今日も俺は義勇さんとの仲を深めるために蕎麦を食べに行く予定だった。前に早食い対決をしてから、初めて暖簾をくぐったその店の蕎麦は勿論のこと、天ぷらが美味しくて。も一緒に行こうと鴉を通して昨日の夜に誘い出せば、鴉の脚に丁寧に括られた手紙には“明日は用事がある”と綴られていた。
稽古だったら稽古だと言うだろうし、何の用事なのか気にはなったけど、そういうのを深く追求できる関係性ではない。まだ。
だから、俺は今砂利道から逸れた林の奥で不死川さんと一緒にいるのことが気になって気になって仕方がなかった。で同期の隊士と町に降りていたりすることはあった。けれどその時はいつもちゃんと俺に話してくれる。どうして不死川さんと一緒にいることは俺には言えないのか、口をへの字に曲げながらじっと様子を伺っていると、おそらく、二人で何かを探しているように見えた。それから不死川さんがに歩み寄り、何か声を掛けた後に一点親指で俺に背中を向けているの後ろを指差した。

「……っ、炭治郎、!」

不死川さんが親指を向けた先にいた俺の存在に気付いたが目を見開いている。そんなに誰かに見られると不味いことだったのか、否、俺でなければこんなに驚くことはなかったのだろうか。きっとそうだ。鴉を通して手紙で俺に嘘を吐いたのだから。
あからさまに狼狽えているに砂利道から俺も林の中に入り歩み寄る。

「何を探してるんだ?」
「何でもないの!」
「どうして嘘を吐くんだ」

どう見ても何でも無くはない反応だ。
それどころか隠し事をされているようで俺としては心臓にくる。俺に話せなくて、不死川さんには話せることって、なんだ。不死川さんの継子であるはこの人と仲が良いのは知っていたけど、が何か困っているのだったら俺も力になりたい。好きなのだから、そう思うのは当然だ。

「えっと、……」
「猫」
「え?」

胸の前で両手を合わせて弄りながら視線を泳がせるの返答を待っていると、俺たちのやり取りをすぐ側で見ていた不死川さんがボソッと吐き捨てた。
その声に不死川さんへ視線を運ぶと、目は合わない。

「こいつが猫飼うっつって連れてきたのに、外に出したきり帰って来ねェんだよ」
「……?嘘で、」
「嘘じゃねェ」
「……いや、う」
「嘘じゃねえっつってんだろ!」

嘘を吐いているのは明白だった。人が嘘を吐く時の匂いは共通している。今が俺に『何でもない』と告げた時と不死川さんが『猫』と呟いた時の匂いは同じものだった。が、それ以上の追求は許さねえェとばかりにピキピキとこめかみに青筋を立てた不死川さんに俺も口を閉じることしかできなかった。でも、何を探しているかはわからないけれど、俺だって力になりたいという気持ちは仕舞えない。

「俺も一緒に探します!」
「いっいいよ、炭治郎今日義勇さんと蕎麦食べに行くんでしょ?行ってきて」
「義勇さんだって事情を話せば一緒に探してくれるよ!
「は、なに勝手なことを、」
「あ、ちょうど!義勇さーん!」
「ゲ」

義勇さんも待ち合わせにはこの道を通る筈だった。俺がさっきまで二人の様子を見ていた道へと振り向けば、義勇さんが丁度良く下って来た。俺の声に義勇さんは視線をこっちに向け、驚くことも止まる事もなく流れるように方向転換をして歩いて来た。

「今日は四人か」
「んなわけね、」
「はい!の探し物が見つかったら四人で蕎麦を食べに行きましょう!」
「行かねェよ!」
「探し物は何だ」
「探し物は何だ、じゃねェ人の話を聞けテメェら!!」

とりあえず、猫ということになっているらしいです、と義勇さんに伝え、動いているのか、難しそうだな、この辺りは他にも野生動物がいるだろうしなと真剣に考えてくれる。やっぱり義勇さんだって、静かで口数が少ない人だけど誰かが困っていたら手助けしてくれる人なんだ。

「ということで、迷子の猫(仮)探しをしましょう!おー!」
「おー」
「……なんで…………」

俺が右腕を上げたのに義勇さんしか乗ってくれないのはいまひとつ寂しいのだが、不死川さんはそういう人ではないから仕方ない。はいつもなら笑顔で乗ってくれるはずなのだが、今日は少し様子が可笑しいから、それも仕方ない。

