千紫万紅

またか、と背中に違和感があり閉じていた目を開けて身体を起こせば、隣にはがいた。うっすらとした意識がアホみたいな寝顔のせいでハッキリする。
何度帰れと言おうが懲りずにやってくるから放っておくことにした。
てめェは嫁入り前の娘だろと言っても聞きやしない。むしろ、将来ここに嫁ぐので問題ありませんという返答だった。
けど、なぜが俺にそこまで執着するのかがわからない。最初こそ俺に対して泣き喚いて、怒鳴り散らしていたあのガキが。

「……むぅ…」

今となってはその片鱗も見えない。周りにはこいつのことを聞かれたら行くところがないらしいから引き取ってきただけ、とだけは伝えてある。こいつ自身が他の奴らにもっと詳しく話しているかはは知らないが、たまに何でお前がそれ知ってんだ、ってことを聞いてくるやつがいるから人によっては話しているんだろう。

「ふ、…」

鼻を摘んでも起きない。普通起きんだろ、何かが触れたら。口がうっすら開いているから息はできている。
そのアホな寝顔にかかる髪をはらってそのまま髪の毛に指を絡ませた。
五つ下の弟と同じくらいの女に結婚だなんだの言われたところで、それはガキが将来父さんのお嫁さんになるとか言ってるようなもんだと思っている。いや、正確には、思っていた、だ。
実際は言うほど下でもないし、町じゃ結婚を約束している男がいてもおかしくないくらいの歳だ。そんな娘は山ほどいる。

ーー私今日、大人になって帰ってきます！ーー

前にそんなことを言っていた日があった。結局俺にはその姿を見せず仕舞いだったが。
甘露寺にしつこいくらいのことを問われたが、大人になっても、逆に子供になろうともに対する俺の感情は変わらない。

「不死川、さん…」
「…、」
「ふへ…」

起こしたかと思った。けど、頬に触れる手から伝わるのは規則正しい呼吸。目も閉じたまま。口元だけやけににやついているが一体どんな夢を見ているのか。

「世話ねェな…」

好きか、嫌いかと問われたら、嫌いではない。それが正直な答え。俺のことなんざ忘れて年頃の娘のように遊べばいいものの、一度ここで暮らしたばかりに戻る気はないらしい。
鬼に誰か大切な人を殺されたわけでもなく、恨みもないやつがなぜこんなところで働いていられるのか、連れてきたのは俺だが疑問に思っていた。

「んん、」

にやついていた口元を親指でなぞるとくすぐったそうにする。嫌いではない、そう、嫌いではないというだけなのだ。そんな当たり障りのないようなことしか言えないのは、保険をかけているからだ。
大事なやつが目の前でいなくなるのがどんなに辛いことなのか、もう二度とあんな思いはしたくない。自分の保身の為に、こいつのやれ結婚だ嫁だのには一切答える気がない。
笑っちまうくらい弱いのはこっちの方だ。
いまだに起きる素振りを微塵も見せないに顔を寄せた。すう、と漏れる息が鼻にあたる。夜這いしにきたって自分で言う割にはそれらしいことなんざされたことがない。ただ俺の体に纏わりついて寝るだけだ。

「……」

こんなこと、俺にとっては何の価値もない。だから意味はないことだと言い聞かせる。そもそも、意味はないのなら自分の心に言い聞かせる必要だってないのだが、そんなことはわかっている。
それでも、隣でこうも一切の不安もなさそうに、気持ちよさそうに眠りこけている、それも自分のことを好いてくれている女を前にしてこの衝動は抑えられるものではなかった。
いや、そんなのは詭弁だ。抑えられないのがわかっているのなら、無理やりでも引き剥がせばいい。突き放せばいい。

「……馬鹿が」

そんなこともせずにこれで何度目か、薄く開いた無防備な唇に自分のそれを重ねた。

夜明け前の秘め事

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