千紫万紅

屋敷であの女の子三人組の姿が見えなくて、どこかに行っているのかなと思いながら薬の調合のお手伝いをしていれば、戻りました、と声を揃えた陽気な声が聞こえてきた。
おかえり、と出迎えれば三人が持つ手には今日の夕食に使う具材だけではなく、色とりどりのお花が握られていた。

「あれ、それは？」
「お部屋に飾るんです！」

買い出しをしていた町への道すがら、綺麗に咲き誇るお花畑があったらしい。うきうきしながらそう話していた。その中できよちゃんの手にだけは摘まれた花だけではなく、花冠が握られている。

「可愛いね、それ」
「カナヲさんに贈るんです」

ふふ、ときよちゃんは楽しそうに笑みを零した。
カナヲちゃん。年が近くて、しのぶさんに友達になってあげてくださいね、と言われた為友達のようにそう呼んでいるけれど、いまいち仲良くなりきれていない気がしている。

「あ、カナヲさーん！」

荷物を持つのを手伝いながら厨房へ一緒に歩いていれば、きよちゃんは階段から降りてきたカナヲちゃんへ駆け寄って行った。カナヲちゃんはいつもにこにことしている。とても端正な顔立ちでいつ見ても綺麗なのだけれど、どこか儚さを感じていた。
きよちゃんはカナヲちゃんへ花冠を渡すと、カナヲちゃんは表情を変えずにそれを受け取った。

「カナヲさんにとっても似合うと思ったんです！」

なほちゃん、すみちゃんは先へ厨房へ向かい、私はカナヲちゃんときよちゃんの様子を少し離れた位置から窺っていた。
似合う、と言われてはいるものの、カナヲちゃんは特に何もしようとしない。と思えば、懐から例のあれを取り出し、ピン、と指で弾いて宙へ浮かせた。それを見て私はそのコインを奪うように、横から割って入った。鷲掴みしたので表も裏もない。

「私も似合うと思う！とっても！」

カナヲちゃんから花冠を奪い、その頭に乗せた。お花のような可愛い子だから、似合わないわけがない。
私の言動にカナヲちゃんは少しだけ目を丸くして、私へ手を差し出した。コインを返せということだ。
手の中にあったコインをカナヲちゃんへ返す。

「今度、カナヲさんもさんも、一緒に行きませんか？」

私とカナヲちゃんの一連のやりとりを見ていたきよちゃんがそう声を上げた。
幸い、今は重症の隊士もいなくて時間はあるといえば、ある。私は。カナヲちゃんは、どうだろうか。カナヲちゃんはしのぶさんの下、毎日鍛錬に励んでいる。日輪刀はまだ持っていないにしろ、きっと近々手に入れることになるであろう。
コインを投げるまでもなく断られてしまうのではないか、そんな気がしたけど、カナヲちゃんは口を開いた。

「いいよ」
「本当ですか？やったあ！」

カナヲちゃんは呟きながら、私が先ほど渡したコインを見せた。表だ。私が渡した時に手の平に面していた方が表か裏かどっちかだったら、と何か決めていたのだろうか。話すか話さないか、とかかな。だとしたら、今カナヲちゃんがいいよと肯定してくれたのは、紛れもなくカナヲちゃん自身で決めたことだ。
私はきよちゃんなほちゃんすみちゃんよりも、まだ全然カナヲちゃんのことをわかっていないのかもしれないと、意気揚々とカナヲちゃんの腕に絡むきよちゃんを見て思った。
お夕飯の準備をしなくちゃ、ときよちゃんは元気に厨房へ走っていった。

「……楽しみだね」

一言私がカナヲちゃんへそう話せば、カナヲちゃんはにこ、と微笑んでその場を後にした。難しい。避けられているわけではないから、余計に。どうしたら仲良くなれるのか、心を開いてくれるのか。

「そんなわけで、相談にきたんですけど」
「どんなわけだ、知るかァ」

日中、屋敷の稽古場で鍛錬に励む不死川さんへ差し入れのおはぎを片手に足を運んだ。
汗が滴り落ちる不死川さん、とてもかっこいい。不死川さんは私からおはぎを奪い二口で平らげた。

