ご都合血鬼術



ばったりと、偶然にも偶然。町で出会ってしまった炭治郎くんと流れで途中まで方向が同じ帰路に就いていた。手紙の内容もそうだけど、炭治郎くんは些細なことも全て私に共有してくれて話題が尽きない。お陰様で、あまり面識のない善逸くんや伊之助くんのことまで一方的にどんな人柄であるかを把握してしまっていた。

「それでな、今度宇髄さんが温泉に連れて行ってくれるって!」
「へえ……よかったね。いってらっしゃい」
も一緒に行こう!みんな誘えって」
「みんな?」

平然と、当然であるかの如く炭治郎くんはさらりと口にするけれど、そのみんなとは、一体誰なのだろうか。いや、多分炭治郎くんの手紙によく出てくるみんなである事は間違いないのだろうけど。聞き返した私に炭治郎くんは善逸と、と名前を呼び上げていく。やっぱりそうだ。

「私は同期じゃないからいいよ、宇髄さんとも面識ほぼないし」
「でもは俺の恋人だから。もう宇髄さんにも伝えてあるし心配いらないよ」
「……そっか」
「うん!」

笑顔で頷きながら、さりげなく今まで空いていた手を繋がれた。
善逸くんたちとは勿論のこと、柱の一人である人と仲良く温泉へ、なんて私には気が重たくなるのに炭治郎くんはそうでもないのだろうか。流石だ。あと、やっぱり炭治郎くんとは恋人だったのかと今の発言で改めて実感させられた。
ある任務で一緒になってから、炭治郎くんとはよく顔を合わせるようになっていた。それまでは仲間、友達のように接していたけれど我慢できないとばかりの勢いで好きだと告げられたのは記憶に新しい。私も、勿論炭治郎くんのことがそういう意味でも好きになってしまっていたから、嘘なんて吐いてもきっとバレるから包み隠さず頷いたのだけれど、イマイチ現実味がないと思っていた。
炭治郎くんが私に抱いているのは私とは違う好きだと、勝手に思っている。例えばそう、放って置けない、加護欲のようなもの。だから、何かの間違いや勘違いかもしれないとなんとなく会わないようにしていたのだけれど、さっきばったりと、本当に偶然出会ってしまったのだ。手紙ではいつ会えるかという問いにさり気なくぼやかして答えていたから、少し心臓が冷えたのだけれど、炭治郎くんは特に気にしていないようで、だからこそやっぱりその“好き”は違うものではないのかと感じていた。

「楽しみだな!今は善逸が療養中だから、回復した後にって話してるんだ」
「そうなんだ、いつくらいになりそう?」
「もう随分と元気にいつも薬泣きながら飲んでるから、すぐだと思うよ」
「ふーん……」

詰まる所二、三日後とか、その辺りだろうかと思い描きながら、どう嘘を吐いて逃れようかと申し訳なくも考えていた。炭治郎くんに会った当初は、すごく家族思いで、それから仲間思いでもあり直向きで努力家の人だなと、ざっくりとそう思っていた。でも接すれば接するほど、この人は人として出来すぎていることを知っていった。そんな炭治郎くんが、なぜ、私を、と、疑問に思うのは無理がないと言い聞かせたい。
温泉に行ったとして、これが炭治郎の恋人なの、とか、そんな風に思われてしまうのも嫌だ。そんなことを思う人がいないというのもわかってはいるけど、これは私の気持ちの問題。
宇髄さんのお嫁さんもみんな優しくて、と話を続けている内に、私が今寝泊まりしている藤の家と蝶屋敷への別れ道に差し掛かる。繋がれた手は離されるどころか、少し力が強くなった。

「明日も会えるか?」
「明日?は、えっと……会える、けど」
「よかった、最近手紙出しても忙しそうにしてたから」

手紙でなら、とさり気なく避けていたことがほっと胸を撫で下ろしたような表情を見て心苦しくなる。
会いたくない、と告げたら、炭治郎くんはどう思うだろうか。初めて、人を好きになったと話していた。でも、多分それは違うよ、と言ったら、どんな反応をするのだろうか。いつか本当に好きな人ができた時、私の存在は邪魔にならないだろうか。
言いたいこと、聞きたいことはあるけど言葉にできずにいた。

