善逸と同じく風紀委員であると仲良くなるのに時間はかからなかった。クラスは違えど合えば会話が止まらないし、いつの間にか二人で遊びに行くようにもなったしふとした瞬間にの横顔を横目で見て、ああ好きだなと、思いのままに気持ちを伝えればも顔を赤くさせて頷いてくれたのは記憶に新しい。
柔らかく笑う彼女の笑顔がこの上なく俺も幸せにしてくれる。それは俺に向けられている時は勿論のこと、が友達と話している姿を見ても変わらなかった。
「なあ、炭治郎」
「ん?なんだ善逸」
「いいのか?あんな楽しそうに話してるけど」
冨岡先生に呼ばれて職員室へ善逸と赴いていた帰り、のクラスの前を歩けば当然その姿は目に入る。
俺の好きな表情を今日も変わらず見せていて、それだけで胸が温かくなることにベタ惚れだと言われても否定はしない。それほど俺はのことが好きなんだ。
「ああ、可愛いよな」
「いやいやそうじゃないよ?」
立ち止まっての様子を見守っている俺の隣で善逸は声を上げた。
名前を呼ばれてもまっすぐの方を見ていて振り向かなかったが、信じられないとばかりに首を振った善逸が視界の端に映り込み目を合わせた。
善逸はビシ、と音が出そうなほどに腕を伸ばしての方を指差した。
「喋ってる相手!男じゃん!?」
「……人を指差すのは良くないぞ?」
「えっお前不安じゃないの?俺は不安だよ彼女が他の男とあんな仲良さそうに話してたらさあ!」
「彼女い、」
「ないけどね!?ごめんなさいね!?」
指をさすなと指摘すればそれをやめ、今度は俺の両肩を掴み詰め寄りながら吐き散らした。
廊下でなんでお前ばっかり、とのたうち回るお陰でのクラスにいる人たちからの視線が集まる。勿論もこっちに気付いて、話をやめて俺の元まで駆け寄ってきてくれた。
「炭治郎、どうしたの?また呼び出されてたの?」
「すごいな、どうしてわかったんだ?」
「だって職員室くらいでしか私のクラスの前通らないでしょ」
「に会いにだってくるさ」
は一瞬目を丸くした後、優しく微笑んだ。は誰にだって優しい。今喚いている善逸へもこうして心配そうにして、困ったように笑いながらもいい人ができるよって背中をさすってくれている。
善逸が言うのは、こうして付き合っている子が他の男と接することに気を悪くしないのかということなのだろうけど、そんなことは思ったことがない。
の自由を俺が奪うことなんてできないし、そもそもは俺のことを好きでいてくれているというのが事あるごとに伝わってくるから、例えば浮気だとか、そうでなくても俺以外の誰かが好きであるとか、頭の片隅にもなかった。
俺とが付き合っているということは特に隠したりもしていないし、彼氏がいるとわかってて、そういう気持ちで近付く人もいないと思っていた。
そう、思っていたのだが。
「俺のことが好きだから」
竈門くん、呼んでるよ、とクラスの女の子に呼ばれ扉へ向けば、かと思っていたがそれは違くて、がこの前楽しそうに話していた友達だった。
俺に直接関わりはないけど、何か用事か、のこととかだろうかと首を傾げていれば階段の踊り場で告げられた。
「仲良くするのは俺の勝手だろ?」
その告白は、俺でなくてに言うべきことなのではないかと思ったが、吐き捨てるように言葉を発し、と立ち竦んでいる俺の横を通り去ってしまっていった。頭の中では冷静でいたはずが、身体が上手く動かなかった。
は、そのことを知っているのだろうか。いや、きっと知らない。知っていれば彼女のことだ。きっと俺が不安になることなんてしないだろう。
「……不安だ、」
呟いた一言は、一人佇む冷たい階段の空気に消えていった。
その日の放課後、いつもは昇降口で一緒に帰ろうと待ち合わせをしているが、気になってしまった俺はのクラスまで足を運んだ。
教室にはまだ何人かいるが、は昼間と同じく俺に宣言してきたあの男と楽しそうに話をしていた。
昼間はのことしか見れなかったのに、今はその二人を鮮明にこの目に焼き付けてしまう。
いやに心臓がどくどくと身体中に鳴り響き、とげとげとした胸の痛みも初めて感じていた。
けど、楽しそうに話しているところに俺が割って入っていいのだろうか。心の狭い男だと思われないだろうか。友好関係はの自由なのだから、俺が口出しをしていいものなのだろうか。そもそも、こういう場合なんと伝えるのが正解なのかもわからない。『俺以外の男と話すな』とか、そんなことは言えるわけはないし、『あの人はのことが好きだから気を付けてほしい』なんて、人が誰かを好きである気持ちを俺から伝えてもいいものではないないだろう。そういうのは本人に直接言うべきことだ。
「今度遊び行こうぜ」
ちらりと、教室の扉の陰に隠れている俺に気付いたのかと話しているその男と目が合った。はこっちには背を向けているから気付かない。
