ご都合血鬼術



視界に映る自分の手の平は一回りも二回りも小さくなっていた。
この姿で誰かに会うのは憚られる。特にあの子には会いたくない。
小さく溜息を吐きながらしのぶさんに見てもらう為、蝶屋敷の扉を開いた。

「……」
「……」
「…………」
「…………炭治郎、の、弟?」

なんの巡り合わせだろうか。誰にも会いたくない、特に、と思い描いていたその子、が扉を開いた先で透き通った瞳を丸々とさせている。
今からはどこかへ行こうとしていたのだろうか、さしづめしのぶさんのお使いだろうか、いや今はそんなこと予想している場合ではない。

「そ、そうです!」

折角が勘違いしてくれているのだ、このまま俺は竈門炭治郎だということを隠し通──

「炭治郎なの……!?」
「えっ」
「わ、わー!!炭治郎!どうしちゃったのその姿!可愛い!」
「うわっ、やめっ!」

目を逸らしながら精一杯の嘘を吐いたが早々に見破られたらしい。俺に気付くなりは瞳を喜々とさせ両腕を伸ばし俺のことをまるで抱き枕のように抱き締めた。
そうだ、確かは以前小さい子が好きなのだと、町でそう話していた。でも今の俺はの思うような子供ではないのだ。

、離してくれ!子供じゃない!中身は変わってない!」
「炭治郎、昔もこんなに可愛かったんだね!」
「昔も!?いや、というか話を聞いてくれ!離してくれ!」

ぎゅうう、と、普段の俺では絶対に感じることのできなかった柔らかい感触が心臓に悪い。否、正直なところ俺はいいのだけれど、どうしても罪悪感が募る。
今の自分ではに力が叶わず、目一杯の力で両肩を押し返すと漸くから離れてくれた。
至近距離で見つめられるその表情に思わず目を逸らす。それからにこにことしているに血鬼術であること、鬼は消滅していることを話すとそっかあと俺の頭を撫でてくるものだから距離をとった。

「しのぶさんに診てもらいに来たんだよね?一人で大丈夫?」
「馬鹿にしすぎだ!」
「違うよ、心配してるの」
「中身は変わってないって言っただろう!」

まるで本当の子供のように接するに俺は納得がいかない。そもそも、好きな子に甘やかされるなんてことは絶対に嫌だ。俺は長男だし、好きな子には甘えられたい。
が俺のことをどう思っているかはわからないけれど、こういうのはおそらく一度経験してしまうと俺が戻った後も続いてしまう気がする。そういう目で見られたくはない。このまま母性をくすぐられるようなことが続くのはまずい。
口を尖らせる俺には俺に目線を合わせたまま楽しそうに笑っているだけだ。

はどこかへ行くんだろう?俺はしのぶさんのところへ行ってくるから、」
「炭治郎くんも一緒に行ってどうぞ」
「師範」

柔らかな声に遮られた。の後ろからにこりと微笑むしのぶさんが歩いてくる。
しのぶさんは俺を見るなり口元に手を当て答えた。

「鬼を斬っても血鬼術が残ることはよくある話です。その姿のままでは鍛錬もままならないですし。ね?」

そう提案しながらに目配せをしたしのぶさん。その視線に流されるようにを見れば、ほんのりと顔を赤らめているように見えた。

「いや、でも俺は」
「あら、と町に行くのが嫌なんですか?」
「……そういうわけでは、」

圧を感じた。感じただけかもしれないが。
この姿で甘やかされることを避けたかっただけなのだが、しのぶさんの言葉に頷いてしまえばそれはそれでややこしい勘違いを生んでしまいそうになる。
を見上げれば、瞬きをパチパチと繰り返し俺の言葉を待っているようだった。

「い、行こう。一緒に」
「……うん、行こう!はい」
「は、?」

あくまでも、他にできることがないからについていくだけ。その為に誘いに頷いただけであるのに、は俺の目の前に右手を差し出した。
自分がよく弟や妹にしてきたことと重なり顔を顰める。

