短編



「あいつには女がいる」

窓からオレンジが差し込む景色を背景に、宇髄さんは腕組みをしながら私を見据えた。

「えっと、」
「調べてこい」
「あの、ていうか、もう教室締めますので」

まだ学校に残っている生徒がいないか見回りをしていたところだった。教室ならまだしもこっちの特別教室が並んでいる方の校舎は最近怪奇現象が多発しているらしく早めに締めることにしている。
美術室の木の椅子で足を組んでいる宇髄さんも早く出てほしいのだが、脈絡もない話をし始めた。

「最近ノリが悪いんだよ、あいつは」
「あいつって?」
「不死川」

話を聞かないと教室から出ていってくれそうもないと一応聞き返してみれば、宇髄さんはどうやら最近の不死川さんの言動に目を細めているようだった。
不死川さんのノリがいいところなんて、正直私は見たことがないけど。でも確かに先月の飲み会は来なかったし言われてみれば忙しそうにしているかもしれない。
ガタッと椅子から乱暴に立ち上がり私に人差し指を突き出した。

「暴いてこい」
「暴くって、」
「俺が聞いてもひとっことも話せねえんだわ」
「それは日頃の……」
「暴かないとお前、前の飲み会で泥酔した時の奇行を、」
「わかりました!聞いてきます!」

やめてと言わんばかりに宇髄さんの言葉を遮れば、勝ち誇った笑みを浮かべられた。
前の飲み会で私は飲みすぎた挙句、自分では覚えていない奇行に走ったらしい。そしてカナエさんに介抱されながら帰ったとか。それを目撃したのは宇髄さんとカナエさんのみ。
次の日何事もなくすっきりと目覚められたのにそんなことがあったとは信じ難い。いやうっすらとは覚えているから事実なのだろうけど。
他のみんなにバラされるのだけは避けたい。今後先生たちの私に対する見方が変わってしまう。
そんなわけで、宇髄さんに告げられた通り、私は不死川さんの“女”について詮索を始めたいのだが、なかなか聞き出せずにいた。
そもそもなんて切り出せば不自然ではないか。
向かいの席でパソコンを操作している不死川さんを私もパソコン越しにまじまじと見つめていた。

「なんだ」
「あ、いえ、すみません」

ばちっと目が合ってしまい、思わず謝った。こんなに見てしまっていてはそれは視線に気付くはずだ。
目を逸らした私に不死川さんは特に深掘りすることもなく再びパソコンをカタカタといじり始めた。

「先に失礼する!」

話ができない雰囲気ではない。カナエさんだって悲鳴嶼さんとお喋りをしているし伊黒さんの独り言もたまに聞こえる。
だから私が不死川さんに話しかけることなんて何も不思議ではないのだけど、こう、後ろめたさがあると中々言葉にできずにいた。
どうしようか、刻々と時間だけが進んでいく中で職員室にキビキビとした声が響いた。煉獄さんだ。

「あら、今日は早いのね」

荷物を整理して立ち上がった煉獄さんへ、カナエさんが花柄のタンブラーを片手に声をかけた。
確かに煉獄さんはいつもいつも楽しそうに口角を上げて明日の授業について遅くまで準備をしていた。あの生徒はここが苦手だから、とか、生徒全員にわかりやすく授業を進める為らしい。
だから私もカナエさんと同じような疑問を持った。

「ああ!今日は弟と夕食にいく」
「まあ、素敵ね」

弟、確か中等部の千寿郎くんだ。兄弟仲がよろしいようで、私までもがたまにお弁当を千寿郎くんへ作ってあげているということを知っている。
そういえば、不死川さんも弟がいて、しかも高等部に通っているのにそういう話は全く聞かない。仲があまり良くないのだろうかと不死川さんを見れば、煉獄さんとカナエさんの会話には特に興味は持たずに仕事を進めていた。

「俺も失礼する」
「冨岡も今か!駅まで一緒に歩かないか」
「俺は自転車だ」
「そうか!残念だ!」
「あら、二人とも車じゃないの?雨降ってきたわよ?」

冨岡先生、自転車で通っていたのか、家から自転車で来れる距離なのか時間はかかるけどあえて自転車で来ているのか、なんとなく後者な気がした。煉獄さんは多分、いつもは車のはずだけど千寿郎くんどどこかいいお店にでも行く為電車に乗るのだろう。
カナエ先生の言葉に私も窓の外を見れば、確かにポツポツと雨が降り始めていた。天気予報は晴れのはずだったから、通り雨だろうか。

「なに、傘がないな」
「俺は常にカッパがあるから問題ない」
「不死川送ってけよ~」
「はァ?」

唐突に会話に入ってきた宇髄さんに不死川さんはすぐさま嫌そうな顔を向けた。興味なさそうにはしていたけど、周りの声はちゃんと耳に入っていたらしい。

「そうか、不死川が送ってくれるのか」
「それはありがたいな!」
「ざけんな子供じゃあるめェし」
「冷たいじゃねえの不死川先生」
「うっせえ、これで帰れェ」

逐一そうやって茶々を入れるから不死川さんは宇髄さんへあまり自分のことを話してくれないのではないのだろうか。私に教えてくれるかもわからないけど。
宇髄さんをあしらいながら不死川さんはデスクから折りたたみ傘を取り出し煉獄さんへぽい、と投げつけた。