「はい。じゃあ、同じ場所を探しても仕方ないから、西と東に分かれない?」

俺と義勇さんが一緒に探すことに、漸く気を使わなくなったが片手を上げて提案した。眉を下げて苦笑いを浮かべながらなのが気になるのだが、その案は俺も賛成だった。

「私と師範は東を探すから、炭治郎たちは西をお願い」
「……俺とじゃダメなのか?」
「ダメだ。俺がお前らとは絶対に組みたくねェ」
「はい!俺も不死川さんとは組みたくないです!」
「テメェ……」

妙に避けられている気がして、思わず顔を顰める。
二人ではなくとも蕎麦を食べに行く時だって甘味を食べに行く時だって、は俺を避けるようなことはしないし、むしろお互い気付いたら隣にいる、そんな関係だったのに。……そう思っていたのは、俺だけなのだろうか。

「炭治郎はとがいいだろう」
「……義勇さん……!」

不死川さんには頷いたものの、急に胸の奥が冷えた俺に義勇さんが助け舟を出した。足元を覆う伸び切った草叢から義勇さんを見上げる。
義勇さんには、のことをどう思っているかを話していた。何も鬼を退治することだけに全てを捧げなくてもいいのだと、そう話してくれた。

「口挟むなお前は」
「なぜだ。炭治郎はのことが好「あー!!わー!!」

ただ、口数が少ないから他人に話すことはないだろうと勝手に安心していた俺の考えが甘かったのだ。話したのはついこの間。その時に特に他言無用だなんてことは伝えていなかった。だから今、俺がまだ直接に告げていないことを目の前で暴露されそうになり動揺を隠せなかった。
聞かれていないだろうか、わからなかっただろうか、恐る恐るへ振り向くと、丸い瞳に俺を映しながら眉間に皺を寄せていた。良かった、この様子はバレていない。

「おい、ちょっと来い」

ふう、と安心して一息吐くと、不死川さんがを呼んで俺と義勇さんがいる場所から少し離れたところへ連れて行く。
また二人で、俺には言えない隠し事だろうか。様子を伺っていると、不死川さんがおそらく俺のことを顎で指した。それからはぶんぶんと首を横に振っている。その後に俺の方を見て、バチっと目が合い一瞬で逸らされた。
……俺と組むのが、そんなに嫌なのだろうか。結構、辛い。俺はに、何かしてしまったのだろうか。

は、不死川のことが好きなのか?」
「ぎ、義勇さん、それは今の俺には泣きっ面に蜂です……」

思わないようにしていたことをさらりと口にされ、心臓をわしづかみにされたような痛みが襲う。
好きだとは話していた。師範、厳しいけど実はとっても優しい人なんだよって、それと同じ声色で好きだと頬を緩めていた。だから、俺がに対して抱いている感情と同じものだとは思っていなかった。俺が義勇さんに抱いているものと同じ“好き”だと、そう思っていたのに。

「……でも、」
「お待たせしました……、炭治郎?」
「俺、諦めたくない」

拳を握り締めて、戻ってきたを真っ直ぐ見据えた。
まだ決まったわけじゃない。から直接、ちゃんと聞かない限りはわからない。だから、もしそうでなければ、俺のことを好きになってほしい。その為なら俺は、が探しているものだって絶対に見つけてみせる。

「俺が絶対に探し出すから!」

告げた言葉に、は瞳の僅かに揺らし頬を赤く染めていた。それがどういう意味なのかは、わからない。都合よく考えるのは今はやめた。
やるべきことは、が探しているものを見つけ出すことだ。
結局、と不死川さん、俺と義勇さんで二手に分かれることになった。とは言っても、探しているのが猫(仮)であるから何を見つけ出せばいいのかは定かではないところが不安の種である。

「……何か聞こえるな」
「?鳴き声ですか?よく聞こえますね、俺は全然」
「いや、お前から鈴の音がする」

嘘でも猫と話していたから、猫に纏わるものなのだろうかと思案していると、近くを歩く義勇さんが呟いた。もしかして、本当に探していたのは猫だったのかと頭を過ぎったが、義勇さんが耳にしたのは俺が持っている鈴の音のようだった。

