ご都合血鬼術



「おいどうしたどうしたいつもより動きが鈍いんじゃねえのか!病み上がり言い訳にしてんじゃねぇぞ!!」

バシバシと竹刀を握り容赦無く振りかざしてくるこの男、師範・宇髄天元の元で修行に励む。
いつもより身体の動きに調子が出ないのは病み上がりだからではない。けれど“そんなこと”は口に出せるはずもなく、この身体に傷をつけないことだけに精一杯だった。

「いやっ、ちょっ、死にます死にますって!」
「ああ!?んなわけあるかいつもより大分手加減してるわ!」
「嘘でしょ!?」

バシィっと頭の上に降ってきた竹刀を止めるように俺も竹刀を掲げる。

(いやいやちゃん、まじでいつもこんな化け物と稽古してるわけ……!?)

ぐぐぐ、と目一杯の力で弾き返して宇髄サンから距離をとった。つーか今絶対頭かち割る気だったでしょ、この人。ちゃんの身体に何かあったらどう落とし前つけてくれんだよ、と、心の中で悪態を吐くのは何を隠そうこの俺、ちゃんの未来の伴侶、我妻善逸だ。いや伴侶っていうのは俺の願望だけど。
なぜ俺がちゃんの姿でこの人の稽古を受けているのか、端的に言えば血鬼術で入れ替わってしまったのだ。
ちゃんと共同の任務にかっこいいところを見せたいと思っていたけれど、何があったのかは鬼のぎょうぎょうしい姿を見てから一切記憶がない。気づいたら俺は病室で、なんと隣に俺が寝ていた。しかもその俺、すげえ重症ときたものだ。役に立たなかったに違いない。対してちゃんは軽症だった。身体に痛みもまるでなく、俺は情けなくも好きな子に守られたのだろうと察しがついた。
ならば、この状況で俺のやることは一つだ。

「あ?逃げんのか」
「ま、まさか、ここからですよここから」

ちゃんが慕っているこの男に強くなったと認めてもらうこと。それだけだ。
ちゃんはよく話していた。『もっと強くなって宇髄さんの分まで人を守りたい』と。だから、俺が中に入った今、ちゃんの強さをこの男に見せつけることで先の任務の俺の汚名挽回もできると、そういう邪な狙いを持って俺の姿で眠るちゃんがまだ起きない今、稽古をつけてもらっていた。ほら、ちゃんの中で俺の評価も爆上がりするかもしれないじゃん。
が、あまりの容赦のなさにここからですよと言ったものの正直もう逃げたい。だっていや無理でしょ、この人本当に腕一本なくしてんのかよ。
あはは、と引き攣り笑いをする俺に宇髄サンは竹刀をトントンと肩に二度あててから短く息を吐いた。

「相手になんねぇな」
「なっ!」
「飽きた。休憩」
「飽きた!?」

待て待てこの人本当に師範だったのかよ、稽古頼み込んでる継子に対して『飽きた』の一言で中断とは。ちゃんはこの人のことを慕っているが、俺にはふつふつと仄かに怒りがこみ上げてくる。その面さえ腹が立つってのに。
稽古場を出る宇髄サンの後ろ姿を眺めていると、何してんだという目で見られたので俺も渋々と稽古場を後にした。

「こないだの返事」
「!?!」
「何ビビってんだよ」
「お、音がないもので」

休憩といっても普段ちゃんが何しているのかわからず、縁側でぼんやりと蜻蛉を眺めている突如隣から聞こえた声に露骨に肩を揺らす。音が聞こえないのがかなり厄介だ。
隣に座る宇髄サンは目を細めて俺を見据える。

「俺、嫁は三人で十分だわ」
「…………はい?」
「だから、お前は嫁にはいらね」
「はあ」

声色を変えずに普段の会話と同じようなノリでボソリと呟いた。あまりの自然さになんのことか理解できず、後でちゃんに伝えておこうと一旦無視しようと再び庭に飛んでいる蜻蛉へ視線を向けた。

