千紫万紅

鈴虫の鳴き声が心地よく耳を鳴らす中、夜風が髪を靡かせる。見上げると、雲ひとつない満天の星に魅了される。空気は澄んでいて気持ちがいい。月の満ち欠けが大きいほど、星は沢山その姿を現してくれる。

「風邪引きますよ」

蝶屋敷の屋根の上でぼうっとその自然を眺めていると柔らかい声がする。顔を向ければ、いつの間にかに隣にいたしのぶさんが私に羽織を持ってきてくれた。月明かりは少ないけれど、目が慣れてきている。

「そんな口開けっ放しで。虫が入ってきても知りませんよ」
「しのぶさん」
「はい」
「星って、いくつあるんですかね」

しのぶさんが持ってきてくれた羽織をありがたく受け取って、私はまたその星空を見上げた。キラキラと眩い光が広がる光景はいつ見ても幻想的だ。

「さあ、どうでしょうか。私は天体には詳しくないもので」
「しのぶさんにもわからないことってあるんですね…」
「またそれですか。専門の知識以外のことはわかりませんよ」

それは、そうなのだけれど。なんとなく、しのぶさんに聞けばなんでもわかると思って色々聞いてしまう。わからない時はこうしてハッキリとわかりませんと言ってくれるけど、その度に同じことを思ってしまう。

「どうかしました？」

優しく包み込むような声色だった。しのぶさんは口角をを少しだけ上げて目を細めながら笑った。
いつも通り仕事も終えて夕食をみんなで食べて、お風呂に入って床についた。目が覚めて朝かと起き上がったけれど日差しは窓から降り注いで来なくて、寝れなくなった私は夜風にあたりにいくことにしたのだ。

「夢を見て」
「夢？」
「でも、あまり覚えてないんです。ふわっとしていて…。ただ、幸せな夢だった気がします」

夢を見ている時って、その時は自分の中で鮮明に描写が浮かんでいるはずなんだけど、起きたらまるで思い出せなくなるのはなんでなんだろう。ああ、しのぶさんは知っているかな。こうしてまたしのぶさんに尋ねてしまいそうになるのが癖になってしまっている。

「不死川さんとの、ですか？」

そう言ってしのぶさんはにこりと微笑んだ。いつも私は不死川さんとの明るくて温かくて幸せな未来を想像している。今のところは私だけの一方的な将来だけど、絶対に叶えたい夢でもある。

「夢みたいにいてくれたら、すごく幸せです」
「そうですね」
「しのぶさんも」

私を救い出してくれた人と、同じ道を歩いていきたい。けど、多分それだけじゃなくて。
小首をかしげるしのぶさんの手に触れた。しのぶさんの手は、いつも優しい。

「しのぶさんは会った時から印象がずっと変わりません」
「……」
「不死川さんは、正直最初は怖かったんですけど…、でも、しのぶさんのところへ連れてきてもらって本当に感謝してます。不死川さんにも、しのぶさんにも」

しのぶさんからしたら、突然の来訪者に戸惑いもあったと思う。怪我人というわけでもなんでもなく、ここで暮らせ、と勝手に連れてこられたようなものだから。
それでも何も言わずにここへ置いてくれたしのぶさんには、感謝しかない。
触れていた手をきゅ、と包み込んだ。この手に引かれてよかった。

「私は、そんなに優しい人間ではありませんよ」

すう、と静かに息を吸い込んだのがそばで伝わった。

「私にとっては優しいですもん」
「まあ、確かに優しいか優しくないかは他人が決めることですね」
「ですよね！」

隊士のみんなも、ちょっと不服ではあるけれど、私が診るよりもしのぶさんに見てもらっている時の方が表情が穏やかなのだ。そばにいてくれるだけで、ああもう自分は大丈夫だ、って、そう思えるような存在。私もそんな人になりたいんだけれど、この独特な雰囲気は真似してできるようなものでもないなと感じてる。
しのぶさんは私が握っていた手を反対に握り返した。包まれている手の温もりが伝わってくる。

「不死川さんには感謝しています」
「？」
「さんをここへ連れてきてくれたこと。さんだって、私にとって温かくて大切な人ですからね」
「……しのぶさん…！」

そんなこと、面と向かって誰かに言ってもらえるなんてなかなかないから。それもしのぶさんのような人に。

「さんから沢山元気をもらっています。隊士のみなさんだって同じですよ。だから、これからも色々と、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ…！」

何かあったわけでもないのにこんな時間にこんな場所で改まって、何をしているんだろう。でも、そんな私に合わせてくれるしのぶさんに甘えてしまう。
もうすっかり眠気が覚めてしまった私にしのぶさんもずっと隣にいてくれて、他愛のない話をしながら二人で星を眺めていた。
そんな眩い星たちの輝きも薄まってきた頃、しのぶさんはまっすぐどこか遠い場所を見つめていた。

「しのぶさん？」
「帰ってきたみたいですね」
「……」

しのぶさんを見つめる先を見ても、私には何もわからない。首を傾げていると、しばらくしたら通りますよ、と微笑んだ。
不思議に思いつつ蝶屋敷の前の通りを見ていると、私の胸を熱くさせるその人は屋根の上にいる私にちら、と視線を運ばせてから何事もなかったかのように歩いていく。

「……えっ、無視しないでください不死川さんおかえりなさい！！」

今日は蝶屋敷の前を通るとは、なんて運がいいんだ。屋根の上から梯子をつたって足早にその人へ駆け寄るとめんどくさそうな顔をされるが気にしない。

「不死川さーん、さんのことよろしくお願いしますね」

屋根の上からしのぶさんの声が届いた。不死川さんにくっつきながらしのぶさんに顔を向けるといつも通りのあの笑顔だった。

「……ですって！不死川さん！嫁ぐことの許可は下りています！」
「都合いい解釈してんじゃねェ」
「今日は怪我ないみたいですね」
「たりめェだ」
「流石！」

今日の私は寝不足なのに、いつもよりとても気分がいい。

この星の下で描く未来

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