短編



放課後の教室内では、盛大にお誕生日パーティーが繰り広げられていた。
並べられた机を真ん中だけ開けるように教室の端に寄せて、パシャパシャとカメラを起動している音。教卓にはお城のように積み立てられたお菓子の山。黒板にはしのぶさんが甘露寺さんを呼んで書いてくれたチョークアート。そして絶賛顔面シュークリームを喰らっている本日の主役、炭治郎。

「覚悟しやがれぇえ!」
「いや!もう十分だ伊之助!顔が生クリーム塗れ、がっ」

最初こそ伊之助は、これ俺が食っちゃダメなのか、なんて炭治郎あてのシュークリームに不満げにしていたけど、顔面にあてるのがあまりにも楽しくなってしまったらしい。やめてくれと首を振る炭治郎へ二度目のシュークリームをお見舞いしていた。

「大丈夫ですか?はい、これはみんなから炭治郎くんへ」

顔中生クリーム塗れになっている炭治郎へしのぶさんがみんなで用意した誕生日プレゼントを差し出す。お金を少しずつ出し合って決めたもの。
実は炭治郎の誕生日に何を贈るかは、仲のいい善逸と(伊之助はストレートに誕生日何が欲しいか聞き出しそうだったので任せられず)クラスが同じ私に任命されたのだけど、今炭治郎が受け取って中身を開けているものに、私はまるで役に立てなかった。
数日前のことを思い出しながら、私は膝の上に乗せた鞄の紐をぎゅっと握り締めた。


「炭治郎ってさ、私服どんな感じのを着るの?」

休み時間、窓際の列で後ろの席に座る炭治郎へ問いかけた。私も大概ストレートなところはあったかもしれないが、誕生日、という言葉は出してないし、貰って嬉しいもの、なんてことも口には出さないから許してほしい。
歴史の教科書を机の引き出しにしまいながら炭治郎は目をパチクリさせる。

「え?うーん……普通じゃないかな」

私服を聞き出して、その流れで好きな服のブランドを聞こう大作戦。けど、早速失敗に終わりそうだ。そもそも炭治郎に服のこだわりなどない気がしてきた。後、これは私が聞かずとも善逸は知っていそうだとも思った。私は炭治郎と休みの日に出かけたことなんてないけど、あの二人はあるだろう。
どう会話を続けて遠回しに聞き出そうか頭を捻っていると、炭治郎はそういえば、と声を上げる。

「俺が着た服はそのまま竹雄に回すことが多いんだけど……」
「へえ、お下がり?そういうのいいね」
「ああ。でも、最近俺と同じのは嫌だって言うんだ。結構寂しい」
「……恥ずかしがってるだけだよ」
「だといいんだけどな」

眉を下げて笑う炭治郎に胸が温かくなった。炭治郎は、二言目にはいつも家族の話をする。それくらい家族のことが大好きで、大切に思っているのだろう。二言目は家族のことでいいから、三言目くらいに私のことを話してくれないかな、なんて。好きなのだから、勝手にそう思うことくらいはさせてほしい。

は?」
「え」
「普段どんな格好してるんだ?」

その三言目に、私に疑問を投げかけられたので一瞬固まってしまった。けれど、会話のキャッチボールを続けてくれているだけだから期待はしない。炭治郎は、こういう人なのだ。優しいし人付き合いはとても上手だし、『竈門くんいいよね』なんてそこかしこで声が聞こえてくるくらいだ。

「普通?かな?」

自分の休みの日の格好を思い出してそう返せば、炭治郎はくすりと笑みを零した。

「同じだな」
「……そうだね」

服にこだわりがないわけではないけど、上手く形容できずに出した答えだっただけなのだけど。でも、私の好きな柔らかい笑顔を見せてくれたのでそれでよしとする。
しかし、このまま終わっては任務が遂行できないと、再び考えを張り巡らせた。

「炭治郎って普段料理するの?ああ、お店のことは抜きね」
「今日は色々聞いてくるな」
「え、そ、そう?今日はそういう気分なんだよね!それで?」

少しだけ首を傾げる炭治郎に慌てて誤魔化した。嘘は吐いていない。今日は炭治郎のことを知りたいと思って、質問をしている日なのだ。
私が聞き返すと炭治郎は首を縦に振った。

「母さんの手伝いなら」
「お菓子とかは?作る?」

さすが長男だ、と尊敬しつつ、今度は好きな食べ物を聞こう大作戦を遂行しようとしていた。たらの芽の天ぷらだということはわかっているけど、誕生日に用意したいのはお菓子。好きなものがあれば物ではなくてそれを贈ったりするのもアリだと思った。