「ハア!?!!」
「んだよ」

暫く沈黙が続いた後、素っ頓狂な声を上げた俺に隣のこの男は心底めんどくさそうな声を上げた。
冷静になって考えろ、嫁は三人で十分?お前は嫁にはいらない?それが返事?それってつまり、ちゃんはこの男に結婚したいとかなんとか言ったってことだ。

「ハア!?!!!!」
「だからなんだよ」
「おまっ、嫁が三人もいて!!かつ女の子を弄ぼうとしてるのか!!」
「……」
「……して、らっしゃるんでしょうか」

勢いのまま宇髄サンへ捲し立てると薄ら寒い目で見られて我に返る。コホンと咳払いをした後に、取り乱したことはなかったことのように改めるとまたも信じがたい言葉が飛び出した。

「弄ぶも何もお前が勝手に俺のこと好きになったんだろ」
「かっ、!!」
「流石にガキに興味はねえわ」

ハッと嫌味に笑うこの男。腸が煮えくり返りそうだ。ちゃんがこの男を慕っていたのは知っている。けれど、好きだとは知らなかった。
なぜこんな男がいいのか俺にはさっぱりわからずに怒りと同時に遣る瀬無さも押し寄せる。いやね顔はいいと思うよ、顔は。あと強いし、背も高いし。あれ?いいところが思ったより多い。でもほら、こうして好きだと伝える女の子への振り方よ、冷たすぎるでしょ、最低だ。あれ?ていうか、

「失恋した……?」
「あ〜そういうことになるな」
「こっちの話だっ……こちらの話です」

無意識に呟いてしまった一言が拾われる。そうだこの事実はちゃんも失恋ということになるのだが、俺も失恋しているということになる。そもそも好かれているとは微塵も思ってはいなかったけれど。しかしちゃんの好きな異性の特徴がこの男だとすると……

「なんだよ」
「いやあ、なんでも、」
「あ、〜!おかえり!天元様戻りました〜!」

じ、と見据える俺にこの男は相変わらず目を細めているが、それでも顔が良いから腹立たしい。だから、こんな男が好きなちゃんに俺のことを好きになってもらうのってかなり無謀なのではないかと思えてきた。
用事から帰ってきたその三人の嫁さんたちがこちらも足音なく俺たちの側までかけてくる。

「任務、善逸と一緒だったんでしょ?どうだった?」
「え?あ、あ〜、なんとかなりました」
「言った?次会うときに言うって意気込んでたよね?」
「え?」
「須磨〜あんまそういうこと口出ししない」
「え〜確認ですよ確認!」

話の意図が見えず瞬きを繰り返す俺に嫁さんたちはキャッキャウフフと楽しそうにしている。言った、ということは、ちゃんは俺に何かを言おうとしていたのだろうか。え、何、怖いんですけど、話によっては俺立ち直れないかもしれない。鋭い言葉に刺されて死ぬかもしれない。
一人青ざめている俺に須磨さんが豊かな胸を見せつけるように……じゃなかった、視線を合わせるように隣に屈む。

「どう?言った?返事は?」
「え、いや、言うって、何を……」

聞きたくないはずなのに、知りたくもあった。そこまで言われてしまっては気になるし、最初に聞いておくことで本人から直接言われた時に受ける心の傷が浅く済むかもしれない。
引きつり笑いを浮かべる俺に須磨さんはその大きな瞳をパチクリとさせながら、口にした。

「『好き』って」
「…………は?」
「次会った時は善逸のことが好きだって伝えるって、言ってたじゃん」

私たちは明日の命も保障されていないから後悔しないようにってね〜、と、のほほんと答えている須磨さんが他人事のように視界に映る。

「くっ、ふ……」
「……!?!」
「あ〜天元様何ですか?何か知ってるんですか?二人のこと!」

呆然としている俺にしかと聞こえた笑いを堪える声。振り向いた先の宇髄さんは袖口で口元を抑えている。
いや、待て、どういうことなのか整理ができていない。この男は確かに俺に言った。嫁にはできない、と。この間の返事だ、と。
でも須磨さんは今俺に願ってもみないことを教えてくれた。どっちが本当の話か、いや、そんなの……

