千紫万紅

「おい、そこの犬」
「…………？」

少し離れた町での仕事が入った。でも、誰も最悪の事態にはなっていなくてよかった。隊員の傷の手当てをしているところ、どこからか聞いたことのある声がした。声の主は、今手当てを終わらせたこの人のものではない。周りを見渡してもそれらしき姿はなく二人で顔を見合わせた。そもそも近くに犬もいないのだけれど…。

「先日のことだが」
「うわあ！」

突然真横にどこからか降り立ってきたのは、縦縞の羽織が印象的な伊黒さんだった。びっくりした……。

「お、お疲れ様です伊黒さん……怪我はないですか？」
「あるわけない。隊員が苦戦しているというから来たんだ」
「ですよね……」

今手当てを終えた隊員から聞いたけど、複数人で夜明けまでの持久戦になるかと苦戦を強いられていたところ、伊黒さんが来て一瞬で片付いたらしい。伊黒さんの首に巻きついている鏑丸くんに手を伸ばすと指に鼻をつん、とあてられた。蛇を可愛いと思うなんて人生で経験するとは思わなかったことだ。

「あれ、というか犬とは…」
「お前のことに決まってるだろ、自覚がないのか不死川の犬」
「犬じゃなくて奥さんです」
「そんなことはどうでもいい。先日お前、甘露寺と出かけたらしいな」
「あ、はい！甘露寺さんと無一郎く、」
「甘露寺に贈り物を贈ろうと思うのだが、甘露寺の好きなものがわからない」

言い終わらないうちに遮られた。
伊黒さんは、きっと甘露寺さんのことが好きなのだろう。好きなんですか？って聞いたら、肯定はしないけど否定もしたことはない。頑なに口を閉ざすのだ。私にはどうして好きだと告げないのか理由はわからないけど、きっと色々事情があるのかな。それとも、ただウブなだけとか…いや、でも伊黒さんは確か不死川さんと同じ歳…、

「で？」
「はい？」
「甘露寺は何が好きなんだ。一緒に出かけたならそれくらいわかるだろう」
「え、でも伊黒さん、甘露寺さんと文通してるんじゃ…」
「つべこべ言うな、聞かれたことだけに答えろ今すぐに」

ずい、と顔の間近で指をさされてたじろぐ。こ、怖い。でもきっと甘露寺さんはこういうところを見ても"素敵だわ"ってキュンキュンするんだと思う。
そんな甘露寺さんが好きなもの。うーん、食べ物じゃなくて、ってことだよね。着物を楽しそうに見ていたからそういうお洒落が好きなんだとは思うけど、着物か……。

「あ」
「なんだ」
「靴下！靴下を贈りましょう！」

甘露寺さんの場合、きっと何を渡しても喜んでくれるとは思うけど、着物よりかは靴下の方が贈り物のハードルが下がりそう。それに甘露寺さんの隊服って露出が多いからこう、あんまり足を出さないように、なそういう意味を込めて……って思ったんだけど。

「もらって嬉しいものなのかそれは」
「嬉しいと思います！とても！」
「わかった」

一言そう言うと、また一瞬で伊黒さんは目の前からいなくなってしまった。早い。
にしても、贈り物、贈り物かあ…。
私も不死川さんに何か贈り物したいな。そう、私は犬ではなくて奥さんなのだ。自称だけど。
いつも汗水流して人の為に刀を振るう旦那さんの為に、何か贈り物をしよう、それが奥さんというものだ。多分。

「不死川さんおかえりなさい！3日ぶりですね、寂しかっあうっ」

藤の花の家紋の家で休んでから、夜が明けて町をうろうろとしてから帰った。しのぶさんに頼まれていたお使いもあったのでちょうど良かった。言われた通りのものを蝶屋敷へ届けてとあることをしてから不死川さんのお屋敷へ行くと、向かいから歩いてくる不死川さんを発見。
見かけるなり走り出して飛びつこうとすれば頭を抑えられた。無念。

「任務帰りですよね？お疲れ様です。ご飯にします？お風呂にします？それともわ・た・…」
「今すぐ帰れェ」
「来たばっかり、というかお屋敷にもまだ入ってません！」

めげずに不死川さんの周りをうろちょろして一緒にお屋敷まで歩く。……は、こういうところが犬と思われる所以だろうか。うろちょろするのはやめて大人しく隣を歩いた。

「私って犬っぽいですかね」
「何の話だ」
「伊黒さんに言われました。不死川さんの犬、って。私は奥さんなのに」
「ちげェだろ」
「ですよね！私は奥さんですもんね！！」
「そっちじゃねェ！」

いいんですいいんです、きっとその内奥さんになるので今はあなたが何と言おうと。
ふふ、と腕に纏わりついても、言葉は乱暴だけど振り解かれたりはしない。まあ、これもめんどくさいからそのままという線が濃厚なのだけれど。

「あ、そうだ！」
「なんだ」

不死川さんに会えたことですっかり頭から抜けていた。一度不死川さんから離れて町で見つけたものを懐から取り出した。

「私も好きな人に贈り物したいなって思って、はいこれどうぞ」
「なんだこれ」
「お守りです！手作りなのでとても縁起がいいはずです！」

差し出したそれは、お守り。町で見つけた小さい布切れと紐を、さっき蝶屋敷へ帰ってから縫い合わせて作ったもの。

「この色、不死川さんにぴったりだなって思って」

選んだ布の色は黄緑。一眼見た瞬間にこれだ、と手にした。お守りらしい柄物とか色々あったけど、これが一番ぴったりだと思った。
値段を考えたら大した額ではないけれど、私の気持ちはふんだんに入れ込んである。

「なんか入ってんな…」
「私の気持ちが入ってます！見ちゃダメですよ！」

私の手の平からそれを受け取ってくれた不死川さんはお守りの中身に感触で気付き開こうとした。ダメダメ、お守りの中身を見るなんてご法度です。

「不死川さんが、もうダメだ！お前がいないと生きていけない！ってなった時は開いてもいいですよ！」
「なら一生お蔵入りだなァ」
「ええ…」

不貞腐れる私を他所に不死川さんはそのお守りを懐にしまった。持っててくれるんだ。正直、貰ってくれるか不安なところはあったのだ。お守りなんざいらねェ、と言われてしまうのも覚悟していた。
再び不死川さんの腕に密着すれば、鬱陶しそうにしながらもそのまま歩いてくれる。

「何ニヤついてんだ、気持ち悪ィ」
「人は幸せだとこうなるんですー！」

だって、これはもうどこからどう見ても夫婦じゃないですか。あ、伊黒さんに見ててほしかった。

お手製まもりがみ

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