「それじゃあ、また明日」


そろそろ、と、手を離そうとすれば名前を呼ばれギュッと掴み直される。
私だって、人を好きになったのは初めてだ。繋がれた手からこんなにも身体が熱くなるなんて今まで経験したことがない。炭治郎くんは、きっとそんなことないのだろう。
呼び止めた炭治郎くんを見れば、真っ直ぐに私を見据える深い赤色に吸い込まれそうになる。
半歩、空いていた距離を詰められその瞳は間近に迫る。思わず逃げるように一歩下がれば更に詰め寄られ、肩に手を置かれる。何をされるのかは流石に理解できた。いいのだろうか、私で。そう思っても、ゆっくり近づいてくる炭治郎くんを押し返すこともできずに、そのまま瞳を閉じた。

「カァアアー!!鬼!コノ山ノ山頂!!急ゲーーッ!!」

触れてしまうまで、後数寸のところだった。吐息が鼻にかかるほどの距離で頭上から鴉の鳴く声に二人して勢いよく離れた。鳴いているのは、私の鴉だ。けれど炭治郎くんの鴉もゲシゲシと炭治郎くんの頭を突きながらお前も行けと鳴いている。

「クソガキ!マセガキ!早クシロ!走レェ!!」
「わかった!わかったから!!」

山の奥の方から鳥たちがバサバサと音を立てて飛んでくる光景が鬼の存在を彷彿させた。何度鬼と対峙していようが、この瞬間は身の毛がよだつ。
行こう、と、任務が入ったのは私の方であるのに、まるで自分のことのように走る炭治郎くんの後をついていった。
そこまでは、良かった。ただやはり、私に入った任務なのだから私が先陣を切って鬼に立ち向かえば良かったのだ。あわよくばそのまま炭治郎くんに任せずとも鬼の頸は狙えた。炭治郎くんだって、私たちに気付かない鬼の隙を突いて一撃で仕留めたのだから。

「……あの、」
「そういうことか!よかった」

炭治郎くんがいたはずの場所は、鬼の頸を刎ねた瞬間眩く光り出した。それから、駆け付けた私の前に現れたのは、この人だった。赤みがかった髪、市松模様の羽織、深い赤が沈む瞳。片目は普段の炭治郎くんからは似ても似つかないジャラジャラとした宝石が散りばめられた眼帯のようなものをしているけれど。
多分、炭治郎くんなのだろうけど、身長が少し高いしどこか落ち着いた、大人な雰囲気を纏っていた。
周りを確認してから、その流れで目が合った私を暫く見つめた後、一人納得したように、それも笑顔の花を咲かせている。

「でもなんで……俺ならきっとそんなことしないのに……、ああ、ごめんごめん!」

何か考え込む素振りを見せた後、頭に疑問符を浮かべている私に炭治郎くんらしき人は朗らかに笑う。

「血鬼術で確か俺、未来に飛ばされたんだよな。すごく焦ったな、あの時は」
「え、あの」
「大丈夫、そんなに時間は長くなかったから。すぐ戻ると思うよ」
「はあ……?」
「折角だから少し話さないか?」

状況が全く追いつけない私を置いて、炭治郎くんらしき人は自然と私の手を取り月明かりの届く川沿いへと歩いていく。岩場に腰をかけて、隣へと招かれたのでそのまま隣に座った。少し狭い。
さっき繋がれていた手よりも幾らか大きいけれど、温かさは変わらない。川の流れる音と虫が鳴く声に、混乱していた頭も徐々に落ち着いてくる。
未来に飛ばされたとか、そんなようなことを話していたけど、つまり、この人は未来の炭治郎くん、なのだろうか。それにしては……、

「ん?」
「あ、いえ、あの、未来の炭治郎くん?」
「うん!何か聞きたいことあるか?」
「…………趣味が、変わりましたね」

横目でちらりと盗み見ると、ずっと私のことを見ていたのだろうか、目が合った。片目だけ。もう片目はまるで宇髄さんのような眼帯をしているけれど、何かがあって感化されたりしたのだろうか。
本当は聞きたいことは別にあるけれど、聞くことが怖くもあった。呟いた私に炭治郎くんははは、と困ったように笑う。