「おお!恩に着る!」
「俺は……」
「てめェはいつも通り帰れ」

ではお先、とその傘を持って煉獄さんは職員室を出て行き、冨岡さんも余裕がないのであれば仕方ない、と職員室を後にした。冨岡さんの一言に喧嘩が始まりそうになったけど悲鳴嶼さんが止めたので不発に終わった。
それからまた時間が過ぎて、雨も止んで来た頃には職員室には私と不死川さんだけになっていた。
いつも私はこんなに遅くまで残ったりはしないのだけれど、女がどうこう聞き出すのは周りに人がいない方がいいと思った。けど、普段いない人間がいると逆に怪しいだろうか。

「あの、不死川さん」
「あ?」

珍しく残っている私に不死川さんは何も聞いてこない。所詮興味がない人間なのだろう。そう思ったらなんだかさらりと聞けるような気持ちが湧いてきて、コーヒーを飲んで一息吐いているタイミングの不死川さんへ話しかけてみた。

「月末の金曜日、飲み会があるんですけど」
「あー、いけねえんだわ」

宇髄さんの話していたことが本当なのだと、目を逸らした不死川さんを見てそう思った。
恋人がいるとかいないとかはわからないけど、ノリが悪い、というのは事実なのだろう。

「用事ですか?」
「ああちょっとなァ」

言いたくないのだろうか。はぐらかすように話す不死川さんは再びパソコンに目を移す。
言いたくない内容って、なんだろうと無意識に不死川さんをじ、と見ながら考えているとさっきと同じように目が合ってしまった。

「なんだよ」
「あ、いえいえ。色々ありますよね」
「……」
「来てほしいなって思ったので。優先順位はありますよね」

飲み会に来ることは仕事でもなんでもないし、来ないからって仲が悪いというわけでもないし。宇髄さんは納得していないけど。いや、宇髄さんは理由が知りたいだけか。
折角遅くまで残っていたのに何も聞き出せなかった。もう少し仲良くなったら色々話してくれたりするのだろうかと少し気になってしまった。


「あれ」

宇髄さんに聞き出せたかどうだと詰め寄られていただけの月末の飲み会が終わり、忘れ物に気付いた私は学校に戻っていた。
職員室の電気はまだついていて、誰かまだ残っているのだろうかと顔を出せば、そこには不死川さんがいた。

「用事は……?」
「終わった。やることがあるから戻ってきた」

ちらりと私を横目で見た不死川さんはパソコンを閉じる。流石にこの時間、もう仕事は終わらせ帰るところだったらしい。

「飲み会も終わりました」
「忘れ物か?」
「はい」

普段、あまり話すことはなかったのだけれど、少し、ほんの少しだけこの前から話すようになってから気付いたことがある。不死川さんは、意外と会話をしてくれるということ。無視されることとかはない。宇髄さんはそれがわかっていたのだろうか。こちらもこちらでよく人のことを見ているのだなと感心させられてしまう。

「じゃあ、また月曜日」
「送ってく」
「……え?」

忘れ物を鞄にしまい、それではと先に職員室を出ようと背を向けた私にかけられた言葉に思わず耳を疑った。
ついこの前、この人は子供じゃないんだから、と同僚を車に乗せなかった。人を自分の車に乗せたくないのかと思っていたけど、私は不死川さんの中では子供に分類されているのだろうか。

「なんだよ、危ねェだろ」
「子供じゃないですよ、私」
「女だろォ」

まだ電車だって動いている時間だし、いい大人なのだ。一人で帰れないわけではない。
それでも、女だからと扱われるのは久しぶりで、お言葉に甘えたくなってしまった。

「あの、用事ってなんだったんですか?」

聞いていいだろうかと悶々と考えていたくせに、今さらりと聞けてしまっているのは不死川さんが意外にも話してくれる人だとわかったことと、多少酔いが回っているせいでもある。きっと。
助手席で規則的に街灯に照らされる中で尋ねてみれば、不死川さんは呟いた。

「家で母親の代わりに飯作ってた」
「……え、本当に?」
「嘘吐いてどうすんだよ」

すんなり教えてくれたことと、意外すぎるその事実に目を丸くした。
なんだか、知れば知るほど驚かされることが多い。いい意味で。
もっと知りたいと、好奇心だろうか、それとももっと他の何かだろうか、ハンドルを切る不死川さんへ控えめに切り出した。

「今度、ご飯行きませんか」
「……」
「よければ、二人で……」

付き合いもしない男女が二人でご飯、不死川さんはそういうのを気にするタイプだろうか、どうだろうか。そういうところもまた知っていきたい。

「何が好きなんだ、お前は」

もう少しで私の家まで着きそうだった。車の速度を少しだけ落とした不死川さんに、お店は選んでくれるタイプだということを知り笑みを零してしまった。
不死川さんも、私のことを知りたいと、少なからずそう思ってくれているのだろうかと素直に嬉しくなった。
それでも、胸の奥底で、ふわふわとした熱に名前をつけるにはまだ早い。



「おい、そろそろ聞けたか?」
「甘いものが好きみたいです」
「何の話してんだてめぇは」


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