千紫万紅

「不死川さん、いい加減にしてください」

は激怒した。
顔や体にどんなに切り傷があって町の子供が見れば怖がること間違いなしの男を前にして、顎を引いて相手を見据えた。

「てめェがいい加減にしろやァ」

怖くない怖くない。どんなに罵詈雑言を浴びせられようと、首をがしりと掴まれていても、私にはこの男、不死川実弥に一つ、いや二つ物申したいことがあるのだ。

「どうしていつもいつも手当てを受けずに帰ってくるんですか、隠が何の為にいると思ってるんですか。そんなに私に診てもらいたいんですか」
「馬鹿も休み休み言えてめェ。俺は大丈夫なんだよ」
「大丈夫じゃないです、今だってこんなに血が…ああ痛そう」

目の前で私をギロリと睨みつけるこの人の体は傷だらけ。おまけに血まであちらこちらから出ている。一般人が見たらこんなの卒倒もの。まあ、私も数年前まで一般人ではあったのだけれど。
血を流しながら大丈夫か？って言われた時はあなたの方こそ大丈夫ですか、と腰が抜けて動けないながらもそう思った記憶は鮮明に覚えている。

「いつものことだろうがァ」
「隠が事後処理に向かうってことはそれだけ大変な戦いだったってことなんですよ、私は非番だったから行かなかったけど、不死川さん絶対手当て受けずに一人でさっさと帰って来ちゃうと思いました」
「手当てなんて必要ねェ」
「あります！だから私はこうして不死川さんの帰りを健気に待って、」
「身体流そうとしてる時にのこのこ入ってくる奴のどこが健気なのか答えろ」
「……信じられないやだもうこの人！私達夫婦じゃないですか！」
「てめェの中だけでだろうがァ！」

そう、隠としてここで働いている私は今日非番だったことをとても後悔した。愛する不死川さんの元への指令が入ったのだ。こういう時は相手が強い鬼であることは確実なので私は心配で心配でならなかった。ただ、指令を破って出向くことはできないので私はずっと待っていたのだ。不死川さんの屋敷の前で。ずっと。それはもう夜通しずっと。勝手に屋敷の中に入って布団で寝ていたのは許してほしい。やっぱりずっと起きているのは凡人の私には無理だった。
朝方、誰かが帰ってくる音が聞こえて、それをつけていけばその足音はお風呂場で止まったのだ。チャンスだと思い、私は覗き込もうとしたけど、呆気なく捕まってしまったのだ。
何はともあれ、無事だったことが確認できたので私は開き直った。そして冒頭に戻る。

「じゃあ不死川さんの中では今日からでいいです、お帰りなさいあなた」
「てめェは胡蝶ンとこ帰りやがれ今すぐに」
「ああ～ちょ！心配で待ってたのに～！！

がしりと首を掴まれていた…といっても私も抵抗しないので壁に押さえつけられていただけなのだけれど、その手が離れたかと思えば肩に担がれて、追い出された。玄関からではなくその辺の窓から。野良猫をぽいっと外へ出すような。
いや、でも正直なところ不死川さんは野良犬に優しくしていたのを目撃したことがある。つまり野良猫にもきっと優しくするだろう。はあ、なんて優しい人なの。

「……あれつまり私って野良猫以下……？」
「もしもーし」
「あ、え？わ！」

もう日はすっかり登っていて朝だった。今日は天気が良さそうだ。いつから私を呼んでいたのであろうか、しのぶさんの顔が近い。とても綺麗。可愛い。羨ましい。

「やっぱり不死川さんのところにいたんですね」
「しのぶさん、こんな朝早くからどうして…え、だ、ダメですよ今不死川さんはお風呂に入って……そういう関係だったんですか？え！？そういうこと！？」
「違うので落ち着いてください。探し物をしていて」
「探しのもの？」
「はい、あなたが調合したお薬が必要になりそうで」
「ほんとですか！緊急事態！？大変！」

昨日は非番だったけど、今日は普通に仕事の日なのだ！手負いの人が帰って来たら私の出番だ。しのぶさんと蝶屋敷に戻ろうとして、私はとある大事なことを思い出した。

「不死川さーん！」

壁越しに、きっとそこにいるであろう人目がけて、返事なんてもちろん返ってこないけど、聞こえてないことはないだろうから声を張り上げた。

「平和な朝が来ました！おはようございます！」

おはようが言える毎日って、当たり前じゃないから、今日も私の大好きな人がそこにいることに感謝しなくちゃいけない。
私は、みんなに元気を与える隠なんだ。

「……素敵な奥さんになれそうですね」
「やっぱりそう思いますか！」
「はい。今の一部始終に限って、ですけどね」
「も～しのぶさんたら正直なんですからもう～！」
「…そんなに褒めたつもりはないんですけど……」
「さ、しのぶさん行きますよ！」

私が、鬼と戦うみんなの世界を、少しでも色鮮やかにしていきたいんだ。

白黒の世界から

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