「それはあまりしないな。禰豆子と花子がよくしてて、味見させられるけど」

そう話しながら炭治郎は次の授業で使う数学のノートと教科書を机の中から出した。
またそうやって、すぐ家族の話だ。そんなところが好きなのだけれど。炭治郎はこういう人だから、例え『竈門くんいいよね』と言われていても、『みんなの竈門くん』のような牽制のし合いが行われていることに気付いていないだろう。
ふうん、と返事をする私に炭治郎はそうだ、聞いてくれるか、とおもむろに少しだけ身を乗り出した。心臓に悪いから、やめてほしい。

「花子に好きな男の子がいるらしいんだ!」
「へ、へえ、そうなんだ」
「でも、教えてくれないんだよ。禰豆子は知ってるみたいだけど」

昔はもっと兄ちゃん兄ちゃんって、みんな甘えてくれたのに最近は少し冷たいんだ、と愚痴のようなものを零す炭治郎に、思わず笑ってしまった。

「炭治郎がいつまでたっても弟妹離れできなそうだね」
「そうじゃない。ただ、相手がどんな男の子なのか気になるんだ。きっと花子が好きになるような男の子だから素敵な子だと思う。その子の誕生日に花子、ケーキを作っていてさ」

しょんぼりとしながら話す炭治郎に、ああ、だからいきなりお菓子の話から花子ちゃんの話へと変わったのかと理解した。
そうではないと言っているけど、私には炭治郎が、お父さんが娘の彼氏にやきもきしているような態度をとっているものと同じに見える。

「可愛らしいね」
「うん。誕生日に女の子から手作りケーキをもらったら嬉しいだろう?好きな子からなら尚更。だから、もしかしたら花子にはもう彼氏がいるのかもしれないと思ったらその子のことが知りたくて知りたくて……」
「……炭治郎も?」
「?」

嘆くように呟く炭治郎へ、私は『みんなから贈るプレゼント』ではなく、『私から贈るプレゼント』を考えてしまった。だって炭治郎が、女の子から手作りケーキを貰ったら嬉しい、だなんて言うから。
静かに口にした私の言葉に炭治郎は伏せていた視線を私へ向ける。

「炭治郎も、好きな子……、女の子から手作りケーキを貰ったら嬉しい?」

私から炭治郎へ個人的に渡すつもりは、なかった。でももし炭治郎が頷いてくれたなら、私は精一杯気持ちを込めて、キッチンに立ち炭治郎へケーキを作るだろう。
炭治郎は丸くしていた目を細めて頬を綻ばせた。

「うん、思うよ」


そんなわけで、安直な私はケーキを用意したのだが、いざ渡そうとなると気恥ずかしさから未だに鞄からすら出せずにいた。ちなみに朝早く学校に着いて今の今まで家庭科室の冷蔵庫に保存していたのでその辺りは心配ない。むしろこのまま持って帰って私が家で食べても大丈夫なくらいだ。保冷剤だってある。

「お前ら!いつまでやっている!もうとっくに下校時刻過ぎているぞ!!」
「うわートミセン!!」

わいわいとお誕生日会を楽しんでいると、もうすっかり日は落ちていた。冨岡先生が叱りに来るまでは誰一人として帰ろうとしなかっただろう。仕方なしにみんなで机やお菓子のゴミ達を片付けて、ぞろぞろと昇降口へ向かう。
靴に履き替えて正門まで歩いて、私はみんなとは違う電車を使う為逆方向。
じゃあまた明日ね、と声をかけると炭治郎と目が合う。ああ、渡したかったな。でも勇気が出ないし、私以外からも日中炭治郎は女の子たちから結構貰っていたし、私はこうしてみんなと仲良くしていられるだけで幸せなのだ。高望みはしない。
炭治郎へ繕った笑顔を見せてから、背を向けた。

「あ?おい権八郎そっちじゃねーだろ」
「馬鹿ッ!今日はそっちでいいんだよ!また明日な炭治郎!」
「ああ、また明日!」

後ろから聞こえた声に、今日は炭治郎はこの後何か予定があるのか、さすが人気者は予定がいっぱいだな、なんてふんわり考えていると、トタトタと足音が近付いてくる。私が振り返る前にその人は私の隣へ並んだ。

「俺も今日そっちなんだ」
「……そうなんだ」

親戚の家にでも、行くのだろうか。見上げた先の炭治郎は眉を下げて微笑んでいた。街灯に照らされて見えた頬はほんのり赤い気がしたけど、少し走って来たからだろう。
駅までの道のり、途中で小さい公園があって、その前で炭治郎は私の手を取って立ち止まった。

、ちょっと話していかないか?」

暗くてよかったと思った。触れたところから熱が伝染して、顔が赤くなってしまっている気がした。
炭治郎の誘いに素直に頷いて公園のベンチに腰掛けた。電灯がほんのりと辺りを照らしている。そっと手が離れて寂しさを感じてしまうくらい、炭治郎に思いを募らせていたことに気付く。

