短編



「……雰囲気、変わったね」
「そうでもねェよ」

鬼殺隊の風柱はこの上ない程に恐ろしい、と聞いた。両親を鬼によって亡くした私はこれまでの全てを捨てる思いで育手の元で修行を始め、選別を受けて鬼殺隊に入った。
これまでの全て、というのは気付いたらいつも一緒にいた幼馴染のことでもあった。置き手紙には別の町の人に引き取られることになりました、さようなら、と書いて思い出の町を去った。
それがどういうことか、その幼馴染、不死川実弥は怖いと噂の風柱となっていたのだ。

「私の方が先に入ったはずなのに、抜かされちゃった」

一般隊士が柱と出会える機会なんて、早々ない。だから、その噂を聞いたところでそうなんだ…と他人事のように頭の片隅に置いておくくらいだった。それなのに、苦戦を強いれらていた鬼に対してやられる、ああもう私死んだなって覚悟を決めて、最後にもう一度会いたい人の姿を思い浮かべたら、その人は目の前に現れたのだ。
物騒な言葉を背中に背負っていたけど、前に立ちはだかるそのふわふわな猫っ毛には見覚えしかなかった。
実弥もこちらを一瞬見て驚いていたけど、すぐに目の前の鬼を見据えて斬りかかりに行った。風の呼吸を使っている、それも凄まじい威力で。一瞬で、ああこの人が、私の幼馴染が風柱なんだと理解できた。

「立てるかァ」
「うん」

体制が崩れて情けなくも地面に尻餅をついていた私の腕をとって立ち上がらせた。立つとわかる、昔みたいに同じくらいの目線ではまるでなくなってしまったこと。大きくなったんだなあ、なんて歳は変わらないのにそんなことを思ってしまった。

「私のこと、覚えてくれてるんだね」
「覚えてねえわけねェだろ、勝手にいなくなりやがって」
「それは…まさか鬼に襲われたなんて言ってもね…」

藤の家へ向かう山道を下りる間に、実弥がなぜ鬼殺隊に入ったかということを聞いた。ここにいるということは薄々気付いてはいたけど、実弥の家族も鬼に襲われたらしい。鬼は、お母さんで、残ったのは実弥と玄弥だけ、ということも。

「私、ここに入って、もう大事な人達失いたくないって思ってたのに、守れなくてごめんね」

私の方が早く入ったのに、誰も失いたくないからと強くなろうと決めたのに、私の知らない内にそれが壊されていたなんて、無情な世界だと思い知った。ふと立ち止まった実弥に私も吊られて立ち止まる。

「怪我」
「え?」
「歩くの辛いなら乗れ」

私に背を向けて少しだけ屈む。実は、鬼の攻撃によって足を負傷していた。それで情けなくも尻餅をついていたわけなのだけれど。けど、歩けないわけではなかった。

「でも、歩けるしそれに柱…、わ!」

幼馴染といえど、この人は今柱なのだ。お手を煩わせるわけにはいかない。首を横に振って断ろうとしたものの、両腕を肩に回すように引き寄せられてから脚を持ち上げられた。頬にあたるそのふわふわな髪が擽ったい。こういうところ、昔から変わらないな。抵抗したって無理やりでも抱えられるとわかっているので体重をそのまま実弥に預けた。

「ねえ、風柱はめちゃくちゃ怖い!って聞いたよ。その辺りどう思いますか?」
「知ったこっちゃねェよ。ぬるま湯に浸かってる奴らの言うことだろォ」

本当のこの人のことを知っていたら、怖いなんて思わないはず。歩けるのに一般隊士をおんぶなんてしないでしょう、普通。

「そうだね、強くならないと、守りたいもの守れないね」
「……」

柱になったっていうことは、十二鬼月を倒したということ。それまでにきっと、想像を絶するような辛いことが幾度もあったんだろうって、なんとなくわかる。口調も荒っぽくなってるし。誰かが風柱といるといつも威嚇されているみたいだ、なんて言っていたような気がする。



沈黙が続いていた中、それを控えめに破る実弥の声。

「約束したよな、ガキの頃」
「……」

覚えているのかな、と思いつつ、黙っていたことがある。私だけが覚えていたら恥ずかしいから。昔のことだし、今そんなことを掘り返されてどうということではないし。ゆっくり、私の足に響かないよう歩く実弥の肩をギュ、と掴んだ。

「覚えてるかァ」
「……覚えてるよ」

小さい頃の、小さい子が考えるような何気ない約束だった。ただ、ずっと一緒にいようね、と。それだけ。
実弥のお父さんがいなくなってからのことだった。家族は俺が守るって言っていた実弥がなんだか強がっているだけのように見えて。私もずっと一緒にいるよって、半ば勢いでそう言ったのだ。でも、私は実弥の前からいなくなった。一緒にいれなくても、守れるようにって。それも結局、守れなかったんだけど。

「破ってごめんね」
「それだけじゃねェ」
「え、」
「何が守る、だ。それはこっちの台詞だ」

自分を頼ってもらえなかった事、実弥は酷く心を打たれたらしい。私にとってはその程度の人間だと思われていたのかって。違う、そうじゃないんだ。今だから弁解できるけど、でもあの時受けた心の傷は取り戻せない。

「……今でも思うよ。ずっと一緒にいたいって」

嘘のように聞こえるかもしれないけど。でも、死ぬと思った間際、会いたいと思った人が現れたそれは奇跡だと思った。一度離れて、そばにいれなくても、神様が私たちを繋いでくれているんじゃないかって、思うほどには。

「だからね、私のわがままなんだけど」
「……」
「少しだけ、遠回りしない?」

もう少しこうして二人でいたい。肩に腕を回しながらそう伝える。勝手にいなくなってごめんなさい。勝手なことばっかり言ってごめんなさい。謝ることは沢山ある。だから、今までの時間を埋めるように、少しでもあなたと一緒にいたい。

「……昔っから周りのこと見えてねェよなァ」
「どういう、」
「もうそうしてる」

小さく呟かれたそれに、背中におんぶされたままで良かったと心から思った。多分、だらしないほどに表情が緩んでいる。

「話したいと思ってんのはおまえだけじゃねェ」
「…うん」

もう、存在すら忘れられているかと思っていたのに、同じく時を過ごした彼は一層大きく逞しくなって、私のことを思い続けてくれていた。もうこれからはずっと一緒にいるという約束、破らないようにしたいんだけど、この人はまた小指を結んでくれるかな。けど、きっとそうしてくれるだろうという、あの時にはなかった安心感のある広い背中に身を預けた。

茜に染まる坂道を


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