「迷子になったら困るから」
「だから、子供じゃないって言ってるだろう!」
「ええ、残念」

もしやこの二人は、俺がこの姿になったことを楽しんでいるのではないか。そんな疑念を持ちつつ、と蝶屋敷を後にした。

「あまり私から離れないでね、可愛いから誘拐されちゃう」
「それは君も同じだろう」
「全然同じじゃないよ」

町に着くなり、またしても俺を子供扱いをする。俺の返答に何を言っているのかと言わんばかりの表情を見せる。

「あ、お姉ちゃーん!」

目的のものを調達した帰り際、三度手を差し出すに顔を顰めていると少し離れたところから響いた明るい声。振り返ると、前にと町へ出かけたときに出会った子供だ。茂と同い年くらいで俺も一緒に遊んだけどそれは一回きり。ただ、は違うようで何度か『今日またあの子に会ってね』と話を聞くことがよくあった。
かけてきたその子はの足元へ飛びついた。瞳を煌々とさせるその子の頭を優しく撫でるに胸が温かくなる。

「今日もあのお兄ちゃん一緒じゃないの?」
「あのお兄ちゃん?」

一度周りを見渡したその子はその“お兄ちゃん”がいないことを確認してからへ問いかけた。

「お姉ちゃんが好きだって言ってた耳に飾りつけ──」
「わー!!!ダメダメ!」

一体誰のことなのか、聞き返したにその子は無垢な顔で答えたのを勢いよく遮った。その子の口を抑えてモゴモゴとさせているは顔を赤くさせながら俺の方に視線を向ける。多分、俺の顔も赤くなっている。だからは口をギュッと噤んでいるのだろう。心臓がばくばくと跳ねて、お互い気まずい雰囲気が流れる中でプハッとその子がの手から逃れた。

「好きじゃないってこと!?」
「え?」
「じゃあ、大きくなったら俺と結婚して!」

口を塞いだ理由は、間違ったことを口走ったからだと解釈したのだろう、その子はの手をギュッと掴んで将来の約束を懇願している。
ねえ、いいでしょう?と背伸びをしながらに詰め寄るその子にはふわりと笑ってさっきと同じように頭を撫でた。

「君が私と同じくらい大きくなったら、また聞かせて。その時考えるよ」
「ええ〜!今!今約束して!」
「今はしない」

諭すように話すにその子は不満気にしながらもわかった、とコクリと頷いた。
もう日が暮れるから、とその子と別れてから帰路に就く。気まずい雰囲気はずっと流れたままだ。が俺に手を差し出してくることもない。


「う、うん!」
「ああいうの、良くないと思うぞ」

あからさまに声を上げるに俺は一つ思っていたことを呟いた。

「ああいうの?」
「小さい子だって、本気なんだ」

大きくなったら考えて、と返していたこと。本来なら、俺はあの時きちんとの思いを伝えるべきだったと思う。小さい子といえど、気持ちは本物だと思うから。だから、その思いに正直に答えることが大人の対応でもあると思う。大人、とは言いつつ俺たちもまだ子供だとは思うけど。
隣を歩きながらは幾らか落ち着いた声で話す。

「でもほら、あのくらいの子ってちょっと年上のお姉さんが好きだったりするでしょう?わざわざ私が傷つけなくてもいいかなって。それに、これから沢山、色んな人と出会うから、私のこともきっとすぐ忘れちゃうよ」
「……」
「炭治郎?」
「俺は変わらないよ、ずっと」
「…………」

今日ずっと、避けてきたの手をとった。今は俺の方が随分と小さい手になってしまっているけれど、俺はこの先も変わらずにずっと、この手を包み込める人でありたいと思う。
反応がないを見上げると、辺りの橙色に馴染むほどに頬を上気させていた。

「お、大きくなっても……?」
「……うん」
「……そっか」
「…………」
「それ、私と同じくらい大きくなったら、ちゃんと聞かせてくれる……?」

さっきの子と同じことを話しているのに、しどろもどろだ。その様子が少し可笑しくなって思わず小さく吹き出してしまえば、子供のようにこら、と叱られてしまったので、早く大きくなりたい、元に戻りたいともどかしさが募った。


大きくなったら


▼愛宕様へ

大変大変お待たせいたしました!まだご覧になっていただけるかわかりませんがここで謝罪させていただきます。
小さくなった炭治郎、想像すると可愛すぎますね。さらに「好きな子には甘やかされたくない長男」このワードが胸キュンすぎました。どう夢っぽく持っていこうかなと考えたのですが、ここは同じく小さい子を登場させて対比させてみました。炭治郎の思いも本気でさらに変わることはないよと、そんな炭治郎を書いてみました。
ご期待通りに書けたか不安ですが、ちっこい炭治郎、想像しながら書くの楽しかったです!ありがとうございました!!