千紫万紅

空気が澄んでいて、とてもいい天気だ。絶好のおやすみ日和といいますか。甘露寺さんと無一郎くんが私の非番の日に時間をあけてくれて、ついに待ち望んでいたこの日がやってきた。

「不死川さん、おはようございます！私今日、大人になって帰ってきます！」
「ハァ…？」

町へ出かける前に、綺麗、というか必要最低限のものしか置いていなくて簡素で広々としたお屋敷へ足を踏み入れた。私がここへ住むようになったら、お花を沢山飾りたいなあ。季節によってお屋敷の色が変わるの、とても素敵だと思うんだけど、どうかな。なんて。
朝から太陽の下、鍛錬をしていた不死川さんへ区切りのいいところで声をかけた。いるのは気付いていたと思うけど。朝日が眩しい、いや、不死川さんが眩しいのだ。

「あらさん、朝食お召し上がりになりますか？」
「おはようございます！食べてきたので大丈夫です、ありがとうございます」

不死川さんが柱になってからこのお屋敷で仕えているらしい伊代さん。多分、お母さんくらいの年齢だ。聞いたことはないけど。女性の年齢を聞くのなんていついかなる時代でも許されまい。食事を並べている伊代さんに頭を下げた。とてもいい匂いがする。私もこのくらい美味しそうなご飯を作れるようになりたい。

「甘露寺さんと無一郎くんとでかけてくるんです」
「甘露寺と時透？」
「はい！」

私には到底真似できないであろう鍛錬をしていたはずが一切息も切らさず汗もない。この人にそんな芸当をさせることができるのは同じく柱の方々くらいであろう。そんな柱二人と私が仲良く町へ行くなんて、昔の私に伝えたらきっと驚くだろうな。ほぼ蝶屋敷に引き篭もっていたから。引き籠もらなくなったのは他でもない、この人に会う為に屋敷の外を彷徨くようになったから。

「仲がよろしいのですねえ」
「無一郎くんとは親友です！」
「一方的な、だろォが」
「そんなことないです～！」

全く、同じことを言うんだから。無一郎くんは親友で不死川さんは私の旦那さん……、今のところ後者は未来の、がつくけれども。
甘露寺さんは、柱なのだけれどなんだか雰囲気が柔らかくて勝手に自分のお姉さんのように見ている。勝手に、だけど。
不死川さんは部屋に上がり用意された朝食に手をつけ始めた。

「二人とも、私の話をちゃんと聞いてくれるんです。私が最初に会ったのは不死川さんだから、柱のみなさんってみんなこういう人なのかなって思ってたんですけど…」
「どういう意味だァ」
「みなさん暖かい人ばかりで、すごく幸せです。毎日」

隣に座ってペラペラと喋りだす私を不死川さんは横目で見ている。みなさん、の中には勿論不死川さんも入っている。最初の印象は見たまま"怖い"だったけど。

「甘露寺さんが私の話を聞いてくれて、町へいこうって、それにお言葉に甘えて。私が二人と一緒にでかけられるなんておこがましいけど…」

きっと、こんな機会はそうそうないと思うから。優しくしてくれるけど、貴重な時間をわざわざ私の為に割いている。

「別におこがましくねェだろ」
「…………」
「あいつらもお前もたまにくらい鬼のことなんざ忘れちまえばいい」

私の方は一切見ずに、そう私にポソリと呟くように伝えてから綺麗に焼けた魚にお箸を伸ばした。
伊代さんはニコニコしながらお茶を注いでいる。
ほら、やっぱり。こんなにもこの人は優しいのに。それを周りに詳しく教えない私、なんて小さいのだろう。こういうことができる人が大人、って言うんだろうか。

「……不死川さん」
「……」
「……それなら、たまには鬼のことなんて忘れて私とけっ、」
「しねェ、さっさと行け」
「まあまあ」

まだ最後まで言ってないのに。伊代さんは私と不死川さんのやり取りをいつも一歩引きながら、だけど楽しそうに見ている。

「…あ、見てください簪！似合ってますか？」

言われた通り、そろそろ行こうと立ち上がって思い出した。今日している簪は、前に不死川さんから貰ったものなのだ。私のとても大事な宝物。鮮やかに色んな色のお花が散りばめられたやつ。つけているだけでとても華やかな気分になる。
不死川さんに簪を見せるよう顔だけ少し後ろを向く。小さいため息が聞こえた。

「自分が似合ってると思ってんならそれでいいだろ、俺に聞くんじゃねェ」
「……はい！不死川さんの言う通り、とてもとても似合ってますよね！」

都合よく捉えて、変換する。こうして不死川さんの呆れ具合は日に日に増していくのだろうけど、幸せだからそれでいいのです。
でも、見た目だけでも大人に近付けるように。

「いってきます！」

とある日の朝

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