千紫万紅

「さん」
「？」

不死川さんのお屋敷を出ようとしたところ、呼び止められた。伊代さんだ。
ちょいちょい、と手招きをされてさっき不死川さんに見せた簪をするっと抜かれてしまった。

「髪、纏めなおしてもよろしいですか？」
「あ、ありがとうございます…！」

伊代さんは持っていたクシで私の髪を梳かす。さっき私が不死川さんに自慢げに見せた時、あまり上手く纏められていなかったらしい。恥ずかしい。

「不死川様が仰ったのですよ、乱れてたから綺麗にしてやってくれ、と」
「……えっ」
「この事は不死川様には内緒ですよ」
「は、はい！絶対！」

そんな、まさか、不死川さんが。うわあ、胸がドキドキする。ちゃんと見ていてくれていたのが嬉しい。
不死川さんは大家族の長男であって、妹さんのこういうところもよく面倒見てあげていたのかもしれない。あれ、でもそれって……。

「お兄様のようですね」
「いっ、伊代さんそれは私の心を抉ります…」
「あら、失礼しました。ではとっておきの事をお伝えしますね」

あっという間に髪を纏めなおしてくれて伊代さんは私の耳元に顔を寄せた。
耳打ちしてくれたことに心を踊らせて、今度こそ私は出発した。

＊＊＊

まるで自分ではないみたいだった。
ここよ、と連れてこられたお店は普段の私では絶対に着れる、いや触れることすらできないような着物がズラリと並んでいた。さすが柱。
どうやら甘露寺さんはこのお店によく来るみたいで、柱と言えど年相応にオシャレを楽しんでいるようで。鬼のことなんか忘れて、というのはこういうことなのかもしれない。

「無一郎くんが選んでくれたのがバッチリだったわねえ！」
「ありがとうございます…なんか恥ずかしい……」
「お客様、お化粧がとてもよく映えるお顔立ちしてらっしゃるので印象が変わりますねえ」
「うんうん、大人っぽくなったわよね、ね！無一郎くん！」
「はあ、まあ」

鏡に映る自分は、華やかな着物に包まれてお化粧も丁寧に施してもらって、言葉通り大人になったような、そんな感覚だった。
甘露寺さんが無一郎くんを誘ったのは、男の子から見た私に似合う着物、を選ばせる為だったらしい。
じゃあこれ、とあっさり決められたような気もしたけど、私の中では結構気に入ってしまった。

「ちゃんがつけている簪ともぴったりねえ！」
「ほんとですか！これ、不死川さんから貰ったんです！」
「え、不死川さんが？」
「はい！」

私を見てきゃあきゃあ声を上げて楽しんでいた甘露寺さんと窓の外から恐らく雲を眺めていた無一郎くんが二人で顔を見合わせた。
……何か変なこと言ったかな……。

「意外な一面だわ……」
「え、え、キュンキュンしないでください！」

ポーッとする甘露寺さんを制した。危ない、本当に危ない。甘露寺さんは鬼殺隊に添い遂げる殿方様を見つける為に入った、と。柱は強いけど出会うことは難しいから、自分で柱になる、と。
そう思うと、柱でもなんでもない私がこの人たちと今こうしていれるのは、本当に贅沢な話だ。

「だっ大丈夫よ！私、ちゃんのこと応援してるんだから！この着物買います！」
「お買い上げありがとうございます」
「ええ！いいんですか、自分で…」
「いいのいいの！私がそうしたいの！」

自分で払うには、すごい出費にはなるけど、でもこうした華やかな着物は持っていなかったから欲しいことに変わりはなかったのだ。だからこの機会に自分で買おうと思っていたけど、甘露寺さんはお会計を済ませてしまった。

「ちゃんは、恋をしてから変わったわよね」
「……そうですか？」

お店を出てから、お腹が空いちゃったという甘露寺さんに付き合う形で茶屋に入った。何個目だかわからない桜餅を頬張った後、私に微笑んだ。

「うん、大人しい子かと思ってたけど、本当はすごく明るい子だったなんて、びっくりしちゃった」

確かに、蝶屋敷で最初甘露寺さんに会った時は、とんでもなく事務的に働いていたと思う。こんなにかわいい人も鬼殺隊にいるんだ…くらいは思っていたけれど、どこか心に穴が空いたまま過ごしていたと思う。

「そんなにやばい人だったんですか」
「ちょ、やばくはないよ！多分…」

無一郎くんは、不死川さんと同じくあまり蝶屋敷に顔を出すタイプではないしそもそも怪我自体そんなにしないから、私が無一郎くんと出会った時は、すでに不死川さんのことが好きになった後なのだ。
怪訝な顔をする無一郎くん。いやいやそんなに変な人だったわけじゃないですからね。

「と～っても暗かったのよ！でも、やっぱり恋はすごいわあ！無一郎くんは、好きな女の子いないの？」
「好きな女の子…」

突如話を自分に振られて、一度悩みだした。あれ、すっぱり”いない”とか”興味ない”とか言うと思ったのに、どうやら違うみたい。ちょっと、いや大分気になる。興味津々な私を余所に、首を傾げた後、表情は変えないまま私を見た。瞳が綺麗だ……。

「……好きって、どういう感情なの？」
「……え」
「どうなれば”好き”なの？」
「……な、なんだろう…」
「わからないのに”好き”なの？」

好き、とは何か。私も、人を初めて好きになった相手が不死川さんだから、なんというか、こういうことが好きっていうことなんだよ、と正確なことが言えない。曖昧になってしまう。

「グワァ～！って、感じよ！！」
「「…？」」
「運動したわけじゃないのに胸がドキドキして、体が熱くなって、その人のこと見る度にキュンキュンしたら、それが恋なの！！」
「「……」」

桜餅を一体何個頬張ったのか、お店の人が他のお客さんに今日は売り切れで…と断る声が聞こえた。甘露寺さんは、とても楽しそうだ。というか、興奮しているようだった。擬態語ばかりで伝わっているのだろうか。無一郎くんを見れば、目をパチクリさせていた。うん、やっぱりそうだよね。私も一緒だよそれは。

「この人の為に頑張りたいとか、今日のちゃんみたいに大人になりたいだとか、そういうのがあればもうそれは恋ね！」
「ふーん……」

顎に手を当てて、少し考え込んでいた。山で暮らしていた、って、言っていたっけ。女の子を好きになったり、しなかったのかなって思ったけどすぐに考えを改めた。私は人のことが言える立場じゃないんだ。私だって好きな人ができたのはここへ来てからなんだ。

「……見た目を変えるのっていいことなの？」
「？」
「今の、いつもより年齢は高く見えるけどなんか別人だし」
「……」
「それで好きになってもらって嬉しいの？」

特に、深い意味はないんだと思う。人を好きになった人が、好きな人に対してする行動に素直に疑問に思ったんだと思う。だけど、その言葉は浮かれていた私の頭を冷ますのに十分だった。

誰の為に

戻る