千紫万紅

夜は鬼が出るから危険だ。とは言っても、この辺りは藤の花に守られているから出歩いても何ら危険ではない。だから私も夜な夜な不死川さんの元へ仕事が終わり次第足を運んでいるのだ。
けれども最近は顔を見せていない。数日前、蝶屋敷で手当てをしていた隊員からある話を聞いた。

「お前、何してんの」
「ぎゃ！」

草むらの陰から一つ灯りのついた建物をこっそりと見張っていると、後ろから声がして仰け反った。
誰にもバレていないかその建物に出入りする人たちを見る。よし、バレていないみたい。

「き、急に後ろから話しかけないでください……」

誰かにバレたらどうするんですか、と声を小さくして私を見下ろすその大男にしゃがんでくれ、と手で合図した。今日の宇髄さんは隊服ではなく、普通の人に見える。私の中では顔に何も塗らないこっちの方がいいと思うんだけど。かっこいい。不死川さんほどではないけど！
はあ？と顔に書きながらも宇髄さんは屈んで私が見ている建物の方を一緒に見た。

「噂になってるらしいんですよ」
「何が」
「新しく入ってきた隠の人が美人だって！」

私が数日前に聞いたことは、このこと。美人で華やかな人が入ってきたらしいけど、噂になっているだけで実際はどの人なのか定かではない、って。でも、確かに美人で、そしてどうやら夜中にしのぶさんと話している会話が隠のものだったらしい。

「で？それとお前が今ここで覗き見してるのと何が関係あるんだよ」
「突き止めるんですよ」
「は？」
「会いたいんです。ていうか、そんな美人が不死川さんに目をつけたら困るので、釘をさしておくんです。私、風柱様の嫁なんで、って」

そんな人が不死川さんに狙いを定めてしまったら私には絶対勝てない。美女・厳禁。しのぶさんは不死川さんには一切興味がないし、甘露寺さんはちょっと危ないところがあるけど私のことを応援してくれているみたいだから多分大丈夫。でも、他に美人が現れたらまず不死川さんに対する思いを確認しておかねばならない。

「ああ、だから覗いてんのか」
「はい。でも全然見つからないんです！それっぽい人が！」

元々綺麗な人は沢山いるけど、最近入ったって言っていた。だから私が会ったことがない人だとは思うんだけど、なかなか出会うことができない。最初は色んな人に聞いて回っていたけどそれでも見つかることはなく、誰のことかわからない、と言うのでこうして自分で見つけ出すことにしたのだ。

「つーか別に隠れる必要はねえだろ」
「だって怪しまれるじゃないですか用もなくこんなところに長時間いたら」
「今更だろ」

建物、というものはお館様が用意してくれた長屋で暮らしている隠含めた隊員達専用の温泉だ。私は蝶屋敷に住ませてもらっているからここは入ったことがないけど、指令で遠くに事後処理へ向かっていなければ必ずここへは夜に訪れるだろう、私はそう考えてここ数日ずっとこの温泉への入り口を見張っていたのだ。

「……今更ってどういうことですか！」
「反応おせえな」
「ていうか、宇髄さんこそどうしてここへ？」
「ここの温泉に嫁が来たいっつーから来たんだよ。ま、一緒に入れねーからただの付き添いみたいな感じだけどな」

聞いたことがある。宇髄さんの趣味はお嫁さん三人との温泉巡りだ、と。いつもあんな派手な格好をしているのに、こう見えてとても愛妻家だ。今の会話からするに、きっと一緒に入っているのだろう。いいなあ、私も不死川さんと入りたい。

「…え、じゃああそこ通ったってことですか？」
「通った。で、妙な気配がして来たらお前だった」
「嘘！じゃあ私結構見逃してる！？」
「今この瞬間に4人は見逃してるぞお前」
「しまった！」

呆れるような宇髄さんから目を離し、私は建物の出入り口に視線を戻した。もう目を離さない。絶対に突き止めてやるんだから。後ろでクスクスしている声が聞こえた。あ、宇髄さんのお嫁さん達だ。待っているんだ、宇髄さんを。

「天元様」

その声に私も振り向きそうになったけど、もう目を離さないと決めたばかりだ。惑わされずに一点を見続けた。宇髄さんは隣にはいなくなった。多分。気配とやらがそんな感じがする。

「わかった」
「わああ！びっくりした！……だからいきなり話しかけ…」
「おうおう一人見逃してんぞ」
「なっ！」

なんだ、私は宇髄さんに今遊ばれているのでしょうか、なんてことをしてくれているんでしょうか。いなくなったと思った宇髄さんはすぐに戻って来た。いなくなったと思っただけで私の感覚がおかしかっただけだろうか。

「その美人、不死川のことが好きな奴らしいぜ」
「……え？」

信じたくない恐らく事実であろうことを聞かされ、体が強張った。ギギギ…と聞こえてきそうなくらい動きが悪い首を無理やり宇髄さんの方へ向けた。

「須磨が薬貰いに行った時、勘違いされて胡蝶にそのこと聞いたら、そいつは不死川のことが好きな隠だと」
「いや、だ、ダメです！！誰のことですか！不死川さんと仲いいんですか！？」
「いいんじゃねェの。よく会ってるし」
「……！！」

開いた口が塞がらないとはこのこと。宇髄さんは不敵な笑みを浮かべている。なんてタチが悪いんだ。面白がっている、私に恋の宿敵がいることを。
不死川さんに、私の知らない内にそんな美人が近づいていたなんて。

「私の目を盗んで会ってたんですね……だから私には見つからないようここにも姿を現さないんですね……」
「いやそりゃてめェが見逃してる人数も多いけどな」
「い、いやだ……」

そんなこと信じたくない。なんで私に教えてくれないの不死川さん。それならいっそのこと意中の相手ができたからもう近づくなくらい言ってほしかった、なぜそんな…。

「まあ、あれだな。俺からお前に言えることは一つ」

草むらに肘をついて項垂れている私に宇髄さんはぴ、と人差し指を立てた。

「派手に女を磨け」
「………はい…」

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「天元様、ちゃんに伝えなくてよかったんですか？」
「いいだろ別に。おもしれぇし」
「噂になってる別嬪さんが自分のことだって知ったらとっても喜びそうですね」
「でももう最近は着飾らないって胡蝶さんが仰ってましたよ」
「そりゃー残念だろうな、あいつが」

派手に着飾り地味に広がる噂話

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