千紫万紅

最近の蝶屋敷は静かだ。でも、それならその方がいいに決まっている。賑やかってことはつまり病人が沢山いるということなので、静かであることが平和ということなのだ。

「、頼みがある」
「？」

聞き慣れた声の主は後藤さんだった。隠とは何か、と最初私に説き伏せてくれた人。洗濯物を干し終わってこれからお昼休みだというところ、塗り薬を私に差し出した。

「薬を持っていってくれ、不死川さんに」
「……はい！喜んで！！」

これ以上ないという意気込みの返事をして塗り薬を受け取った。確か後藤さんはこの前不死川さんが討伐しにいった場所の事後処理に向かっていた。もう駆け付けた時には不死川さんはいなかったみたいだけど、その場にいた隊員に聞くところによるとやはり血は流していたらしい。

「あの人、俺らじゃ手当てさせてくれないからな」
「…まあ、確かに……」
「お前ならさせてくれるだろ」
「え？」
「ん？」

いつもいつもいつも、何回言っても、何を言っても不死川さんは手当てを受けずに帰ってくる。たまに蝶屋敷へ私に会いに訪れたのかと思えば薬もらってくぞ、とここで手当てを受けようとはしない。
だから後藤さんは何の話をしているのだか、目をパチクリさせた。

「え、させてくれないの？」
「えっさせてくれませんよ」
「え」
「え」

後藤さんはそんなまさか、とでも言いたげな目をしている。細かい表情は隠れているからわからない。それはお互い様だけど。

「じゃあいいや、俺がなんとかしてこの塗り薬を……」
「いや何言ってるんですか！私が行きます！行かせてくださいお願いします！」

どうやら不死川さんの怪我は結構な深さだったらしい。大丈夫だって言っていたけど見るからに大丈夫ではなさそうで。ただ、鬼にやられたわけではなくその戦い方所以のものだと。
だからしっかり手当てをしたいけどどうせ自分では手当てをさせてくれないだろうからって、私に頼んでくれたらしい。私なら手当てを受けてくれるだろうと、そう期待をもって。しかし残念ながら私も不死川さんの手当てはしたことがないのだ。だって不死川さんがボロボロになったこと、見たことないし。

「手当てできないのならお前に用はないんだけど」
「そんな冷たいこと言わないでください！ちゃんと手当てしてきます！」
「じゃあ、これも持っていってくれ」
「これは？」
「カステラだ。高級の」

さっきから地味に気にはなっていたけど触れなかったそれは町で調達してきたカステラらしい。人気なお店のやつなのかな。包装に金箔が使われていて高価そうだ。

「ありがとうございます！」
「おまえにじゃないぞ。ちなみに高級だからな、高級」
「旦那さんのものなので私のものでもあります！」
「それはガキ大将って言うんだよ。高級なんだからしっかり持ってけよ、あと早めに食べた方がいい」
「はい！」

不死川さんに合法的に会うことができることの嬉しさで、お昼を食べることも忘れて早速私はカステラと塗り薬を持って蝶屋敷を後にした。
不死川さんは自分で薬を貰いにはくるから、きっと自分で手当てはしているんだろうけど、そこは隠の私たちに任せて欲しいところがある。包帯だって自分じゃ綺麗に巻けないだろうし。

「お邪魔しまーす…」

静かなお屋敷に足を踏み入れる。いい匂いがするからきっとここでもそろそろ昼食なのだろう。きっといつもの場所で鍛錬をしているのだろうと思ったけどいなくて、お屋敷の中を彷徨っていると突然襖が開いてひっと声を上げてしまった。

「あ、いた…」
「俺ん家で何でお前に驚かれなきゃなんねェんだ」
「気配がないんですもん」
「あってもわかんねェだろ、」
「……怪我、」
「してねェ」
「え、いやどこからどう見てもしてるじゃないですか！」

部屋から出てきた不死川さんは包帯を身体に巻いているというのに、素っ頓狂なことを。自分で巻いたのかな、多分、いや絶対そうだ。
歩いていく不死川さんの後を追って手を掴んだ。

「薬！持ってきたんです！不死川さんがいつも蝶屋敷から勝手に持っていくのと違うやつです、とてもよく効きます！」
「置いとけ」
「すぐ塗らないとダメですよ」
「うるせェ平気だって言ってんだろォ」