「これな、宇髄さんがくれたんだ。お前もどうだって」
「へえ……」
「でも派手だよな。だから宇髄さんが会いに来てくれる日だけつけてるんだ。内緒な」

繋がれていた手を離し、その指先を口元に当てる。
未来では宇髄さんも元気で、そして相変わらず仲が良いのかとその事実に安堵した。変わらず一緒に温泉に行ったりしているのだろうか。いや、本当かはわからないけど。もしかしたら私が鬼に見せられている幻覚か何かなのかもしれない。

「後は?」
「?」
「君が聞きたいこと。それだけ?」

湿った温い風が吹いて耳飾りと眼帯の飾りがシャラ、と音を立てる。
私が聞きたいことを、炭治郎くんはわかっているのだろうか。それとも、聞いてほしいだけなのだろうか。私は、ずっと炭治郎くんと一緒にいれたらいいな、なんて浅ましくもそう思っていた。でも、きっと未来はそうなっていないから。

「私、生きてますか」
「勿論」

うんうん、と頷く炭治郎くんに、自分が際どい質問をしてしまったことにも気付かない。後から考えれば、もし私がこの世からいなくなってしまったらとても答えづらい質問になってしまっていただろう。けれど、それさえ頭に浮かばないほど、私にとって未来で炭治郎くんとはどういう関係でいるのかが気になる事になってしまっていた。情けない。

「それなら、良かったです。後はもうありません」
「えっ終わり?」
「はい」

伸ばした足をわざとらしく揺らす。
聞きたいけど、気になるけど、聞きたくない。聞いたら、ああやっぱりそうなんだって、悲しくなってしまいそうだから。
もし、私が炭治郎くんとは別の人といたとしても、今の私にその事実は心臓にくる。そんなに時間は長くなかったとさっき口にしていたけど、いつ戻るのだろうか。

「やっぱり、この頃の君は俺のことが好きじゃなかったのか……?」
「……え、」
「避けられてるなとは思ってたんだけど、誘えば断らないし、でももしかしたら距離感が近すぎるのは嫌いなのかもしれないと思ったら聞き出せずにいたんだ、俺」

思わず、揺らしていた足を止め炭治郎くんを見上げた。難しそうな顔をして考え込んでいる。

「手紙だって、しつこいだろうかと悩んでたんだぞ。でも善逸にはお前の愛はそんなもんかとか言われてしまうし……」
「……匂いで、わからないの?」
「わからないよ。俺のこと好きになってくれる人の匂いなんて、滅多にするものではないし」

それは、炭治郎くんの勘違いだと思うだけれど。
私からは、よくわからない曖昧な匂いでもしていたのだろうか。そうだとしたら、もしかしたら炭治郎くんに好きだと頷かなくても嘘はバレなかったのかもしれない。ただ、今この炭治郎くんの様子からして、もしかしたら、私の思い描く未来があるのかもしれないと浮かび上がる。
萎れる炭治郎くんの様子に、ポロリと本音が漏れてしまう。

「好きだから、怖くて」
「怖い?」
「私、本当に好きで。炭治郎くんのことが。でもきっと未来は違うんだろうなって。きっと、いつかは炭治郎くんは本当に心から愛する人を見つけて、その人と幸せにな、」
「ならないよ」

私の言葉を聞きたくないとばかりに遮られ、頭に手を回されを引き寄せられた。片手しか使われてないけど、がっしりと固定されて動けない。

「そっか、そうだったんだな。気付かなくてごめんな。だから君、俺にああ言ったんだな」
「……?」
「好きだよ。俺はずっとが好き。未来でも、君が心配するようなことは起こらない」

