千紫万紅

約束した通り、カナヲちゃんと共に連れられてきたのは色とりどりのお花が一面に咲き誇る花畑だった。寄り道して帰ろう、といつもと違う道を歩いていたら見つけたらしいこの場所に私も目を奪われた。
なほちゃんきよちゃんすみちゃんはわああ、とお花畑の中に入り込む。その姿が可愛らしくて笑みを零せば、さんも早く、と手招きされたのでカナヲちゃんの手をとって私も鮮やかな世界へ入り浸った。

「花冠を作りましょう！」
「私そういうの作ったことないや」

今日も今日とて、きよちゃんは花冠を作りたいらしく、私へ満面の笑みを浮かべた。花冠を今まで作ったことがなかった私はカナヲちゃんもやろうと誘って一緒に輪っかを作り始める。
話しかけ続けて気付いたことだけど、カナヲちゃんは質問をする話しかけ方よりも、一緒にやろう、と手を引っ張る話し方だとコインを投げないことが多い。それだとまだ、自分の気持ちはどこにあるのか不透明なままだけど、今はそれでも少しずつ歩み寄れている気がしたからそれでよかった。
好きな男の子、カナヲちゃんにもきっとできるはず。抜け殻だった私にもできたのだから。

「できた！」
「わあ、素敵です！」

お花を摘んでできた花冠。私が作ったのは折角色とりどりのお花が咲いているからと色んなお花を使ったのだけれど、対してカナヲちゃんが持っているのは作り始めた場所で咲いていたお花で、綺麗な紫色だった。私は今作っている花冠、きよちゃんのように誰かに贈りたいなと思っていたけれど、もしかすると。

「それ、しのぶさんへ？」
「……？」

カナヲちゃんの元へ歩み寄り、尋ねると首を傾げる。そういうつもりはなかったようで。いや、でも、多分心のどこかできっとしのぶさんを思いながら作っていたに違いない。

「しのぶさん喜ぶよ！渡したらいいと思うよ！」

姉妹のような関係だから、きっとしのぶさんはカナヲちゃんからそれを受け取ったら喜ぶだろう。カナヲちゃんは特にコインは投げずに瞬きを繰り返している。渡すか渡さないかは、カナヲちゃんが決めることだけどでも、きっと渡すだろう。
そうなると私が作ったこの花冠の行き先がなくなってしまうけど、部屋に綺麗に飾っておくことにしよう。

「さんは風柱様に贈るのですか？」
「え？」
「わあ、喜んでくださると思います！」
「はい！絶対に！」
「さんからですもん！」

頭の中で、全く考えていなかったことをきよちゃんに言われ、思わず三人の勢いに固まった。
思いびとに贈り物、素敵ですう、なんて年頃の女の子らしくうっとりとしているけれど、私は不死川さんへこの花冠を渡すつもりなど更々なかった。

「いやあ、流石に花冠は……」
「でもこんなに可愛いんですよ？」

私が持つ花冠にきよちゃんは顔を寄せて匂いを確かめる。花特有の甘くて温かい匂い。花冠は、可愛い。本当にそう思う。カナヲちゃんのように綺麗に整ったものではないけど、私も結構上手くできたと思う。

「カ、カナヲちゃんはどう思う？」

なぜか咄嗟に成り行きを見据えているカナヲちゃんへ意見を求めた。コインを放るだろうか。けれどカナヲちゃんは特に何もせず、ニコニコと笑顔を向けるだけだった。

「やっぱり！カナヲさんもそう思いますよね！」
「え、そうなの？」

でも、コイントスをしなかったということはそういうことなのだろうか。そんな、都合よく捉えてもいいのかな、なんて思いながらも段々と私もそこまで言われてしまえば不死川さんへ贈ろうかな、と思い始めていた。

