千紫万紅

なんとも不甲斐ないことに、風邪を引いてしまった。折角久しぶりに不死川さんがいるところへ要請が入ったというのに。向かっている途中、この頭がくらくらして熱っぽいのは不死川さんに会えるからだろうと浮き足立っていた私は完全に頭が麻痺していたんだと思う。
お酒を飲んだ後のような千鳥足でいたところ、後藤さんに酒でも飲んだかと冗談交じりに言われたのを皮切りに私の意識は遠のいた。

「アオイさん…」
「あ、起きてたんですね」

額が冷たくなる感覚がしてゆっくりと瞼を開いた。氷嚢だった。後ろ姿で何かゴソゴソしているその後ろ姿に声をかけると青い瞳が私を捉えた。

「大丈夫ですか？」
「風邪引きますよってしのぶさんに言われたのに…」
「？」

風邪を引いた原因は絶対にあの時だ。私は隠であるのにこうして自分の体調管理もろくにできず迷惑をかけてしまうなんて。情けない。アオイさんに本当にごめんなさい、と謝るとにこりと微笑んだ。

「私も自分の体調管理ができなくて今のさんと同じような思いをしたことありますよ」
「……しっかりもののアオイさんが…」
「元々何もできないのに、更に何もできなくなったって、結構落ち込みました」

バツが悪そうに笑うアオイさん。私が知るアオイさんはテキパキとなんでもこなす人なのに、そういうこともあったんだ。とても意外。

「安静にしててくださいね」
「はい…」
「風柱様のところへも行かないように」
「…………」
「行ったら移しちゃいますよ」
「絶対行きません」

ふふ、と笑ってアオイさんは道具を持って部屋を出ていった。行く気は勿論なかったけれど。でも、今は絶対屋敷へ帰ってきているはずだから風邪なんかで会えないのが勿体無くてとても歯痒い。どうにか早く、それはもう一日で治らないものなのか…と、私の願い虚しく、次の日には更に熱は上がって、結局一週間くらい私は動けずにいた。会いたいと思ったところで頭が痛すぎて歩くのも一苦労だ。

「会いたいなあ……」

人は弱くなると、寂しくなる生き物で。常日頃から会いたいと思っているのに余計にその思いは増していく。でも会えない。移してしまったら大変だし。安静にしよう。熱も随分下がってきたから明日には完治しているはず。会いたい人のことを思い浮かべながら私は何度目か、眠りについた。

「……」

何かに頬が包み込まれるような気がした。ふんわりとした気持ちになって目覚めると、焦点が定まらない視界の中、何かが離れていった。
まだ頭がぼんやりする。足音が遠ざかっていく音が聞こえて私はその行方を追った。

「……不死川さん！」
「……起きるな」

部屋から出て行こうとするその後ろ姿に私はベッドから飛び起きた。まだ少し怠いけど、だいぶ頭はスッキリしている。夢じゃない。不死川さんはそこにいる。今すぐにでも出ていってしまいそうだけれど。お見舞いに来てくれたのかな。

「私、不死川さんはお見舞いとか絶対来てくれないかと思ってました…」
「通りかかっただけだァ」

そう、だろうけど。実際この一週間来ていなかったわけだから。でもそれでもわざわざこうして私の部屋まで来てくれたことが死ぬほど嬉しい。風邪引いた甲斐があったとさえ思ってしまう。もう二度と引きたくないけど。

「もう行く」
「え、せっかく久しぶりなのにもっと話したいです」
「お前病人だぞ、今すぐ寝ろォ」

襖に手をかけて顔だけこちらを向ける。今すぐにでも出ていってしまいそう。ずっと会いたいと思っていた人が夢でもなくすぐそこにいるのに、なんて無慈悲なことを。

「……手、繋いでくれると早く良くなる気がするんですけど……」

ほら、不死川さんの言う通り私は病人だから。病人らしく、しおらしくそう言ってみた。冗談だけど。でも本当にそうしてくれたらきっと一瞬でよくなると思う。あの温かくて大きいゴツゴツした手に触れたい。治ったらこれでもかというくらい触ることを許してほしい。好きな人には触れたいって思うから。そんな言い訳を考えていれば、はあ、と溜め息を零したのが聞こえた。

「もう来ねえからな」

不死川さんは襖にかけていた手を離して、こちらへ歩みを進めて私の手を取った。ガタッとベッドのすぐそばに置いてある椅子に乱暴に腰掛けた。いつもは温かいと感じるはずの手が、今は冷たくて心地良い。

「だから早く治せ」
「はい…はい…！！」
「だから、起きんな寄ってくんなァ！」

がし、と逆の手で頭を鷲掴みされて布団の中へ沈められた。夢の中へ入るのにいつもより時間がかかってしまったけど、おかげさまで次の日にはもう体調はすっかり回復していた。

---

「あら、見つかってしまったんですか？」
「うるせェ」
「毎日来てたこと言ってしまえばいいのに」
「調子乗るだろ」
「満更でもなさそうに見えますけど」
「うるせェな、もっと大人しく躾けろ」
「拾って来たのは不死川さんじゃないですか」

魔法の手

戻る