「これですね」
「鈴を持ち歩いているのか?」
「普段は持ち歩いてないですよ。音が出なくなったので今日町へ行った時見てもらおうと思ったんですけど、治ってますね」

子供が喜ぶような、玩具のような鈴だけど俺には大事な宝物だった。
と初めて任務が一緒になって出会った日に訪れた定食屋で、がお嬢ちゃんおまけだよ、と店の人に可愛がられて貰っていた。子供のように扱われていることに少し不服そうにしていたは鮮明に覚えている。それまで、階級が下の俺に先輩のように接していたから。
兄ちゃんも、と俺もついでのように受け取ってしまったけど、それがあってのことがもっと知りたい、なんて思ってから接していく内に、好きになるのに時間はかからなかった。

「音が鳴るから任務には持っていけないけど、お守りのようなもの、で……、」

その日のことを思い出しながら、やっぱり俺はが好きで、そう簡単に思いが沈められるものではないと鈴を握り締めていると、東の方から草木を踏み鳴らす音が聞こえてくる。
どんどん近くなってくるその音の正体は、

「っぅわ!!」
「邪魔だァ!」

俺に向かって黒々とした翼を広げ向かってきた鴉と、不死川さんだった。
鎹鴉ではない、野生の鴉だ。俺と義勇さんを押し退けるようにその鴉を追う不死川さんを呆然と目で追っていると、後ろからも駆けてくる。

「師範!!」
「流石に高く飛ばれちまったら手の打ち用がねェ、追いかけるぞ!」

俺に向かって低空飛行をしていた鴉の嘴は、確かに何か光る物を咥えていた。
今となっては木の上を高く飛んでいるのだが、の探しているものがそれであると理解した俺は、俺と義勇さんを抜かしていくの後ろ姿を追って、追い越した。

「たんっ、」
「大丈夫!絶対取り返すから!」

後ろを走るに声を掛けて、俺も鴉を先頭で追っている不死川さんの後に続く。視線は頭上にありながらも無造作に伸び切っている木の枝を華麗に避けていく不死川さんに感心させられてしまうのだが、それは今は後だ。なんとかあの鴉を追い続けて、地上に戻ってきたところを捕獲しないといけない。

「猫が見つかったのか」
「うるっせェよ!猫じゃねェ!」
「猫じゃないのか、なら何を、」
「テメェはついてくんなァ!」

下ったり登ったりを繰り返しながら鴉を追っていると、俺の前を走る不死川さんの隣に義勇さんが軽快に現れる。出だしは俺よりも到底遅かったはずであるのに、目の前で罵り合いながらも木をそれぞれ避けている動きが人間業には見え……って、そうではない!

「炭治郎!止まって!!」

ずっと後ろをついてきていたの声に言葉通り身体を止めそうになったが、それがむしろ、ずっと二人の後ろを走っているだけだった俺の感情を高ぶらせた。どうしてそんなに隠したがるのか、でも、嫌われている匂いは今日、からずっとしていないんだ。だからがこうして探しているもの自体に理由があるのだと、それが知りたいと、とうとう素手で不死川さんが義勇さんに掴みかかったところで速度が落ちて、二人を追い抜いた。
と、同時に林から抜け、目の前に広がった滝壺。その滝は裏に回れるようで、鴉がその中へと入っていった。

「住処、かっ、が!?」

滝の裏に隠れるように続いていた洞窟の中へ俺も足を踏み入れようとした瞬間、隊服の襟ぐりを後ろにぐいっと勢いよく引っ張られた。加減なんて知らないその強さに俺は力で敵うことはできずに、そのまま川へと背中から落ちた。“殺”の一文字が見えたのを最後に、バシャーンっと大きな音を立てて水しぶきを上げた。

「大丈夫か」

手を差し伸べてくれたのは、他でもない義勇さんだった。俺が背中から冷たい川へ落ちたけれど、は申し訳なさそうにごめんねと謝って俺を落とした不死川さんの後に続いてしまっていた。

「ない、ないです師範……!」

洞窟の方からの声が聞こえる。ただ、色々な感情が峠を超えて、今の俺は何も考えられなくなっていた。
一向に義勇さんの手を取らない俺に義勇さんもずっと無表情で構えたままだ。そう、ずっと。周りからしてみれば妙な空気が流れているであろうその頭上に、一羽の鴉が飛んでくる。ペッ、と何かを俺の腹に吐き出して、また空高く飛び上がっていった。

