千紫万紅

昼間、あれほど天気が良かったから夜も雲一つなく満天の星が広がる。
蝶屋敷に飛ぶ蝶の羽が月明かりに照らされてとても綺麗だ。いつもこの風景を見ているから、不死川さんのお屋敷は本当に寂しくて。
……バレないように今度お花植えちゃおうかな。

「あら？」
「あ……ただいま、戻りました」
「…………ああ！さんでしたか」

すごい間があった。できれば私は甘露寺さんと無一郎くん以外にはもう誰にも見られたくなかった。蝶屋敷に帰って用意してくれた自室に戻ろうとしたところ、バッタリ出くわしてしまった。
負傷中の隊士の薬が効いているか様子を見ていたところらしい。

「いつもの隠の服じゃないだけで印象変わりますね」
「…着物とお化粧のおかげですね……」
「とても綺麗ですよ」
「ありがとうございます」

できるなら、私もしのぶさんみたいに大人びた化粧をしなくても綺麗でいたかった。勿論両親に怒りの矛先がいくとか、そういうことでは全くないのだけれど。けど、こうもみんなから美人だ美人だ言われている人を見るとそう思ってしまう。私もああなりたいなって。

「…元気ないですね？」
「そんなことないです！大丈夫です。あ、これお土産です」

町で買ったそれを渡して、私は自室に逃げ込んだ。

ーーそれで好きになってもらって嬉しいの？ーー

昼間言われた言葉が脳内に響いてこだまする。好きになってくれたら、嬉しい。嬉しいはずなのに、確かにそれは私であって私でないのだ。着物だって一人でこんなに綺麗な、どうなっているのかわからない帯も結べないし、化粧もきっとこんなにうまくはできない。一夜限りの自分なのだ。自分の力でもなんでもない。
もしも、私への印象が変わったとしても一夜限りだ。

「……子供だな、私」

町で買ったもう一つのお土産を持って、私は不死川さんのもとへ向かった。今日は任務はないはず。伊代さんは住み込みで働いているわけではないから多分もういない時間だけど、不死川さんはまだ寝ていないはず。きっと任務がなくとも鍛錬しているだろう。

「お邪魔しまーす！」

やっぱりだ。不死川さんは中庭にひょっこり現れた私をちら、と見るなり鍛錬を続けた。特に何も言うことはないらしい。いつも通りだ。
縁側で腰をかけて、その姿をじっと見ていた。好きになると、何をしていてもかっこいいと思うようになる。

「懲りねェなお前も」
「お土産をお持ちしました！」

懲りるって、ここに来ることでしょうか。時間がある限りここにきますよ私は。だってあなたが好きで好きで仕方がないから。会えるときに会っていたいから。
呆れながらも膝の上に置いていたお土産を見せると不死川さんはこちらまで歩いてきて隣に座る。

「じゃーん！伊代さんから教えてもらいました！」

箱を開けると、甘い香ばしい匂いが鼻を掠める。伊代さんが今朝私に耳打ちしてくれたのは、このこと。

「ここのおはぎが好きだ、って！」
「あのババア…」

おはぎが好きなことは知っていたけど、どこのお店が、というのは知らなくて。このお屋敷で出るおはぎは伊代さんが作るものがほとんどだけれど、不死川さんが好き好んで食べるのは決まってこのお店のだとか。もち米がこのお店のはどうどか、そういう話だった気がする。
悪態を吐きながらも不死川さんは箱の中身に手を伸ばして頬張った。
夜風が気持ちいい。隣には好きな人がいて、とても幸せだ。

「……なんだァ」
「あ、いや…、月が綺麗ですね！」
「………」

じいっと不死川さんを見ていると目が合った。なぜか照れ臭くなって月を指差した。綺麗な三日月。月は、欠けててもとても綺麗。視線を不死川さんに戻すと、また目が合った。どうやら私が指差した月は見ていなかったらしい。

「なんかあったのか」
「え」
「ちげェだろ、いつもと」

驚いた。しのぶさんにも言われたけど、どうしてわかるのだろうか。何かは、あった。でも、多分人に話すほどのことでもなくて。

「ど、どの辺が違いますか？」
「……雰囲気」
「ふわっとしている…！」
「そう思ったんだよォ、ちげェなら別にそれでいい！」
「あ、おはぎ美味しい！本当だなんかもち米の食感が新鮮…」
「てめっ、それ土産だろォがァ！」

三つ入っていて、一つを私も口に運んでみた。ううん、とても美味しい。伊代さんが作るおはぎも美味しいけど、初めて食べる味だ。これは確かに忘れられない味になる。私が買いに行ったのは昼過ぎだったけど、もう売り切れ間近だったのも頷ける。

「美味しいですね！」
「お前も食うのかよ…」
「一人で食べるより二人で食べたほうが美味しいんですよ」
「知ってる」
「……」

もう一つは、伊代さんの分として買ったものだから、それを察してか不死川さんはもう一つには手をつけない。
やっぱり、誰かに見繕ってもらった自分より、こうして自然体でいる自分を好きになってほしい。愛してほしい。

「いつかは三人で食べたいですね！」
「伊代とな」
「伊代さん入れたら四人ですね、早く嫁がせてください！」
「諦めろォ」
「あ、抹茶飲みます？」
「飲む」
「はーい！」

今日、数時間だけ大人になれた私は胸の中に閉まっておこう。あの私を目標に、自分を磨いていくのだ。
甘露寺さん、無一郎くん、ありがとう。私、自分の力で振り向いて貰えるように頑張ってみます。気付かせてくれたから、今度お礼にいかないと。

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「えええ～！！見てないんですか？と～っても可愛らしかったんですよ～！ね、無一郎くん！」
「はあ、まあ」
「ちゃんと男の子が見て可愛い、って思うのを着せたんですよ！お化粧もして！ね、無一郎くん！」
「はあ、まあ」
「気になりますか？気になりますよね、ね！」
「……興味ねェよ」
「ありそう…」
「るっせェよ！」
「……不死川はのことが好きなのか」
「てめェは入ってくんなァ！」

いつもの自分で勝負します

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