見せつけているのだろうか、その男はを陽気に誘い出そうとしていた。
「うん、みんなも誘おうよ」
「あー、うん、まあ、そうだな」
匂いでわかった。誤魔化そうとしていることを。微かにした匂いだが本気ではないことはわかる。
どうにか理由を作って当日はと二人になるつもりなのだろうか。
グツグツグツグツと、嫌な感情が胸の奥から湧き出てくる気がした。
「いつにするよ」
「」
その予定が決まる前に、身体が勝手に動いたといってもいいほど、いつの間にかにの元へ歩み寄って肩を掴み俺の方へ引っ張った。
もたついて俺に背中をぶつけたが小さく名前を呼んだ。
「ごめんね、遅かった?」
「いや、俺が待ちきれなくて来ただけなんだ、ごめん」
「……?」
放課後はお互いその日によってやることがあるからと、終わった直後ではなく時間を決めていた。勿論こうして俺が迎えに行くこともあったけど、様子がおかしいと気づいたのか俺の顔を覗き込む。
無垢なその瞳を俺は見ることができなくて視線を逸らした。逸らした先に、つまらなそうに欠伸をしながら教室を出るその男の姿があった。
「どうしたの、炭治郎……、なんか、変だよ?」
並並ならぬ気配を感じ取ったのか、教室にいた他の人たちもなぜかそそくさと後にする。気を利かせたのか夥しい雰囲気に逃げたのか、どちらかはわからない。
ずっと俯いている俺には眉を下げながら袖を摘んだ。
「変だよな、俺」
「え、う、うん……」
を不安がらせるような態度なんて今までとったことはない。
わかっている。の自由を俺が奪うなんておかしいって。でも、あからさまに自分の彼女に好意を寄せた男が近付いているのを前にして、平然としていられるわけがなかった。
「炭治郎?」
「……は、」
「うん?」
「は、俺のことが好きな女の子が俺の傍にいたら、どう思う?」
目をずっと合わせていないから、の表情はわからない。
こんな聞き方、ずるいだろうか。でも、もしがほんの少しでも不安だと思ってくれるのであれば、今しがた教室を出ていったあの男には申し訳ないが、俺からに伝えようと思った。
「い、いるの?告白されたの?」
「あ、いや、」
「断って。絶対嫌。その子と話さないで」
懇願するように俺の腕をギュッと握りしめたとようやく目を合わせた。今にも泣き出してしまいそうで、震えていた。
初めて俺に見せた不安げな表情に胸が締め付けられて、掻き立てられた衝動のままを抱き締めた。
「違うんだ、ごめん」
「違うの……?嘘じゃない?炭治郎みんなに人気だから、すぐ言ってね、そういうの。不安になるから……」
弱々しくなっていくに反して、俺は少しだけ安心してしまっていた。
同じ気持ちでいた。彼女のことが好きな人が傍にいるだなんて、不安になるし、そう、話さないでほしいと願ってしまう。
「さっき、が話してた人いるだろう?」
「?うん」
「宣戦布告されたんだ」
「なにを……?」
「のことが好きだって」
ゼロだった距離に隙間を作り、へ正直に伝えた。
だから俺はがその男と話しているととられたくないと、話さないでほしいと思ってしまったと。
溜め込んでいた思いを吐き出した俺に、は困惑している様子だった。
「そんなことないと思うよ」
「でも、」
「だって彼女いるよ?あの人」
の口から告げられた事実に固まっていると、はほら、と窓の向こうを指差した。後ろ姿だがわかる。女の子と手を繋いで帰っているその姿は確かに恋人同士であった。
瞬きを繰り返す俺には呆れたように続けた。
「炭治郎、正義感強いからなにか喧嘩したんでしょう」
「……、あ、そういえば前に冨岡先生に怒られていて乱闘になりそうだったのを止めたかもしれない……?」
「ええ、先生に任せておけばいいのに。冨岡先生強いでしょ」
必死に直近の出来事を思い出すように頭をフル回転させて、心当たりがありそうな場面を思いつく。ただ、止めるのに必死で顔は覚えていないし、が好きだと言われてしまえば俺の頭の中は今までそれでいっぱいだった。
「すまない」
口を尖らせるに、なにも心配することはなかったんだったと頭を下げた。
情けないな。そもそもどうして、嘘だと見抜けなかったんだろうか。のこととなると冷静になれない自分を悔いた。
「でも、ちょっと嬉しいかも」
「心の狭い男だと思ってないのか……?」
「思わないよ。好きでいてくれてる証拠だから」
目を丸くする俺に、はくすりと笑いながら背伸びをして頬に口付けた。
やっぱり、特別今日のようなことがおこらない限り、愛されていると実感できる俺は不安にはならないのだろうと思った。
俺も不安にさせたくないと、返すようにに顔を寄せ、柔らかい唇へと触れた。
次の日、珍しくは教室内でそのクラスメイトへ怒っていたらしい。
そうして僕ら大団円
2020/08リクエスト企画さくらこ様へ!