短編



救援に駆けつけてくれた伊黒さんが相変わらずネチネチと先ほどまでの私の戦い方の反省を嫌味ったらしく告げるのにはい、はい、と頷いていた。最初は柱と共闘する機会なんて滅多にないものだからそれはもう真摯に受け止めていたのだけれど、あまりにも長い。しかしその助言が的確なだけに何も言えまい。

「それで?」
「はい?」
「上手くやれているのか」

その助言もやっと一区切りついたところで隣を歩く伊黒さんは話を切り出した。上手くやれているか……一体何の話なのかと首を傾げると、伊黒さんは私を横目で見た。

「なに、」
「時透」

静かにそう告げられた一言に、私の顔は見る見るうちに顔に熱が集中していった。歩みを止めてわなわなと震える私を他所に、置いてくぞ、と先を歩く伊黒さんを追いかける。

「いや、なんのことですか!」
「あれほどわかりやすく態度に出ているのにバレていないと思っていることが疑問だな。隠したいのであればそれなりに擬態しろ」
「そんなことを言われても……ていうか、そういうのじゃないですから!」
「”そんなことを言われても”と言った時点で肯定しているだろ。お前は時透と会うときだけやけに大人ぶっているが逆にこちらから見たら挙動不審なだけだ」

何を…、と、言い返すことができなかった。伊黒さんの言う通り、私はかなり無一郎君のことを意識している。昔から。
昔から、というのは私と無一郎くんは所謂幼馴染なのだ。突然私の前からいなくなってしまったあの日から、彼らを襲った鬼を許せずに、私は追うように鬼殺隊に入りまた彼に会いたいという思いで刀を振るい続けた。
いつも私の後ろをついて回っていたあの子が、一人でいつ死んでもおかしくないこの世界にいることが心配で心配で堪らなかった。

「大人ぶってるっていうか、大人ですし」
「そう見せたいだけだろう」

久しぶりに会えたその子は、随分と逞しくなっていた。私の後ろをついてきていたあの子はもういなくて。それがかっこいいと思ってしまったくらいで。そんなこと、今まで思ったこと一度もなかったのに。可愛い弟のように見ていたあの子はもういなかった。
私がもう死んでしまうだろうという絶体絶命の窮地に助けられたことも相まってか、持ち合わせてはいけない感情をを持ってしまったのだ。
だから、伊黒さんのいう通り私はこの気持ちを心の奥底にしまいこんで大人ぶった態度を見せていた。伊黒さんが言っていることは何も間違ってはいない。本当そんなところまでよく見てくれている。

「噂をすれば」
「?」

屋敷まであと少しの道。目の前の枝分かれしている道から見えてきたのは銀子ちゃんと仲睦まじげに歩く無一郎くんだった。ああ、そうそうああやってよく笑っていたんだ。最初、無一郎くんと話しかけた時に、誰?と言われた時は結構心にグサリときたなあ。今は思い出してくれているけど、ずっとこのままだったらどうしようかと思った。でも、その方が私にとっては好都合だったのかもしれない、なんて。

「お疲れ様です」
「ああお疲れ」

一月ぶりくらいに見たかな、無一郎くんのこと。少しだけ身長が伸びている気がする。伊黒さんに挨拶をする無一郎くん。記憶が戻ってからは、本当に表情が柔らかくなった気がする。

「無一郎くんも任務帰り?」
「うん、も?」
「うん。伊黒さんに救援来てもらっちゃったけど…」
「怪我あるの?」
「ちょっとだけね。だから一度蝶屋敷で休む予定」

怪我がなければ、私は伊黒さんと一緒にこの屋敷までの道を歩いていない。だから、今無一郎くんに会えてほんの少しだけ怪我したことに感謝してしまった自分が情けない。

「大丈夫?」
「心配してくれるの?ありがとう」
「……」

会えなくなる前は私よりも身長は低かった。それが、こうして隣を歩いていると私が若干見上げるまでになってしまった。まだ大きくなるんだろうな。今でさえ私は年甲斐もなく無一郎くんに胸の鼓動を抑えるのが必死なのだけれど、数年後を考えると楽しみでもあり怖くもあった。
お礼を言う私に無一郎くんが少し不服そうな表情を見せたのが視界の隅に映った。

「子供扱い」
「え」
「どうしていつも子供扱いするわけ?身長だってより高いし実力だってあるのに」

怒っているような寂しいような、そんな声色だった。私が大人ぶって接しているのを、無一郎くんは子供扱いされていると不満があったんだと思うと、申し訳なくなってしまった。けど、じゃあ今までと違うように接することができるかと言われたら、難しい。私は無一郎くんのことがあれなわけですし。

「子供扱いは、別に…」
「してるよ」
「……でもほら、だって、私もう二十一だよ?無一郎くんからしたらおばさんだもの」
「それは俺のこともおじさんだと暗にほのめかしていることになるが」
「そっ……、そういうことになりますねははは、仲間です仲間」
「ふざけるな」
「はいすみません」

でも割って入ってきてくれた伊黒さんにちょっと感謝。凍ったような場の雰囲気が少し和らいだ気がして。もうこの話はしれっとこれで終わるかな。上手くかわせただろうか。このまま有耶無耶にして私は蝶屋敷で手当てをしてもらおう。

「そういうのが嫌だ」
「…え」
「僕とは今みたいに話さないじゃん、いつも子供扱いで」

立ち止まった無一郎くんに私も歩みを止めた。伊黒さんはもう置いてくぞとも言わずに私たちを横目に一人で歩いて行ってしまった。気を使ったのか、ただ単にめんどくさいし自分には関係ないと思ったのか。絶対後者だ。

「どうしたら子供扱いやめてくれるの?」

無一郎くんは俯いている。代わりなのか、無一郎くんの肩に乗る銀子ちゃんが物凄く私を睨んでいる。さっきまで楽しくお喋りをしていたはずなのに。鴉にも表情って沢山あるんだと半分現実逃避。

「……怒ってるの?」
「へ」
「僕がのこと、忘れちゃってたこと」

そう呟かれた瞬間、私は無一郎くんの元に駆け寄ってその手をとった。

「そんなことない」
「じゃあ、どうして。本当は、僕がにキミ誰って言ったこと、怒ってるんでしょ」
「違うよ」

確かに、あの時私は会いたいと思っていた人に忘れられているという二度としたくはない経験をしたけれど、そうじゃない。私が大人ぶった態度をとってしまっているのは別の理由があって。でもそれは、そのまま言葉にすることはできなくて。
いつの間にかに私よりも大きくなったその手に、また思いを募らせてしまう。こんなことだけでどんどん好きになってしまうから、私はこの気持ちに蓋をしたかった。

「それなら、普通にしてよ」
「普通、って…」
「普通に話したいし、普通にご飯も食べたい。後普通に町に出かけたり文通もしたいしこのまま手を繋いで帰りたいし、一緒に寝たい。いつも一緒にいたい」
「いや、それは…」

私は、無一郎くんの両親のように見られているのだろうか。いや、多分違う。そういう雰囲気ではない。だったら、これは。
後ろに続く言葉を言えないでいると、無一郎くんは顔を上げた。

「普通じゃない、って?」
「……うん」
「じゃあ、僕がこう思っている理由、これが何か教えてよ」
「……、」
「大人ならわかるよね?」

そう言って、まだ私の知らない表情を見せた彼は、私が思っているよりも、随分と大人だった。

明日の色はすみれ色


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