千紫万紅

夢を見たのは、いつぶりだろう。お母さんもお父さんもいた頃のこと。とは言っても、お父さんとの思い出は少ないけど。あまり家にいない人だったから。悪い意味で。抱っこされた記憶だってない。でも、なぜか今思い出したのは、家に家族三人でいる風景だった。

「……」

そんな夢から覚めると、いつもとは違う風景、だけど見慣れた景色だった。
昨日は不死川さんのところに来て寝たんだった。その目当ての人物はすでにもぬけの殻で、私はむくりと起き上がり先ほどから鼻をかすめるいい匂いにつられるように部屋を出た。

「あらさん、おはようございます」
「伊代さん、おはようございます…いい匂い」

お米も炊けて、お味噌汁のいい匂いがする。蝶屋敷のご飯もとても美味しいけど、伊代さんが作るご飯もとても美味しい。ヨダレが出そうになるのを抑えて私は伊代さんのお手伝いをはじめた。そんなこといいんですよ、と言われたけどそんなわけにはいかない。これは旦那さんの食事なのだ。

「あ、不死川さん！おはようございます！」

朝食の準備をしていると、不死川さんが向こうから歩いてきたのが見えた。
身体を流していたらしい。さっぱりしている。

「背中私が流したのに…」
「伊代、こいつの朝飯用意しなくていい」
「冗談です！ちゃんと嫁がせてくれてからにしますー！！」

スタスタと用意された御膳の前に歩みを進めて座る。私の分もあるので不死川さんに向かい合うように座った。本当は隣がいいんだけど、それは私が正式に不死川さんのお嫁さんになった時にとっておこう。
いただきます、と手を合わせて絶妙な焼き加減の魚に箸をつけた。ううん、美味。

「不死川さん」
「……」
「不死川さんってどんな子が好きなんですか？」
「はァ？」

朝食を進めるお箸を止めて私を細めで見た。だってそういえば、ちゃんと聞いたことがなかった。今まで好きになった女の人の傾向とか、そういうの絶対あるはず。

「こんなに美味しいご飯毎日食べてるとなると、やっぱり私もそのくらい美味しいご飯を作らなくちゃいけないと思うんです。でもそれってきっと不死川さんにとったら当たり前のことですよね。そうしたら、不死川さんってどういう人のことを好きになるんだろうなって」
「んなもんねェ」
「私は不死川さんが好きです！」
「聞いてねェ」

私には今のところ一切見向きもしてくれないから、きっと私のような人を好きになったことは今までないんだろう。あれ、私って客観的に見たらどういう人に映ってるんだろう。今度無一郎くんに聞いてみようかな。
暖かい家族っていうのは、お手本がよくわからないけど夫婦仲はよくありたいものです。夫婦仲がよければ必然と家族の仲もよくなる、と、思う。

「料理はもちろん頑張りますし、洗濯はいつもしてるのでお手の物です！いい奥さんになれると思います、私！そろそろ結婚を視野に、」
「いれねェ。黙って食えガキ」
「……」

いつになったら子供扱いをやめてくれるのだろうか。もっと落ち着けばいいのかな。でも私が落ち着いたら不死川さんにどう私の思いを伝えていけばいいんだろう。文通……？いやいや、不死川さんが私と続けてくれるはずない。めんどくせェって言って一方的な恋文になる。間違いない。

「さん」
「はい」

悶々とガキと言われてしまった所以を考えていると、いつの間にかに全て食べ終わりそう。とても美味しいからもっと味わって食べれば良かった。私に声をかける伊代さんは相変わらずニコニコしている。

「食後に羊羹がありますけど、召し上がりますか？」
「わあ！ありがとうございますいただきます！」
「いいえ」

素直に喜んだ私に伊代さんはクスクスと笑う。こういうところですね、わかってますよ。でも抑えられないんですもん。嬉しいことを素直に喜んだら子供だと言われたら、私は一生子供な気がする。

「昨日も食ったんじゃねェのか」

その羊羹を持ってきてくれるようで、伊代さんは部屋から出ていった。どこの羊羹だろうか、お手製なのだろうか。ワクワクしていると目の前の不死川さんがぽそりと私の方を見て呟いた。

「あ、そういえば。でも美味しいものはいつ食べても飽きませんからね！」

不死川さんだって、おはぎをずっと食べていられるくらい好きでしょう。言わないけど。不死川さんはおはぎが好きであることを他人にとやかく言われたくないようなので。
昨日蝶屋敷で食べて羊羹も美味しかったな、今度甘露寺さんに、いや、ここは伊黒さんに教えた方がいいかもしれない。

「……あれ？」
「……」
「昨日、私夕ご飯何だったか言いましたっけ…？」

食べ終わって、羊羹はいらないのか部屋を出ようとする後ろ姿を呼び止めるように声をかけた。
不死川さんは襖にかけていた手をピタ、と止めた。振り向きはしない。

「……言ってただろ、自分で。馬鹿みてェに」
「ばっ…、それくらい美味しかったんです！今度不死川さんも蝶屋敷でご飯食べに来てください」
「めんどくせェ」

それだけ言って、襖をぴしゃりと閉められてしまった。歩いていく足音が遠ざかっていく。蝶屋敷は賑やかだから、みんなで食べたらもっと美味しいと思うんだけどな。誰かと食べたほうが美味しい、って、不死川さんだって知ってるのに。

「どうぞ」

入れ替わるように入ってきた伊代さんが羊羹と、抹茶も注いでくれる。この羊羹だって、きっと私一人で今食べるより、不死川さんと食べた方が美味しい。

「伊代さん」
「はい」
「今度蝶屋敷でご飯一緒に食べませんか」
「あら、よろしいのですか？」
「はい！不死川さんも二人で連れて行きましょう！」
「それは難しそうですねえ」
「ですよね…はぁあ…」
「さんだけいてくれたら満足かと」

どうしたら不死川さんはもっと幸せな毎日を送れるだろうか。そんなことを考え頭を抱えていたら、大事なその言葉を拾うことができなかった。

一人より二人、二人より君

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