ご都合血鬼術



──俺が代わりに行くよ
──怖いのに無理しちゃダメだよ。俺はちゃんのためなら頑張れる。その代わりに帰ってきたら俺とお団子を食べに行こう


世の中、不平等にも程があると思う。
任務から蝶屋敷へと帰ってきた俺が最初に目にしたのは、庭でちゃんと炭治郎がいい雰囲気で談笑をしている光景だ。なんの話をしているのだろうか、口元に手をあてているちゃんの頬はほんのり赤い。元々可愛いけど、炭治郎といる時はいつも可愛く見えるのは、ちゃんは炭治郎のことが好きだからなのだろうと、そう思う。
好きな人を思う音というのは、喜怒哀楽と同じで共通している。炭治郎と話している時にちゃんから聞こえる音はその音なのだ。俺と話している時は、よくわからない独特な音がする。それが何を意味するのかはわからない。

「善逸!」
「うわぁ!!……い、いきなり話しかけてくるなよびっくりするだろうが!」

お腹が空いた。厨房に何かこの空腹を満たせるものはないものかと廊下を歩いていると不意に声をかけられ上ずった。振り返ればさっきまで庭で仲睦まじく談笑していたはずの炭治郎と、ちゃん。

「音でわからなかったか?」
「ん、ああ……それがさ、聞こえなくなったんだよね。血鬼術のせいで」
「?いつも聞こえるはずの音が聞こえないってことか?」
「そうそう、普通には聞こえてるよ」

先の戦いで、五感のどこかを奪う、なんて血鬼術をかけられたけど人より耳がいい俺は、いつも人一倍聞こえる範囲での音だけが聞こえなくなった。鬼は血鬼術が効いていないのかと驚いていたが、まあ、効いてはいた。その後は怖くなって気絶して、誰かが頸を刎ねてくれていたからその鬼の血鬼術の詳細についてはそれくらいしかわからなかったけど。
俺の発言に炭治郎の隣にいたちゃんが眉を下げて心配そうにする。めちゃくちゃ優しい。やっぱり好きだ、ちゃんが。

「大丈夫?怪我ない?」
「ないない、平気!運が良かったよ」
「よかった……。音が聞こえないだけ?」
「うん。まあ、その方がいいでしょ」
「…………」

寝ている時でさえ、周りの音が聞こえてそれを覚えていたから、気味悪がられた。俺が逆の立場でも多分同じように感じると思う。だから、自分の耳が良いことに感謝とかは、特別したことはないし、だから人に音がどうこうと話すのは控えている。
曖昧に笑った俺にちゃんはギュッと唇を噛み締めた。何か、不味いことを言っただろうか、俺は。妙な沈黙が訪れ居心地が悪くなる。

「そうだ!」
「うわぁあっ、だから急に大声出さないで頂戴!びっくりするから!!」
「善逸も良く出してるだろう」

いやに重くなってしまった空気を破るかのように炭治郎が声を張り上げた。俺はいつもこんな感じなのだろうか、だったらちょっと反省しよう。いやでも出てしまうものは仕方ない。
炭治郎は俺に顔をほんの少し顰めた後、いつもの笑顔を見せた。

「善逸が療養していた時に食べたお団子、季節限定だから今日までなんだよ」
「……ああ、俺が病人食しか食べられなかった時の」
も、あれ好きなんだよな?二人で行ってきたらどうだ?」

みんなでわいわいしのぶさんが買ってきたというお土産に騒いでいた時だ。あの時ちゃんが休んでいる俺の元に持ってきてくれたけど、アオイちゃんに見つかって結局食べられなかったのだ。俺の分は無事伊之助の胃袋の中へと消化されたらしい。
というか、ちゃんは炭治郎のことが好きなのに、なぜ俺と二人だと炭治郎は提案したんだ、酷過ぎないか、炭治郎。そう思いながら、若干引いた目で炭治郎を見る俺に横から手が伸びてきた。

