ご都合血鬼術



どこか気持ちよく遠退いていた意識が、目の前に眩さを感じて鮮明になってきた。瞳を瞑ったまま、ああ、ここは音から察するに蝶屋敷なのだと伺えた。カーテンの隙間から溢れる日差しを手で遮りながらのっそりと身体を起こす。節々が痛い。

「あ、善逸くん。おはよう、調子はどう?」

ポキポキと首回りを鳴らしていると、療養室の扉から顔を覗かせたのはここでアオイちゃんと同じように働くちゃんだった。手にしているものからして、俺に薬を届けに来たのだろう。薬は死ぬ程苦いから嫌いだけど、ちゃんが持ってきてくれたのであれば飲むしかない。嫌いだけど。

「平気平気、足ちょっと痛いけど」
「早く良くなると良いね」
「うん」

会話を続けながら、手際よく寝台の隣で薬の準備をする。その横顔を見ていると、なんと例えたら正解なのだろうか、そうだあれだ、天使だ。天使にしか見えない。こんなに慈愛に溢れた子に看病されるなんて、俺はなんて幸せなのだろう。

「…………」
「ん?なに?」
「あ、ううん……」

じいっと頬をだらしなく緩ませながらちゃんのことを見ていたのが気になってしまったのだろうか、ちゃんは手を止め俺の方へ視線を向けたけど、なんでもないと首を横に振った。ちゃんから聞こえる音がほんのりと早くなっているのは、今の言動に関係があるのだろうか。

「はい、どうぞ」

不味いことはわかっている薬と水を渡され、飲みたくはないけど相手がちゃんなので飲んだフリはできない。悲しませることはしたくないから、一思いにゴクリと飲み込む。意識してなければ喚き声がきっと出ていただろうそれを喉奥にグッと留めた。

「苦いけど、効き目は抜群だからきっとすぐ良くなるよ」
「あはは、ありがとう」

水が入っていたコップをちゃんへ返し、へらりと笑ってみせた。死ぬ程苦いけど、でもこうしてちゃんが隣にいてくれるのであればなんだって飲めるよ、俺は。こんなに健気に俺の回復を待ち望んでくれているのだ、飲まないわけにはいかない。

「あ、えっと、じゃあ行くね、私」
「うん、ありがとう〜」

少し取り乱した様子を見せながら、ちゃんはささっと俺に背を向け療養室から出て行った。何か変なことを言ってしまっただろうかと自分の言動を思い返すけど、口にしたことはいつも通りだ。何もちゃんが気にしてしまうようなことは話していないはず。後で炭治郎伝いにでも聞いてみようかと、あたたかな微風が部屋に流れる中二度寝を試みようと寝台に背中を預けた瞬間、機能回復訓練を、とアオイちゃんの声が聞こえてしまった。

身体に特に異常はないし、後三日もすればいつも通りの稽古もできるのだろうと機能回復訓練後に聞かされ溜息を吐いた。できることなら俺はずっとこうしてのらりくらりと生きていたいのに。
足取り重く蝶屋敷の廊下を歩き厨房の前を通ると、食事の準備をしているちゃんの後ろ姿が目に映る。匂いとちゃん自身につられるように厨房へ入ると、足音に気付いたのか振り向いたちゃんと目が合った。

「お腹空いた?」
「ああ、うん。そうそう、でもちゃん見てたらお腹も胸もいっぱいになってきたかも」

めちゃくちゃ可愛いし。割烹着を身に纏っていると、ああ将来俺はこの姿のちゃんを毎日見ることができるのかな、なんて思わずにはいられない。何をするにも手際がいいし、流石は俺の未来のお嫁さんだ。絶対好きだと伝えよう、今度。誰かにとられる前に。
お腹をさすりながらちゃんに伝えると、ちゃんは唇をギュッと噛み締める。カアっと頬も赤くさせ、あからさまに音が早くなっている。今伝えたことも、いつもちゃんへ話しているようなことなのだが、今日は様子がおかしい。

「手伝うよ!」
「えっ、いいよいいよ、善逸くん病み上がりなんだし」
「機能回復訓練も受けてるしこれくらい平気だよ」

ただ、女の子のそういう変化には気付かないフリをしていた方がきっと良いだろう。なんとなく。音でわかるなんて嫌だと思うし。ちゃんの遠慮を押し切り、何をしたら良いかと尋ねたら渋々といった様子で頼んでくれたので、俺も隣で食事の準備を進める。隣ではちゃんが食材をトントンと滑らかに切っていく。こうして並んでいると夫婦みたいに見えるのではないかと口元が緩みそうだ。

「ぜっ、善逸くん、手際いいね」
「え、そう?爺ちゃんにやらされてたからかも」

暇さえあれば、こうしてちゃんの隣を独占して他の隊士へ牽制するのも悪くはないかもしれないと考えていれば、急にちゃんが口を開いた。

「ものすんごい厳しくてさ、爺ちゃん」
「うん、良く話してるね。善逸くん、桑島さんのこと大好きだよね」
「え、そう見える?」
「聞くのは辛かったってことばかりだけど、そう見えるよ」