「……鈴か?」
「え……?」

悪漢が地面に唾を吐き出すようなそれと同じようなものだと思っていた。けれど、それは違ったらしい。
義勇さんの一言に、びしょ濡れになった俺の隊服に吐き捨てられたモノを見下ろす。俺が今持っている鈴は、懐にしまってある。地面まで透き通る川に一度つけて綺麗にすると、やっぱり全く同じものだった。見覚えがないわけはない。これは、があの時一緒に貰ったものだ。

!」
「あ、炭治郎、大丈、」
が探してたのってこれだったんだな!」

嬉々として立ち上がり、ずぶ濡れになっていることも忘れ洞窟の中で肩を落としている後ろ姿に声を掛けた。
俺が手にする鈴を見て、瞬間はわなわなと震え出す。

「どうして言ってくれなかったんだ」
「きっ、気持ち悪いでしょ!そんな、そんなずっと前に貰ったただの玩具を、必死こいて探してるなんて……」

薄暗い洞窟でもわかるくらいに耳まで真っ赤に染め上げる。
今にも目に涙を浮かべ、このままだと俺を置いて逃げてしまいそうだと思って後ずさるの手首を掴んだ。ピクリと震えたのは、きっと俺の手が冷たいからではないだろう。

「俺だってずっと持ってる」
「う、嘘はいいよ、気持ち悪いって言ってよ……」
「嘘は吐けない。ほら」
「アホらし」

俺が自分で持っていた鈴も、の鈴と一緒に手に載せて見せたところでのそばにいた不死川さんが洞窟から気怠そうに出ていった。『だから最初から二人で探せっつったんだ』とかそういうことを色々ボヤきながら。
鈴を二つ載せた手のひらを見て、は唇をギュッと噛み締める。

「炭治郎は、物を大事にするから……。もしなくしても、わざわざ見つかりそうもない山奥で探したりしないでしょう」
「探すよ。これは特別、絶対に、何が何でも一生持ってる。川に流されたって一生探し続ける」
「……それは、ちょっと言い過ぎじゃない?」
「……うん、言い過ぎたかも」

でも、それくらいの気持ちがある。なくしたらすごく悲しいし、一生と言わずとも、例えば今日のような休養日があれば俺だって同じことをしているだろう。
少し張り詰めていた空気が柔らかくなって、が小さく息を吐く。

「炭治郎が気持ち悪いって思ってないんだったら、良かった。あと、今日炭治郎に酷いことしちゃったよね、ごめんね」

やっぱりは、俺を悲しませようとしてそういう態度をとる子なんかじゃない。ちゃんとこうして理由があった。わかっていたことだけど、それにひどく安堵しつつ、未だ確かめたいことは一つ残っていた。

「なあ、
「ん?」

掴んだままの手首に、意図せずほんの少しだけ力を込める。
ピト、ピト……と、俺の髪から地面に水滴が落ちる音が響く。

は、不死川さんのことが好きなのか?」
「……へ、」
「だったら俺はへの態度を改める!……出来る限り」

俺の声に、洞窟の奥にいた蝙蝠が何匹か飛んでいた。暗に君のことが好きだと告げているようなものなのだが、そんなことは頭からすっかり抜け落ちていた。むしろ、もうのことを好きだと伝えているような感覚がなぜかあった。
俺の問いかけに、はこくりと喉を鳴らす。一度視線を下げた後に、もう一度真っ直ぐと俺を瞳に映した。

「私は、炭治郎が、」
「猫は元気か?」
「「!!」」

俺の期待している言葉が聞けるかもしれない。そう思ったのに、それは後ろから聞こえた平坦な声に遮られた。
何をしていたわけでもないのに掴んでいた手を離し、距離もとる。

「……なんだ?いないじゃないか。不死川が猫は見つかったと話していたが」
「師範……」
「義勇さん……」

義勇さんも連れて、屋敷へと戻ったか待っていてくれているかと思っていたのに、二人が仲良くそんなことをするわけがなかったことに心の中で溜息を吐いた。
やっぱり、仲が悪いのは良くないことだ。

「……よし」
「炭治郎?」
「約束!みんなで蕎麦を食べに行こう!不死川さんも呼び戻そう!」

聞きたかった言葉はお預けになってしまったけど、清々しいほどに気持ちは晴れやかだ。
一度目を丸くした後、頬を綻ばせながら頷いたに手を重ねた。
次の日、軽く身体を吹いただけだった俺が風邪を引いてしのぶさんにこっぴどく怒られたけど、お見舞いに来てくれたが続きを伝えてくれたから、俺としては事宜しき思い出として幕を閉じ……、いや、幕を開けたことになった。