短編



「すげえ怒られてるじゃんさん……」

ガミガミガミガミ、それはもういつだったか子供の頃に火遊びをして怒られた時のことを思い出すくらい溢れでるお言葉を全身に浴びていた。
同じく風柱の稽古を同時に受けていた隊士が物陰に隠れながら私達を見てこそこそ話している声が微かに聞こえてきた。

「おい聞いてんのかァ」
「はい、弱くてすみません…」
「そうじゃねェ、てめえは戦闘の時に周りを見過ぎて考え込む癖が…」

ああ、これは小一時間は終わらないかもしれない。その反省は脳内に染み込ませつつ、心の奥底では早く終わらないかな、むしろ話ならおはぎでも食べながらじゃダメなのかな、とこの人としたいことの欲を出していた。

「わかったならでていけェ、休憩だ」
「え、」

やっとそれが終わったと思ったら、風柱は踵を返して稽古場を出ていくよう背中を向けた。追いかけるように小走りで駆け寄って腕を掴んだ。顔だけギロ、と鬼の形相を向けられ思わず背筋が凍ってしまった。

「あ、あの……」
「なんだァ」
「いえ、何でもございません……」

その風貌に怯んだ私はそっと腕から手を放した。私と不死川さんの様子を陰から見ていた隊士ももういないのに、今日は何か腹の虫の居所が悪かったのかもしれない。
一緒に休憩がてら、お茶したかったんだけどな。

さん、不死川さんに何頼もうとしたんだ…?」
「わ、いたんだ…」

稽古場に一人取り残されてしょぼくれていると、もういないと思っていた先程までヒソヒソと話していた一人が声をかけてきた。一度休憩に出た後、戻ってきていたらしい。
さっきの一部始終を追及されて、適当に稽古をもっとつけてもらいたくて、と嘘をついてその場を後にした。あれだけ稽古して更に…?と去り際に微かに聞こえた。
人がいたから、不死川さんはあんなに私に対して威圧感を向けていたのかと納得した。

私と不死川さんは、みんなに秘密にしていることがある。私としては秘密にしなくてもいいんじゃないか、と思っているのだけれど、周りにとやかく言われたくない、の一点張りなのだ。

「不死川さん」

汗でベトベトになっていた身体を拭いてから、恐らくいるであろう部屋の前で襖を開ける前に声をかけた。入れ、と一言返事が返ってくる。据わりの悪い襖をスムーズに開けることも慣れたものだ。
部屋に入ると不死川さんは胡座をかいて刀の手入れをしていた。

「それ終わったら一緒に食べませんか?」

まさか手ぶらで不死川さんの元へ現れる、なんてことはせずに、町で買ったおはぎを不死川さんの隣に座って見せた。
ちら、とそれを見て呆れたようにふっと柔らかく笑う不死川さんからは稽古場での威厳は全く感じ取れない。この表情を他の隊士の人が見ようものなら惚れざるを得ないと思う。現に私は惚れてしまったのだし。

「また町いったのかよ」
「だって喜んでくれますし」

こんなに優しい表情をするんだって、私が知ることができるのは恋仲である特権。そう、みんなに隠している秘密は、このことなのだ。
不死川さんは他の柱より一層厳しいところがある。多分自分でも柱では自分はそういう役割でいようという節は少なからずあるんだと思うけど、その為自分にそういう関係の隊士がいることを知られたくないみたいで。
それとこれとは話は別だと、個人的には思うのだけれど。

「さっき、気付かないで話しかけちゃってすみません」
「戦闘の時はよく周り見てる癖になァ」

どきりとした。普段は周りをよく見ているはずなのに、気が抜けてしまうとこうなのだ。特に目の前に好きな相手がいようものなら、私の意識はほとんどそっちに持っていかれてしまうのは至極当然な話で。

「言いませんか?他のみんなに」
「言わねぇ」

何回か、今のように提案したことはあるけどその答えはいつも変わらない。刀の手入れが終わったようで不死川さんは私が持ってきたおはぎに手を伸ばした。それが奪われてしまう前に、私はおはぎが入った箱を取り上げる。

「おい」
「でも、みんなきっとわかってくれると思います。特に甘露寺さんとか」
「色恋に呆けた奴だと思われんだろォ」
「恋は素晴らしいものです!だって、私は不死川さんがいるから絶対に生き延びようって考え直しましたもん」

目を吊り上げる不死川さんに渾身の想いを伝えた。
この人を好きになる前は、自分の身がどうなろうと鬼を倒す、と、そんな心持ちで鬼と戦っていたけれど、不死川さんと一度任務を共にしてから、私はこの人に一生ついていきたい、生きていきたいと思うようになった。それくらい、人を愛することって生きる上で重要なことで、不死川さんに一人や二人愛する人がいたところでとやかく言うような人は誰一人としていないと思うのだけれど。いや、愛する人は一人であってほしいな。

「そうかよ」
「あ!」

そんな私の思いは流すように、私の手からおはぎの入った箱を取り返された。不貞腐れてないでお前も食えよ、と言われたので一緒に食べる。とても美味しい。元々とても美味しいけど、不死川さんと食べるからいつも以上に美味しい。本当はこうしてこっそりとじゃなく、太陽の下で隣にいたいんだけど。

「もし私が他の誰かに言い寄られたら何て言い訳したらいいですか?不死川さんのことは言えないし、でも気持ちに応えることもできないし」
「随分と前向きだなァ」
「ないとは限らないですよ」

窺うように不死川さんを横目で見てみると、ぱち、と瞳が交わる。おはぎは平らげたようだ。

「蹴散らせェ」
「ええ」

なんともまあ不死川さんらしい。冨岡さんとは会えば今から殺し合いでも始まってしまうのかというほどこの人は嫌いな人はとことん嫌いだからな。
不死川さんは腰を上げて部屋から出ようとする。稽古に戻るのかな。後を追うように私も一緒に部屋から出た。

「不満があるんならそういう男選べばいいだろォ」
「な!」

とぼとぼ後ろを歩く私に不死川さんは顔だけこちらへ向けて言ってのけた。気持ちには応えることはできない、と私は言ったのに。
いくらなんでも軽々しくそんな事は言わないでいただきたい。公にできなくたって私は不死川さんが一番なのだから。立ち止まってしまった私は不死川さんに駆け寄って手を握りしめた。近くで隊士の声が聞こえる。見られたら不味そう。

「本当にそう思ってるんですか」
「……あァ、ただし」

静かに呟いて言い返すと、掴んでいた手を取り上げられて、そのまま壁に押さえつけられた。

「次の稽古打ち合いだよな?俺体力持つかな…」
「持たなければ失神だよ」

すぐ近くに声が聞こえるのに、不死川さんはゆっくりと近付いてくる。無機質な壁が冷たく感じるのに胸がどくどくと脈打って身体が熱くなっていき思わず目を瞑ってしまう。

「お前が俺から離れられるんならなァ」

耳元で囁かれた言葉に目を開けると、至近距離で不死川さんは意地悪くも不敵な笑みを向けていた。

「……む、無理です」

顔中に熱を集めながらそう言えば、ふ、と鼻に息がかかって、それはそれは甘くて優しい愛が降り注いだ。一人、地面にヘタリと座り込んで動けないでいる私が稽古を共にしていた隊士に見つかるのはもう少し後の話。

さいごのひとくち


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