短編



今、このお屋敷の奥では柱合会議というものが繰り広げられているらしい。藤の花に囲まれたここはとても良い香りが漂ってくる。
なぜ私がお屋敷の前にいるのかというと、待ち合わせをしていたから。正確にはここではないのだけれど、早く会いたいという思いが相まってここまで来てしまったのだ。いつもは、もしかしたらもう帰ってこないかもしれない、そんな邪念が頭を過るのだけれど、柱合会議の後に会える、と言われたら帰ってこないわけはない。
浮き足立って私は彼の屋敷ではなくお館様のお屋敷まで来てしまったのだ。

「なんで一般隊士がこんなところにいんだァ」

お屋敷の塀に背中を預けて辺りを飛ぶ蜻蛉の数を数えていると自分の身に影が降りてきた。見上げるとそこには顔に傷だらけ、白髪の隊士が一人。見た事はないけど、このお屋敷から今出てきたこと、この人自身が醸し出す威圧感や雰囲気に柱だと瞬時に理解した。

「あ、えっと…」

私は彼以外の柱を見たことがない。こんなに怖いのかと呼吸が乱れる。多分この人は純粋に疑問に思っているだけなのだろうけど、先ほどまでの穏やかな空気は消え失せ、唾をゴクリと飲み込んだ。
話せずにいる私にその人は眉を顰めて面倒臭そうに首を傾げる。

「ずっといただろう、不死川」
「あァ?んなことわかってんだ喧嘩売ってんのか冨岡ァ、買うぞその喧嘩」

不意に奥から聞こえた声でその重苦しい空気が少しだけ和らいだ気がする。私とその不死川さんの間では、だけれど。代わりに割って声をかけてきたその冨岡さんと不死川さんの空気は禍々しい。恐らく仲はあまりよろしくないのだろうということが私ですら窺える。

「売ってはいないがそれで気が晴れるのであれば売ってもいい」
「テメェはいつもいつも上からモノ言うよな、あァ?」
「出入り口塞ぐのはやめてください」

今にも目の前でおっ始められそうな喧嘩に私はどうしようかとあわあわしていると、馴染みのある声が耳に入り落ち着きを取り戻した。この人の声はいつも落ち着く。なぜならどんなに痛い思いをした時も、優しく声をかけて治してくれるからだ。

「あら、さんじゃないですか。どうされました?お館様に呼ばれてるのですか?」

出入り口を見事に塞いで喧嘩を始めようとしていた二人の間を通り私に気付いたしのぶさん。相変わらず美人だ。私の元まで歩いて優しく微笑みかけるその姿に女でありながらも魅了されてしまう。

「いえそうではなく…、人を待ってて……」
「人?さん、柱の誰かと関わりが?」

しのぶさんに問われて気付いた。この事は、実は他言無用だったりするのだろうか。特に自分から誰かに言ったことが今までなかった為あまり気にしていなかったけど、私だけの問題ではないし、どうしたらいいのだろうか。

「怪しいな」
「!」

私に目線を合わせるしのぶさんに悩んで口籠もっていると、塀の上の頭上から声が聞こえた。その先には口元を包帯で覆った左右で目の色が違う人と、大きな白蛇がいた。突然声をかけられたことよりもその蛇に驚いてしまって、唇をギュ、と噛み締めた。

「鬼を連れる隊士もいればお館様の屋敷の前で待ち伏せする隊士…、一体どうなっている」

とてもピリついている。浮き足立ってここまで来てしまった過去の自分を激しく恨んだ。まさかこんなにも怪しい目で見られてしまうとは。

「見た所才もなさそうだ、誰かの継子でもないだろう」
「伊黒さん、さんの傷を抉るような事は言わないでください」
「お前が一番抉ってんだろォ…」
「剣技は才だけではない!努力あってこそだ!」

一瞬で伊黒さんという方に見抜かれしのぶさんにはフォローになっていないことを返され、心にグサリと刃が貫かれるような感覚に、ああ早く来てくれないかな、助けて欲しい、と願っていると、また一人増えた。いつの間にか隣にいた。怖い。しのぶさん以外の三人とは違ってとても明るそうな人だけど、近い。そして声がとても大きい。