控えめに顔を上げれば、後頭部に回されていた手はそのまま頬へと滑る。一度私の髪を耳にかけて優しく包み込まれる。

「昔の俺、ちょっと頑固なところがあるかもしれないけど、それは君が好きだからなんだ。誰にも渡したくないし、どんなに君が嫌だと言おうと離したくないくらいには」

目尻を下げたその表情に、胸が脈打つ。瞳は変わらず綺麗で、捉えられたように目が離せない。

「だから、俺から離れないで。……俺のことしか考えないで」

ふわりと、最後に月明かりを味方に笑って、そのまま唇が柔く重なった。

「……えっ、!?」
「おまじない!」

大人の雰囲気を持ち合わせていたかと思えば、夜に似つかない笑顔は私の知る炭治郎くんそのものだった。にこりと笑いながら、白い光に包まれて眩しさに目を閉じる。
次に目を開けた時には、雰囲気が大人びた炭治郎くんはもういなくて、いつも通りのその人が私と同じく呆然とした様子でそこにいた。

「……
「……お、おかえりなさ、っ」

帰ってくるなり、何があったのか両肩をがし、と勢いよく掴まれた。同じ炭治郎くんであるのに、やっぱり未来の炭治郎くんの方が落ち着きがあったのだと改めて思う。

「俺、が好きだ!の隣にいるのはずっと、一生俺が良い!」
「な、どうしたの、突然」
「未来の君に会った」

こっちには未来の炭治郎くんが来た代わりに、やはり炭治郎くん自身は未来に飛ばされていたらしい。私が生きていることも本当のようで、それは良かった。けど、この取り乱し様は、何があったのだろうか。

「そう、なんだ」
「子供がいた」
「こ、子供?本当に私?」
「君にそっくりだった!間違いない。匂いも一緒だったし。でも誰との子か聞いたら、はぐらかされた」

萎れる姿は未来の炭治郎くんとも変わらない。
どうやら、未来のことを聞く勇気がなかった私とは違って炭治郎くんはかなり質問攻めをしたらしい。全て、大事なことはその未来の私にはぐらかされてしまった様だけど。

「でも、言われたんだ」
「言われた?何を?」
「もっと好きだって伝えて、本当に、心から愛していることをわからせてやって、って」

ふと、未来の炭治郎くんが戻る前に呟いていたことを思い出す。『だから君、俺にああ言ったんだな』、と。
私は未来の炭治郎くんに、この先起こり得る未来を遠回しに教えてもらえたけど、炭治郎くんは私がそんなことをない未来の為に伝える人だと思うのだろうか。

「俺は、ずっとが好きだよ」
「……」
「俺のことしか考えないでくれ」
「……私も、ずっと炭治郎くんのことが好きだよ」

ああ、同じことを言っているなあ、なんて、心の中で小さく笑う。
瞳に映る自分がやけに穏やかだった。肩に置かれた手に自分の手を重ねる。

「私、炭治郎くんみたいにあまり人に自慢できるような人間じゃないけど、でも、例え炭治郎くんに嫌われることがあっても、ずっと炭治郎くんのことを思ってる。……ごめん、呪いみたいだね」
「嫌わないし、だとしても、幸せな呪いだよ」

そのままゆっくり近付いてきて、ぎこちなく唇が重なった。
擽ったさにそわそわとする。そっと離れた後に、炭治郎くんは反応のない私に不安そうな表情を浮かべた。

「い、嫌だったか?だったらごめん」
「あ、ううん……」
「じゃあ、下手だったか?でもも初めてだよな?そういう人いたことないって話していたし……」
「あの、」
「……」
「初めてじゃない……です」

おまじないをかけられてしまったのだけれど、あれは必要だったのだろうかと脳裏に過る。そんな私を他所に、炭治郎くんから再び、何度も熱が降り注ぐまではすぐだった。



弱虫におまじない


▼uni様へ

タイムパラドックスを起こさないためのおまじないでした。というか未来の炭治郎くん的には自分以外が初めての人は嫌だったという感じで夢主のファーストキスは炭治郎くんとなりました。
木洩れ日の夢主と似たような感じで、と仰っていただけたのとても嬉しかったです!そして個人的にもとても書きやすかったです…!あと設定がとても好きです、「未来の炭治郎に甘やかされる」って!好きです。ベタベタに甘やかされているというよりかは安心させている、のようなものですが……。
匂いが夢主と一緒だったのは自分の匂いって気付かないものだと思うので夢主と誰かの匂いはしなかった、とか、色々自分の中での裏設定的なのを盛り込んでしまった話になりました。そして思ったより長々してしまいましたが、お気に召していただけたら幸いです!素敵なリクエストありがとうございました!