「どうしたら心を開いてくれますかね」
「無理やりそんなことしなくていいだろォ、別に」

稽古場の壁際に座って休む不死川さんの隣へ私も座る。隙間なく座れば暑苦しいと言われてしまったので仕方なく少しだけ離れた。

「でも仲良くなりたいですし」
「余計なお世話だろ」

しのぶさんは、カナヲは指示されないと何もできない、と言っていた。感情がまるでない、と。少しずつ少しずつ、今のは自分の意思かな、と思うところは節々で垣間見えてきているらしいけど、牛歩並みなようで。

「不死川さんと仲良くなれたからカナヲちゃんとも仲良くなれる気がするんですよね」
「どういう意味だァ」

タオルで顔を拭く不死川さんのくぐもった声が聞こえた。だって不死川さんはほとんどの隊士の皆さんから恐れられているから。それでも私は不死川さんと仲がいい自覚がある。私だけが思っていそうだけど、それはそれでいい。

「お前もあんなんだったろ」
「？」
「来たばっかの頃」

水を飲みながら、不死川さんはぶっきらぼうにそう答えた。それを見て、私は来たばっかの頃、を思い出した。不死川さんが助けてくれて、ここへ連れてきてくれたばかりの頃の私は、ほぼ放心状態だった。自分がなかった。
しのぶさんに言われたことだけを繰り返す毎日だった。ニコニコはしていないけど、確かに、似てるかもそれない、あの頃と。

「何かありゃ変わるだろ、その内」
「何か……」

呟きながら、自分が”何か”があった時のことを思い出す。私は、そう、紛れもないこの人のおかげで変われたのだ。
だったら、そうだ、カナヲちゃんももしかしたらそれで変わるのかもしれない。

「不死川さん！」
「うるっせェ、いきなり耳元で騒ぐな」
「ありがとうございます！さすが私の旦那さん！」

お礼を言って立ち上がり、また来ます、と告げて不死川さんへ背を向けた。そうだ、もしかしたらカナヲちゃんも、私のように変われるのかもしれない。いや、きっと変わる。
蝶屋敷に戻り、カナヲちゃんがいるであろう稽古場へ顔を覗かせると、丁度休憩をしていたようで外への戸のそばで蝶と戯れていた。

「カナヲちゃん！わかったよ！」
「……、」
「好きな人だ！」

突然大声を出しながら近付いた私にカナヲちゃんは口をぎゅっと釣り上げる。恐らく驚いているカナヲちゃんの手をとって、私は顔をずい、と寄せた。

「好きな人ができるとね、変わるんだよ！世界が」
「……」
「色鮮やかになるの！お花畑みたいに！」

助けてくれた時もそうだった。でも、好きになってからは、もっと世界が明るく鮮やかになった。心の中が熱くなって、その人のことしか考えられない時もあって、胸が苦しくなる時もあるけど、そんな毎日が幸せで。
カナヲちゃんの手を握りしめて、だから、好きな人ができたら一番に私に教えてね、なんて纏まりのない言葉を続ければ、カナヲちゃんは私の手を優しく払ってから、コインを投げた。ぽかんと私はそれを見つめていると、カナヲちゃんの元へくるくると舞ったコインが降り立つ。どちらかを確かめた後、カナヲちゃんは口を開いた。

「姉さんと同じこと言ってる」
「……」

姉さん。それは、しのぶさんのことではなく、多分、私は知らない、カナエさんという人のことだ。しのぶさんのことは、師範と呼んでいるからきっとそうだろう。

「……私が例だよ」
「うん、ありがとう」

何を二択にしたのかはわからないけど、ありがとうと、今までそんなことを言われたことがなかったから、社交辞令だったとしてもそれが嬉しくて、私はもう一度カナヲちゃんの手をコインごと握りしめた。

「私、もっと仲良くなりたいな」
「うん」
「これからもっと話しかけてもいい？」
「いいよ」

いつもと同じ表情で、ニコニコと話すけれど、少しだけ、距離が縮んだ気がする。

舞い散る花弁

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