「まだ君も未熟だろうが、まずは呼吸を極める事を意識すると良い!」
「はあ…、ありがとうございます…」
「煉獄さん、怖がってますよ」
「何、それは失礼!すまなかった!」

私の方に手を置いていたその煉獄さんはパッと手を放した。いえ、いきなり隣に現れたことが怖かっただけで、アドバイスはとても嬉しいのです。柱からのアドバイスは貴重だ。けれども何故だか私の周りに集まってしまったのは錚々たる顔ぶれで、どうしてこんなことになってしまったの、ああ、浮き足立っていたからだ。

「ここにいる誰でもないとすると…、甘露寺さん辺りでしょうか?」
「甘露寺さん…?」
さんが待っている柱です」
「お前が甘露寺に何の用事があると言うんだ。甘露寺は忙しい。一隊士に構っている時間などない」
「そうか甘露寺と仲が良いのか、それは良い事だな!呼吸も甘露寺から習うと良い、俺の継子であったからな、腕は確かだ!」
「煉獄、話を勝手に進めるな」

いや本当にそうです。私が口を挟む隙もなく繰り広げられていく会話。しのぶさんはしっかり私の話を聞こうとしてくれているのだろうけど、中々話が進まない。額に汗を掻いて黙って行く末を見守っていると、タイミングを見計らったように来てくれるから、私の胸はとくりと簡単に脈打ってしまうのだ。

「何してるの?」

喧嘩が始まりそうだった二人もすっかりどうでもよくなったらしく私の様子を見ていた。その傍らで屋敷から出てきたその人はなんでこんなところにいるのだという表情を見せていた。

「無一郎くん!」

私が待っていたのは霞柱、時透無一郎くんであった。その姿に安堵した私は無一郎くんの元まで駆け寄った。

「なんでここまで来たの?」
「いやあの…」
「待っててって言ったでしょ」
「あ、会いたくて…」

漏らす言葉に嘘偽りはないのだけれど、改めて本人を前にして声に出すと恥ずかしくなってきてしまう。

「待てもできないって、犬以下なの?」
「すみません…」

いつでもどこでもその毒舌っぷりは変わらないけど、それでもこの中で一番安心できる人が目の前に現れて心の平穏が保たれた。無一郎くんは、いつもこの怖い人たちと柱合会議を共にしているのか。しのぶさんはいつだってとても優しいけれど。

「……時透の継子か?」

私と無一郎くんを見る冨岡さんが呟いた。

「いえ違います」
「当然だ冨岡。見るからに才がない事は貴様もわかってい、」
「妻にする予定の子です」

冨岡さんにすぐに否定した無一郎くん。間髪入れずに伊黒さんが話に割って入ってきたのだけれど、無一郎くんの放った言葉に辺りが静まり返った。

「……え、ええ!?」

最初にその沈黙を破ったのは私で。何食わぬ顔で言ってのけた無一郎くんは行こう、と私の手を引っ張る。
あらあら、としのぶさんの声や祝言はいつだ、と煉獄さんの声が後ろから聞こえてきた。

「ねえ、あの、さっきのは」
「何?」
「妻って……」

お館様のお屋敷から少し離れたところで私は手を引っ張る無一郎くんを呼び止めた。吹き抜ける風にその綺麗な髪を靡かせながら無一郎くんは歩みを止めて私をジト目で見据える。今、そういう関係なのであればそれはもちろん将来は…ということにはなるけど、話が急だしそんな話は私は一度だってされた事はない。
顔を赤くする私に無一郎くんは首を傾げた。

「そうじゃなきゃは他の誰かと結婚するの?」
「え、いや、それは、したくない……」
「なら、決まってるようなものだよね」

そう言って、無一郎くんは掴んでいただけの私の手に指を絡ませて微笑むのだった。やっぱり、浮き足立ってここまで来た甲斐はあったかもしれない。

とろける指先


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