「いこうよ、ね!」

小さくて柔らかい手に片手が包まれる。その近さに思わずゴクリと唾を飲み込んだ。キラキラとしている瞳の真意は、音が聞こえないからわからない。でももしかしたら、今は音が聞こえない俺だからこうして一緒に町へ行ってくれる気になったのかもしれない。
ちゃんは、今は蝶屋敷でアオイちゃんと同じようにしのぶさんの下で働いているけれど、元々は隊士だった。でも、ある日ちゃんの元に指令が入った時、恐怖でいっぱいな音が聞こえてきた。それが聞こえてきて、思わずかっこつけて俺が行くよ、なんて言ってしまったのだ。それで美味しいお菓子は食べられなくなったけど、後悔はしていない。女の子の役に立てるのであれば俺は本望だ。
以来、俺ではなく炭治郎といることが増えたのは些か疑問であって納得がいっていないのであるが。団子屋に行く約束だって今日まで果たせなかったのだ。
本当に、世の中というものは不平等だ。

「あ、あそこだ!」

隊士を辞めてからのちゃんは、最初は自分を責めるようなことを話していたけれど今は生き生きとしている。甘味屋と暖簾が提げられた店を指差すちゃんについて店へと足を踏み入れた。
袴姿の女の子たち数人と夫婦が店で談笑しながら各々好きな和菓子を頬張っている。いつもだったら、表面上は仲が良さそうに見えて仰々しい音を響かせる人たちになんとも言い難い気持ちになって、やっぱりこうして、音が聞こえない生活の方が良かったのかなとも思ったりはする。目の前で美味しそうにお団子を食べているちゃんがいるのも、今は俺がいつものように音が聞こえないからだ。

「……楽しくない?」
「えっ?」
「なんか、元気ないなあって、思って」

一つ、お団子を食べた串をお皿に戻して肩を落とすちゃん。
元気がないように見えただろうか。そんなことはない。ちゃんが俺のことを好きでこうして一緒にいてくれているのだったら、なおさら嬉しいけど。でも実際は違う。ちゃんは優しいから、炭治郎の突拍子のない提案に従っただけだ。

「力になりたいんだ、私。善逸くんの」
「俺の?」
「うん、助けてくれたでしょう?私を」

声色は、陽だまりのように穏やかだ。音が聞こえなくてもわかる。きっと心地のいい温かな音を響かせているのだろう。本当に優しくて、健気な子だ。だから俺のことなんて気にせずにいてくれたらいいのに。

「私、怖くて。戦うの。でもそんなこと言ってられないから、虚勢を張って生きてきたから。……誰にも、気付かれないと思ってた」

ぽそりと最後に呟いたのは、俺が、ちゃんが怖がっていることを指摘した時のことだ。多分、しのぶさんや炭治郎も気付いていたとは思うけど。でも鬼殺隊に身を置いている以上、任務に行くなとは言わないのが当然のことだ。炭治郎の場合はあの場にいたら「一緒に行こう」とか、きっと言うだろう。俺はただ、かっこつけたかっただけだ。あと、やっぱり女の子に無理はしてほしくない。

「辞めたらきっと、後ろ指をさされる生活だと思ったの。私はアオイみたいに要領も良くないし。でも、辞めても、みんな何も言わなかった。よく思わない人もいると思うけど……、でも、すごく楽になったの」
「うん、ちゃんはちゃんのしたいようにすればいいと思うよ。ていうか、後ろ指さされるわけないでしょ!めちゃくちゃ人気なんだよ、ちゃんは」
「そんなことな、」
「ある!」

蝶屋敷に駐在するようになったちゃんの噂はよく聞く。いい方の。アオイちゃんみたいに要領がないなんて今話していたけど、目標が高すぎるだけでそんなことは決してない。
遮るように否定した俺にちゃんは小さく笑う。

「最初善逸くんに会った時、ちょっと羨ましかったんだよね。すごく自分に正直だなあって」
「それ、褒めてる……?」
「褒めてるよ!私も今、自分に正直に生きてるなって思うの」
「……本当に?」
「うん」