日が沈む前の夕暮れ時、不死川さんのお屋敷へ行けば、任務ではないけど昼頃に屋敷を出たと伊代さんが言っていた。
任務ではないからその内帰ってくると思い、中で入って待っていたらどうですかとも提案されたけど、たまにはこうして外でお出迎えをしたいなと思って屋敷の前で待っていた。
手にしている花冠の匂いをすん、と吸い込むと、心がなんだか落ち着く。カナヲちゃんとも少し仲良くなれた気がするから、その報告もしよう。
俯いて待っていると、夕焼けに伸びた影が足元を覆った。

「おかえりなさい！」
「……」

日が暮れる前に帰ってきた不死川さん。足音が全然しなくて気付かなかった。
不死川さんは私と、私が手にする花冠を交互に見比べて、眉間に皺を寄せた。

「仕事してんのかてめェは」
「してます！暇をいただいたんです！今結構暇です！ありがたいことに！」

蝶屋敷は暇であれば暇であるほど、平和なのだ。重症の隊士がいないということなので。その分しのぶさんのお手伝いも勿論増えるけれど、それでも怪我人がほとんどいないということは心穏やかになる。
はん、と興味なさげに息を漏らして不死川さんは屋敷へ入っていく。

「どこ行ってたんですか？」
「稽古だ、稽古。柱同士で」
「誰とですか？」
「宇髄。一々聞いてくんな」
「だって答えてくれるじゃないですか」

私も不死川さんの後を追いながら屋敷へお邪魔する。出迎える伊代さんへ羽織を渡して廊下を歩く大きい後ろ姿。その後ろ姿へ、目一杯手を伸ばして私はとあることをしようとすれば、パシッと腕を掴まれてしまった。

「なんの真似だァ」
「いやあ、似合うかなーと思って」

えへへ、と零しながらもそーっと目を逸らした。失敗。というか、できるわけなかった。後ろから伸びてくる気配に気付かないわけがない。
そのふわふわな髪の毛へ花冠をのせようとした計画は失敗。成功するだなんて思ってはいなかったけど。
お部屋に飾ってくれるだけでも私は嬉しいんだけどな、と、申し出ようとした時、不死川さんは私の手から花冠を取り上げた。

「えっ」
「お前の方が似合うだろォ」

もらってくれるのかと思ったら、そうではなかった。取り上げた花冠を不死川さんはぽん、と私の頭に乗せた。そして何事もなかったかのようにまた背を向けて長い長い廊下を歩いていく。
幾らか呆然としていた私は慌てて花冠を抑えながら不死川さんの後を追いかける。

「に、似合いますか？」
「それなりになァ」

随分と興味はなさそうな物言いだけれど、あまりそういうことを不死川さんは普段言わないので、自分でもわかるくらいにだらしなく頬が緩んでしまう。
花冠を落ちないように片手はそのままで、空いてる手で不死川さんの腕へ纏わりついた。

「そうそう、カナヲちゃんも一緒に行ったんですよ」
「どうでもいい」
「カナヲちゃん器用なんですよ。私のこれより綺麗なの作ってて。あ、でもお花が統一されてたからっていうのもあるのかな！綺麗な紫だったんですよ。しのぶさんにぴったりだなって思って」
「……」
「あれも綺麗だったなあ、大人の女性、みたいな。私もああいう落ち着いた色が似合うようになりたいです」
「お前はそっちのが似合うだろ」

今日あったことを報告のようにつらつらと私情も混ぜて話していれば、放たれた一言に顔を見上げた。
目を丸くしながら不死川さんを見据える私に気付いた後、不死川さんは目を逸らした。

「喧しい色がぴったりだと思っただけだからな」
「……はい！」

めんどくさそうに、何でも似合うと言っているわけではなかったことに胸がいっぱいになって、ぎゅっと絡ませている腕へ力を込めた。

「不死川さんも今度一緒に行きましょう」
「行かねえェよ」
「すぐそこですよ、すぐそこ」
「一人で行ってろォ」
「じゃあ代わりに結婚してください」
「うるせェ」

もしかしたら、あの鮮やかなお花畑を見て、不死川さんは私のようだと言ってくれるかもしれないと、そう期待してもいいのではないかと胸を膨らませた。

貴方色

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