千紫万紅

赤ん坊の声がした、と、隊員が食事をとりながら話しているのを聞いた。それが町でなら別に、今日も平和だなあなんて思って終わりだった。が、語尾に”不死川さんの屋敷で”と聞こえた瞬間呼吸困難に陥るかと思った。宇髄さんのところでもなく、不死川さんのところで…？
いやいやいや、きっと何かの間違いだ。めちゃくちゃ迅速に私は今日の仕事を終えて、不死川さんの元へ向かった。

「お邪魔します！！」
「あらさんいらっしゃい、今私の……、あら」

大声で不死川さんのお屋敷に足音を鳴らしながらズカズカと当人を探す。今のところそれっぽい子供の声は聞こえない。きっと何かの音が赤ん坊の声に聞こえたんでしょう、そうであって欲しい、そうであって、

「…………」
「だっ！」
「…どっ、ど……」
「だ～、あ～！」
「どこの子ですかそれはぁあああ！！！」

ガラリと襖を開けて、私の目に飛び込んできたのは、願い虚しく一歳にも満たないであろう赤子を片手で抱いている不死川さんだった。

「伊代の親戚だってよ」
「嘘はいいんですよ嘘は！私知ってるんですからね不死川さんが美女と密会していることを！」
「はァ？」
「そうしたら、こんな、ついに、子供まで作ってしまって……」
「不死川様、ありがとうございました」

畳にいじけるように文字を書いている私の横をささっと通りすぎたのは伊代さんだった。あれ、そう言えば、私が入ってきたとき伊代さん確か、何か言いかけていたような…。
伊代さんは不死川さんからその赤子を引き取った。

「あれ、本当に伊代さんの親戚…？」
「だからそうだって言ってんだろォが」
「なんだ……ですよねえ、不死川さんがそんな、浮気するなんてねえ全く私ったらもう…反省します！」

てへ、と下手なりにウインクをしてみたけど無視された。伊代さんに抱かれた赤ちゃんは名残惜しそうに不死川さんに手を伸ばしている。そんなに不死川さんに抱っこされたいのだろうか、気持ちはわかる。
お喋りもままならないその子の前まで歩を進めた。

「こんにちは！」
「…あ、あぎゃあああ」
「ええなんで！」
「いきなり顔近づけて話すからだろォ」

言うなり不死川さんはもう一度伊代さんからその子を離し抱え上げた。ピタリと泣くのをやめてキャッキャキャッキャしてる。……お父さんだ。

「顔、絶対怖いはずなのに……」
「喧嘩売ってんのかァ」
「いいえ！見る目あるなーって思ったんです！」

きっと、不死川さんは本当はすごく、とても優しい人だって言うのがわかるんだ。そういうのって、赤ちゃんだからこそわかりそう。ぷに、と頬を突つけばまた笑顔になる。元気だなあ。

「不死川様、ありがとうございます。そろそろ連れて帰りますね」
「ああ、置いてっていいぞ今日は」
「よろしいのですか？でも」
「緊急の指令が入ったらこいつがいる」

不死川さんは顎で私をさした。伊代さんはあらまあ、って頬に手を当てた。今日は、ということはやはり数日前からこの子がいたことは確定だ。どうしてもっと早く誰か私に教えてくれなかったの。だって、今不死川さんが言った”私がいるから”置いていっていい、ということはそれはもう、三人で寝るということが確定じゃないですか！！

「それでは、お任せしてもよろしいでしょうか」
「お任せください！！」

大声を出したら、またその子は泣いてしまった。

＊＊＊

スゥ…と先ほどまで元気だったその子は可愛らしい寝顔を私に見せている。とても可愛い。可愛いのだけれど……。

「んだよ」
「いいえ何でもありません」

別に、いつもは一つの布団で一緒に寝かせてくれるのにどうして今日は別の布団だっていうことなのかとか、気にしてませんからね私は。
一度布団から出て、隙間があった隣の不死川さんと布団の距離を詰めた。

「これで川の字です！」
「……」
「寝てますね、ぐっすり」
「さっき散々泣いてたからなァ、お前のせいで」
「う、」

真ん中には、私たちのではないけど小さな小さな赤ちゃん。接したことがなかったから泣かせてしまったけど、不死川さんは下に6人もいたみたいだから、こうやってあやすのは慣れているんだろうな。

「かわいいなあ…ふふ。ふわふわだ～」

起こさない程度にそのふわふわで弾力のあるツヤツヤの肌に触れた。私も不死川さんの奥さんになるんだったら、不死川さんのように子供の面倒見がいい大人にならないと。将来幸せな家族を持つために。

「どんな子に育つんですかね、伊代さんの親戚だからすごい器用な子になりそうですね」
「……」
「？」

まだ寝てませんよね、と、ふい、とそっちを見れば不死川さんと目が合った。暗いけど、もうその暗さには目は慣れている。不死川さんは我に返ったようにすぐさま私から目を逸らした。

「……？」
「伊代んとこなら口うるせえ人間になんだろォ」
「またまた～」

ババア、とか言ってるけど何かとそこまでやらなくていい、って不死川さんが伊代さんに言ってるのを何度か見かけたことがある。心配しているんだろう。今日だってきっと、急に見なくちゃいけなくなった子供の面倒を大変だからと預かったのだろう。絶対に優しいお父さんになる。抱っこも肩車もしてくれる、みんなから愛されるお父さんに。

「子供の成長見るのって、生き甲斐になりますよね、きっと」
「だろうなァ」
「不死川さん、私と子作り、」
「寝ろ馬鹿が」

ゴロン、と私とは逆側を向いてしまった。つまらない。
気持ち良さそうに寝ているその子の手を触ると、人差し指をギュ、と握られた。
馬鹿なことができるくらい、この子にとっても平和な毎日が送れる世界になりますように。

川の字

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