小さく笑みを零しながら話したちゃんに、改めて爺ちゃんといた頃の一年を思い出す。本当に厳しかった。死ぬかと思った。死ぬかと思って何度も逃げ出そうとした。でも逃げられなかった。俺を見限らなかったから、もう逃げるのはやめて必死に稽古をしていたけど。

「俺、結局爺ちゃんの思うような隊士にはなれてないと思うんだ」

今だって任務に行くのは怖いし、あわよくば休みたいと考えているし。俺だって強くなりたいとは思っているけど、弱いし。怖がりだし。みっともないし。自分の嫌いなところは沢山ある。こうして、好きな子相手に直接言葉にすることだってできない小心者だ。

「そんなことないよ」
「いやいやそんなことあ、」
「みっともなくなんてないよ」

笑って誤魔化そうとした俺にちゃんは包丁をまな板の上に置いて、野菜の水を切っていた俺の片手に触れた。

「怖がりなのは……そうかもしれないけど、でも、善逸くんは弱くないし、強いよ」
「…………」
「善逸くんが、自分の嫌いなところ含めて私は……、」

そこまで言いかけて、唇を噛み締め俯いた。顔は耳まで真っ赤だし、まるで警鐘のように高くて早い音が俺の耳に鳴り響いている。というか、俺、そこまでちゃんに話していないのだが、無意識に口から滑らせていたのだろうか、あれ、え?

「あ、善逸!もう平気なのか?血鬼術は?」
「「!」」

ひょっこりと厨房の入り口に顔を覗かせ軽快に現れた炭治郎にお互い手を離した。いや、やましいことは何もしていないけど。
俺とちゃんを交互に見ながら歩いてくる炭治郎。そういえば、俺が戦っている時に炭治郎が救援に来たような気がする。気絶していたから俺の耳に残っている薄っすらとした記憶であるが。

「血鬼術?」
「うん、『意中の相手に心の声が聞こえてしまう』って、言っていたけど、倒したからもう関係ないか」
「…………はあ??え?ちょっとまって?」
「?」

嫌な予感がして、頭を抱え必死に脳内を回転させた。
通常であれば、倒した鬼の血鬼術が持続していることなんてあり得ないだろう。いやでも、毒は残っていたりすることもあるから無きにしも非ず。そして、だとすれば、今日ちゃんの様子がおかしかったことに合点がいく。俺の散々な妄想はちゃんに丸聞こえだったというわけだ。いやいや、まさかそんなこと。僅かな可能性を信じ、そっと顔を上げちゃんを見れば、顔は赤くさせたまま、口元を手で覆った。

「黙っててごめんなさい……!」

終わった。
目を逸らしながら謝るちゃんの傍らで俺はピシッと氷のように固まった。言葉にする前に振られた。こんなことってあるのだろうか、ていうか今まで何してたんだよどこ行ってたんだよ炭治郎、そういうことはもっと早く俺に話すべきだろうが。最優先事項だろうが。

「振ってないよ!」
「キャァア心の声と会話しないで!」
「ごっごめんなさい、でも頭の中に入ってくるの……!」
「良かったな、!」

ちょっと追いつかないから黙っててもらえませんかね炭治郎さん。
顔を両手で覆っているちゃんはその場でしゃがみ込み、蚊の鳴くような声で呟いた。

「どうしたらいいかわからなくて…… 本当なのかなって、思ってたし」

振ってない、と、ちゃんはそう答えてくれた。俺の心の声に。
嘘を吐いていないのは様子からしてわかる。嘘を吐くような子でもないし。

「本当なら、声に、出してほしい、です。……ちゃんと聞きたい」

自分に自信がなくて、好きだと伝えたことはなかった。いつかは、とは思ってはいたけどいつになるかなんて見当もつかないまま過ごしていた。
気持ち悪い妄想を聞かせてしまったが、ちゃんはそれを、肯定的に捉えていてくれたと思ってもいいのだろうか。
俺もちゃんに合わせてその場に屈み、ちゃんと目を合わせたいと両手首を掴んで顔からその手を離した。潤んだ瞳に自分でも稀に見る真剣な表情が映っていた。

「絶対幸せにするので、俺のお嫁さんになって」

好きを通り越して俺が思い描く理想をそのまま伝えれば、炭治郎の驚いた声が聞こえた後、彼女からは恥ずかしそうに『恋人からお願いします』と返答された。


貴方の理想の為に花嫁修行をしますので


▼晴木さんへ

晴木さん〜騒がしい心の声が聞こえちゃう!なんて楽しそうな血鬼術なんだと!!
心の声が聞こえているとわかっていると本当にめちゃくちゃ騒がしくなるだけの話で私の力量では収拾が付かなそうだったのでこんな塩梅になりました。私の中ではあったかいお話が書けたような気がします。無事にお気に入りの話になりました。
めちゃくちゃ心の声がうるさい善逸、が書けたようなちょっと違うような気もしますが……、楽しく書けました!リクエストありがとうございました!