「須磨さん!!!」

まさか、とは思いはするもののどちらかが嘘を吐いているのであればそれはこの男でしかないだろうと、答えが出たその瞬間に響いた、そう、俺の声。
縁側の奥から息を荒くしてこっちを見据えている。

「?あ、善逸」
「あ〜、バレんの早、つまんね」
「バレる?何の話ですか?」
「今、今なんの話してたんですか……!いや、聞こえてた、聞こえちゃってた、何で、」

見るからにおろおろと狼狽えている俺の姿のちゃんは頭を抱えている。
俺の側には頭に疑問符を浮かべる三人と、二人にしてやんぞ〜と面白がっているであろう宇髄サン。

「おいちょっと待てやぁ!!」
「んだよ、最初に滑稽な真似で騙そうとしてきたのはお前だろうが」
「なになに?なんの話ですか?」
「いくぞー」

やっぱりこの人は最初から気付いていたのだ、俺がちゃんの姿でいることを。しのぶさんに聞いたのか、普段からの様子の違いに気づいたのかは定かではないが、入れ替わっていることに気付いておきながら内心ほくそ笑んでいたのだ。泣くよ俺、怒るよ俺!?

「善逸くん……」

キィっとその場から立ち去っていく後ろ姿に歯を食いしばっていると、降りかかった自分の声にドクッと心臓が飛び跳ねる。
ぎこちなく俺の姿であるちゃんを見上げると、口をギュッと噤んで顔を赤らめていた。
え、俺これどんな気分でいたらいいんだ。

「話してたよね、私が、その、善逸くんのこと……耳いいから、聞こえちゃう」
「あ、ああ、うん……」

歯切れ悪く答える俺にちゃんは隣に腰掛ける。
まさか、とは思った。俺はちゃんのことが好きだけど、任務では役に立たないし、強くなりたいとは思っても怖いものは怖くてすぐ意識無くすし。だから、そんなことはあるわけないと思っていた。
じ、と自分の横顔を見ているとコクリと喉が揺れる。それからまっすぐ、意を決したような表情を見せた。

「私、善逸くんが好き」
「……」
「いつも守ってくれてありがとう。弱くてごめんね。私ももっと、一日でも長く善逸くんと過ごしていけるように強くなりたい」
「…………」
「それだけ!」

言葉が出ない俺を他所に、ちゃんは耳まで顔を赤くさせたままにこりと笑い視線を庭へと向けた。

「……え?俺かっこよ」
「?」
「っいや何でもない!」
「あ、そういえば……」

今しがた見せられた自分の表情に無意識に口走ってしまった。あんな表情できるとは思わないじゃん、俺が。いやそもそも自分の表情なんてそうそう見ることはないけどさ。
首を横に振る俺にちゃんは眉を下げながら控えめに視線を再び俺へ向けた。ていうか、俺の返事は聞かないのだろうか。今すぐにでも好きだと叫べるけど。

「私、丸一日寝てたらしいけど、その」
「……うん」
「あの……お、お風呂とか、そういうのって、どうし、……え!?わ、鼻血!!え!大丈、やっぱり見たの!?!」
「ありがとうございます……」



お遊びもほどほどに


▼ふふ様へ

ふふさ〜んおまたせしすぎてまずは申し訳なさでいっぱいです。入れ替わりネタ、リクエスト頂いた時からもう「面白そう!!」とウキウキでした。やはり普段書く側の方なので発想が神〜!となりました。
ふふさんリクエストなので、最初はどうにかこうにかして煉獄さんを出したいなと思ったのですが、宇髄さんに落ち着いてしまいました。半分くらい善逸と宇髄さんのやりとりですが、書くのとても楽しかったです、バレないように頑張る善逸…。
先日の鬼滅アニメの放送見てても思ったのですが善逸って怖い怖い言いながらも庇いますよね、人を。そんなところも彼の魅力の一つだなあと、守られたい欲が勝りそんな善逸を忍ばせました。
楽しいお話書くのは自分も楽しくなるので書けてよかったです!素敵なリクエストありがとうございました!