる。

「わかった!もうわかったので!口実沢山作って炭治郎の時間奪ってごめんなさい!」
「俺も好きだ!」
「もう手紙も書かないし稽古も一緒に、……え?」
「俺も、が好き」

掴まれた手が、キュッと暖かい手の平に包み込まれる。
その手と炭治郎を交互に見ながら、炭治郎の言葉の意味を理解する。嘘は吐けない人のはず。友達のままというのも、さっき嫌だと口にしていた。
どくどくと胸の鼓動を煩くしていると、頬を紅潮させたまま、炭治郎は眉を下げて笑った。

「本当は、しのぶさんからの血鬼術のこと聞いていたんだ」
「……は、え、」
「今がいい機会だって言ってもらったんだけど、その意味がわかった。しのぶさんにお礼を言わないと」

お土産を買っていこう、と、自然と私の手を取ったまま大通りへと歩く炭治郎にされるがまま付いていく。空っぽな頭のままで隣を歩く炭治郎をじっと見ていれば、優しく笑いかけられた。
いつもいつも、あんな風になれたらいいな、と願っていたことだった。


毒を喰らわば


▼す様へ

素直になれないヒロイン、を完全見落としていました……。ちょっと違う感じになりました反省しています。 逃げまくる感もあまりないですね、すごく好きに書いちゃいました、が、ほわっとした話が書けたかなあと楽しかったです!すみません!!
いつもメッセージありがとうございます。す様からのメッセージににまにましております。
この度はリクエストありがとうございました!