「あのさ、間違いだったら恥ずかしすぎるから忘れてほしいんだが……」
「うん?」

座ったはいいものの、暫く会話がなく妙な空気が流れていたけど、漸く炭治郎は静かに口を開いた。

「鞄に入ってるの、ケーキだよな。それ、俺に?」

一瞬、炭治郎の言っていることが理解できなくて頭の中がフリーズした。
そうだ、匂いである程度のことがわかるということを忘れていた。痛恨のミス。
隠し通せないと察した私はずっと鞄にしまい込んでいたケーキの箱を取り出して、炭治郎へ差し出した。

「ごめんね。なんか、渡し辛くて……」
「よかった、間違いじゃなかったんだな。ありがとう」

目は合わせないまま、炭治郎が箱を受け取ったのを確認して手を引っ込めた。隣からは美味しそうだな、なんて喜んでくれている声が聞こえてくる。

「今食べていいか?」
「あ、うん」

箱の中にフォークもつけていたのでそのまま食べられる。
今更ながら、上手くできたのか緊張して来た。味見はしたから不味いということはないと思うけど、炭治郎は舌が肥えてそうだし、むし暑いのと変な緊張でこめかみあたりから汗がたらりと流れた。

「美味しい!」
「……、よかった。ありがとう」

嘘偽りのないその声に炭治郎へ顔を向けると、電灯なんかよりも私には何十倍と周りを明るくするような笑顔に見えて、視界が照らされる気がした。
本当に好きだ。そして、優しいなと思った。私がなかなか渡せずにいただけなのに、それに気付いてくれて、誕生日なのに私が気を遣わせてしまった。

「誕生日おめでとう」
「うん。……みんなから、って貰ったものがあるのに図々しいけど、から何もないのかと思って、凹みそうだった」
「……今日沢山貰ってたでしょ。同じようなの」

クッキーとか、マフィンとか、そういうのを沢山。休憩時間になると他クラスからも誕生日おめでとう、と炭治郎を祝いにくる女の子たちは沢山いた。
それを見て、みんなはああやって勇気を振り絞って渡しているのに、私はなんて情けないのかと思った。
零すように呟くと、炭治郎はさっきそっと放した私の手を包み込むように触れた。

に貰えるのは、気持ちが少し違う」

見上げた先にある赤みがかった瞳は揺らいでいた。
言葉と手と、表情と、私の胸がどくどくと跳ねてしまうのは当然のことだった。
炭治郎も、もしかしたら私と同じように思ってくれて、いるのだろうか。
一度炭治郎は瞳を伏せてから、息を一つ吐いて、ふわりと笑いかけた。

「そうだ、私服がどうのって言ってたよな?」
「あ、うん……」
「今週の土日、どちらか出かけないか?二人で」

生温い風が炭治郎との間に流れてそわそわとする。私は、友達として仲良くできているだけでよかった。私だって『みんなの竈門くん』って思う内の一人でよかったのだ。
それなのに、炭治郎から誘われてしまえば簡単に私の意志なんてぽろぽろと崩れ落ちてしまいそうになるのだ。

「抜け駆けは禁止って言われちゃうかも」
「抜け駆け?」
「みんなの竈門くんだから……」
「……俺は、恋人を作ったらいけないってことか?」

言わばアイドルのような存在であったのだ。誰にでも優しく家族思いで特定の人は作らない。みんなの憧れの的。
瞼を伏せて、どくどくと煩い胸を抑えながら呟くけれど、炭治郎の言うことに確かに、と妙な納得をしてしまった。

「そういうことになっちゃうね。でもそれはちょっと勝手な気もしてきたかも……」
「うん。がそう思ってくれてよかったよ」
「……」
「君の時間を俺にくれないか?土日、どっちにする?」

黙りこくっている私に炭治郎はさっきの質問を繰り返す。目尻を下げて表情を和らげている炭治郎を見れば、私が響かせている胸の音は鳴り止みそうもない。
私は包み込まれていた手を繋ぐようにして、ほんの少し強く握り返した。

「どっちでも大丈夫」
「なら、どっちも会おう」

優しくて、温かい声だった。炭治郎は重ねた私の手に指を絡ませる。
独り占めになってしまう。でも、炭治郎がそうやって私を繋ぎ止めて、引っ張ってくれるのであれば、私の時間は全部あなたに捧げたい。

「私でよければ」
がいい」

空いている方の手で炭治郎は私の肩に手を置き、そっと顔を寄せたので、視界に広がる眩しさから私は瞳を閉じた。
ふわりと甘い香りが鼻を掠めてすぐ、唇に柔らかいそれが触れて、ゆっくりと離れてから瞼を上げる。

「これが、一番嬉しい誕生日プレゼントかもしれない」

はにかむように笑う炭治郎に、恥ずかしさに顔から火が出そうで目の前の胸板に額をコツンとくっつけた。
伝わってくる胸の音がとくとくと早くて、私と同じだったことに安堵してふふ、と口元を緩めれば、ギュ、と力強く抱きしめられた。私の胸の音も伝わってしまいそうだった。

ケーキよりも甘い祝福を