千紫万紅

朝、不死川さんへ鎹鴉からの指令が入った。その場に居合わせていた私は一緒に朝御飯が食べれると思っていたのに指令が入ったことを恨んだ。

「とっとと片付けちゃってくださいね！」
「あァ」

指令、と言っても緊急でもなく、指令が入った町にいるから夜までに着くようにして討伐しろというもので、ゆっくりはできないながらも途中までは一緒に歩こうと思っておにぎりを手渡したら今その場で食べてくれていた。

「美味しいですか？結構急いで作ったので形が歪んでますが……」
「形なんて腹に入れりゃ同じだろ」

あっという間に平らげてくれた不死川さんの言葉に思わず笑みが溢れる。美味しいですか、の問いに返答はないけれど、それが美味しいということなのだろう。次帰ってくるのはいつかはわからないけど、その時は形も良くしたおにぎりを食べてもらいたい。
小鳥の囀りが響く小道をこうして好きな人と歩く朝、とても気持ちが良い。
次の枝分かれしている道まで行ったら、そろそろ戻らなければいけないのでほんの僅かな時間だけれど。

「……あ、」

その枝分かれをしている道から、でた、と言っては失礼であるけれど、不死川さんといる時に何を考えているのか今一つ感情が読み取れない人に出会うと思わず顔が引きつってしまう。決して私はこの人が嫌いなわけではない。
ただ、私の好きな人が毛嫌いしている人であって、空気が非常にピリつくのだ。
お互い存在に気付き、案の定一瞬で険悪な雰囲気となる。小鳥の囀りもまるで空気を読んだかのようにピタリと止まった。

「不死川もこれからなのか、任務」
「……」
「不死川もこれからなの、」
「うるっせェよ聞こえてんだよォ！」

ひ、と会えばいつもこの調子で喧嘩が始まってしまうから、勘弁して欲しいのだ。不死川さんと冨岡さんのこれに、私は以前仲を取り持とうとしたことがあったけれど、不死川さんに冨岡さんの良いところを伝えても怒るばかりであったのだ。冨岡さんは不死川さんのことを毛嫌いしていないらしいけれど、どうも波長が合わない。
私の力ではどうすることもできなかった。無理だということだけがわかった。
冨岡さんは不死川さんの隣を歩いていた私に気付く。

「は見送りか？」
「はい！嫁なので当然です！」
「そうか、良い身分だな、不死川」
「どういう意味だァ……」
「そのままだ」

多分、冨岡さんに深い意味はない。純粋に私のことを褒めてくれているのだろうけど不死川さんには恐らく見下されているように聞こえるのだろう。どうしてこうも意思の疎通が難しいのだろうか。

「余裕があるんだな、不死川は」
「ああァ！？」
「ああちょっとちょっとここで揉めないでください……！！」

今にも冨岡さんに食ってかかりそうになる不死川さんの腕を掴んでなんとか抑えていただくよう試みる。すると不死川さんは舌打ちをしながらも出した一歩を引っ込めた。

「仲が良くて何よりだと思う」
「るせェんだよてめェは」
「ありがとうございます！」
「お前も調子のんなァ、放せ」
「え～もう……」

ブンッと私を払う不死川さんに私は腕を放してしまう。今一ずっとくっついていられる時とそうでない時の違いを上手く掴めない。不死川さんの気分であったら私にはどうしようもないけれど。

「冨岡さんは今日どちらへ？」
「浅草を通り過ぎた山奥だ」
「あ、じゃあ途中まで不死川さんと一緒なんですね」

自分で言葉にして気付いた。この二人が仲良く一緒に途中まで任務へ行くのだろうか、と。否、あり得ない。不死川さんを見れば、予想通り眉を顰めとても嫌そうな顔を見せていた。

「そうなのか？」
「はい……不死川さんもそっちの方なので……」
「そうか、なら二人で、」
「行ってたまるかァ……！」

地面が唸るような低い声が不死川さんから聞こえた。殺気立っている。仲良くしようと歩み寄ろうとしている冨岡さんに、私は以前自分からぐいぐい行くべきですよ、と助言になっていない助言をしたことがある。口数が少ない人だからその方が伝わる、と。けれども口数はそのままに余計なことばかり中途半端に伝えるようになってしまったのだ。
更に二人が犬猿の仲になってしまったのは私の所為でもある。けれど、取り持つことはもう出来ずにいた。

「俺は不死川の好物も知らないからな、話しながら行こうと思ったのだが」
「……不死川さんが好きなのは、」
「おいてめェ！」
「私です！」

拳を胸の前で握って意気揚々と答えた。冨岡さんは相変わらず表情を変えない。おはぎが好きなことは勿論黙っている。私しか知らないのも特別な気がしたから。

「そうなのか？」
「はい！」
「お前が答えんなァ」

冨岡さんは私の発言を聞いて不死川さんに尋ねたけれど、不死川さんが否定に入る前に冨岡さんに大いに頷いた。これは二人をもうこれ以上喋らせない為でもあるのだ。極力、喋らせてはダメだ。

「では、私はお二人をお見送りするので、どちらか先に、お気を付けて！」

ここでずっと話し込んでいるわけにもいかず、何より重苦しい空気に耐えられなかった私はほんの僅かな時間しか不死川さんといることができなかったけどお見送りの態勢は気持ち的には万全だ。
促す私に冨岡さんはでは、と口を開いた。

「先に行ってくれ」
「誰に指図してんだてめェは」
「では俺が先に行く」
「ざけんな、指図すんなっつっただけだァ、てめェは後からのこのこついてこい」

背中を向ける不死川さんに、やはり一抹の寂しさが募った。歩き出そうとする不死川さんは一度振り返る。まだいってらっしゃいは言ってないのだけれど、もしかしてそれ待ちだろうか、なんて呑気なことを考える余裕は私にもまだあるらしい。

「……いや、」
「？」
「てめェが先に行け」
「？そうか、なら先に行かせてもらう。またな」
「あ、いってらっしゃい……！」

すんなりと不死川さんの言う通りに動く冨岡さんはスタスタと歩いて行ってしまった。背中が小さくなっていく姿を見つめる。
取り残された私は不死川さんが何を思ったのかはわからないけど、二人で入れることに腕にしがみつくと今回は振り解かれなかった。

「しちゃいます？」
「あァ？」
「いってらっしゃいの、チュー……あだっ」

おでこを弾かれた。けれども腕は振り解かれない。どんどん小さくなっていく冨岡さんの背中を見て、もう少しゆっくり歩いてくれてもいいのに、なんて思ってしまうほどにはお見送りの態勢なんてまるで万全ではなかった。

ふたりぼっち

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