いつもの場所で鍛錬してなかったのは、自分でこの手当てをしていたからだ。全くもってこういうところは強情だ。自分が動けるものならば誰の手も借りようとしない。一体どういう経緯でこんな生き方になってしまったのかわからないけど、わからないからそんなことは知りません。

「でも治りが遅くなります！自分で止血してるからってそれは平気とは言いません」
「……」
「鍛錬も効率よくできません！」
「……」
「今すぐ鬼狩りの指示が入ったら助けられる人も助けられなくなっちゃいます！」

薬で治せるものがあるのなら、それを使わないと。特に誰よりも強い鬼を討伐できるようなこの人たちには、常に健康体であってもらわなくては困るのだ。
不死川さんは私の手を払って塗り薬を奪った。

「あの」
「自分でできる」

不死川さんは近くの部屋に入り腰を下ろして羽織と隊服を脱いでから、おそらく自分で巻いたばかりの包帯をほどき始めた。確かにいつもより傷が深い。また跡が残りそう。
自分で手当てを始める不死川さんの前に座って解かれた包帯を拾い上げる。

「……どうして蝶屋敷で手当てさせてくれないんですか？」
「他の奴らで手一杯だろォ」
「……」

負傷するのは一瞬。でも、治るのは、鬼と違って時間がかかる。だから鬼が沢山でる日が続くと必然とそうなる。間違いではない。だから、自分でできることは自分でする、と。でも、そんなことをしてたら、いつかこの人は…。

「おい」
「…はい」
「返せ、包帯」
「嫌です」

置いていかれたくない。だけど私に鬼を討伐する力はない。だから、不死川さんの手を無視して私はその包帯を不死川さんのお腹周りへ固定するように巻いた。少しでも早くこの傷が治りますように。跡が残りませんように。

「……背中は、傷ないんですね」
「逃げねェからな」

深い傷は腕かお腹か。背中にはまるでない。攻撃を受けた時の反動で背に衝撃を受けた時とか、そういった類の傷だけなのだ。きっと、どんなに強い鬼と対峙した時でも、この先逃げることなんてないのであろう。

「はい、できました。今度から蝶屋敷にちゃんと来てください！」
「気が向いたらなァ」

包帯を巻き終え、服をいつも通りに着直す不死川さん。塗り薬を私に手渡して立ち上がる。私はどうにもすぐ立ち上がれなかった。
気が向いたらじゃ、嫌だ。少しでも怪我したら来て欲しい。自分が大丈夫だと思っていても来て欲しい。もしものことがあったらって考えると怖くて堪らない。そういう世界で生きている人なんだから。

「死なねェから安心しろ」
「え」

はぁ、とため息が降ってきたと思ったら、頭に大きな手がポン、と置かれた。
振り向くと、不死川さんは目を逸らした。

「……」
「……簡単に死んでたまるかってんだよ」
「うわっ！」

頭をぐしゃっと掻き乱されて仰け反った。ボサボサにされた髪の隙間から、行くぞ、と部屋を出ていく不死川さんが見える。
行くってどこへ…なんてことはもうどうだってよく、欲しかった言葉を貰えた私は浮き足立ってその後に続いた。

「待ってください、あ、そうだお土産あるんです！後藤さんからの」
「置いとけ」
「塗り薬みたいに言わないでください！高級なんですってよ、高級。早めに食べたほうが良いって言ってました。あと…」
「まだなんかあんのか」
「私も逃げません」

前を歩く不死川さんの羽織の端を摘んだ。私も、この世界から、そしてあなたから。
私を見下ろす不死川さんに、へらっと笑って見せた。

「早く食べないと、カステラみたいに腐っちゃいます！私、高級ですから！」
「……物じゃねェだろ」

昼食ができましたよ、と声が聞こえた。そこでさっき聞いた行くぞ、という言葉の意味を理解した。私もここでご飯を食べていいってことだ。多分。
その言葉に私も不死川さんも止めていた歩みを再開させた。

「不死川さんのモノですよ！」

あなたがそう言ってくれるのであれば私は物、ではないけれど。
でも、私をあなたが買ってくれたから、今ここにいるのです。

早く捕まえて

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