自分に正直に生きているならば、今ここで俺と二人でいるのは自分の気持ちと逸れたことをしているのではないかと頭を過るけど、まあ、結局はちゃんも炭治郎と同じ類なのだろう。期待させるようなことは罪ですよ。言わないけど。
でも、人の本当の気持ちがわからないのは、全てが聞こえていることよりもやっぱり楽かもしれない。今ちゃんから濁った音が聞こえていたら溜まったものではない。それが聞こえない分都合良く、どうとでも解釈ができる。
ほんのりと楽しそうにしながら、ちゃんは再び皿に載った団子を頬張った。俺も今だけは、都合良く解釈をしながらこの二度とないであろう時間を楽しもうと団子を口に運び味わっていたところで、さっきまで聞こえなかった暗い音が聞こえてくる。思った途端に戻ってきてしまうから、たまったものではない。この音は、あの女の子たちの一人だ。仲よさそうに見えておそらく、そうでもないのだろう。
隣の卓に座る夫婦からは、好きだという音を通り越えたような、もっと温かい音が聞こえる。夫婦といってもあまり聞いたことのない音だ。夫婦の他にも音が聞こえてくるから、生まれてくる子供もきっとさぞかし幸せだろう。

「…………」
「?どうしたの?」

人が好きな人を思う時の音は、共通している。
俺といる時のちゃんからは、やっぱり独特な音が聞こえるのだが、それは今、隣から聞こえてくる音と同じだった。
人より耳が良いことを自慢に思ったことはなかった。なんの役にも立てやしなかったから。

「……ちゃん」
「うん?」
ちゃんは、好きな人、いる?」

それなのに、音があってよかったと生まれて初めて思ったかもしれない。俺が聞くのはいつも、俺に対して影で悪口を言っている女の子の声だとか、蔑んだ音だった。でも、今目の前の子から聞こえる音は違う。都合良く捉えることにしようと思っていた音よりも実際は遥かに温かくて、穏やかで。
真剣に聞いた俺に、ちゃんは一度固まったけど、頬を赤らめて頷いた。

「あの、でもね、好きなんだけど、近くにいると、好き以上の思いも出てきちゃうの。私にとって、すごく大事な、大切な人で……」
「……うん」
「耳がね、いいから。その人。音でわかると思ってたんだけど……。なんか勘違いされてるかもって友達とも話しててね。音でわかることに甘えちゃダメだね。でも、恥ずかしくて……」
「甘えていいよ」

俺が知らなかっただけだった。人を好きだと思う気持ちよりも、もっと上、違う音があるのだということを。

「必要としてくれるなら、甘えて」

奇妙な体質で生まれたことに、このまま何も思わず、むしろ聞こえなくていいなんて思いながら生きていくことになると思っていた。でも、自分があってもなくてもどっちでもいいだなんて思っていたこれを、誰かが、ちゃんが必要としてくれるのであれば、この耳に自信を持って生きていきたい。

「じゃあ、えっと……、私は、私の好きな人と、両思いだと思う?」

紅潮しているちゃんから控えめに尋ねられる。
聞こえた音にはっきりと頷けば、今までで一番可愛い笑顔を見せてくれた。


音の存在証明


▼はなこ様へ

『特殊能力としての音』が聞こえなくなる善逸、うわあいい設定だなあ、と目から鱗でした。
リクエストいただいてすぐ思いついたのが、自分の耳に感謝したことがない善逸でした。というか、音が聞こえることを作中でもそんなにポジティブに捉えてはいなさそうだし、聞こえない方が良かったのかなとか色々と改めて考えさせられました。
善逸の話を書くと大体いつもコミカルになってしまうのですが、今回はあったかい話を書けた気がします。ありがとうございます……。
『特殊能力としての音』、わかりづらい表現と仰っていましたが全然です!!あれこういうことでいいのですよね…!?と、書き終わってからちょっと不安が過っております。笑
素敵なリクエストをありがとうございました!お陰様であたたか〜い気持ちになりながら書くことができました!