短編



*単行本派ネタバレ注意





桜舞う穏やかな季節も徐々に移り変わり、町へ炭を売りに山を下るだけでも額にじんわりと汗を掻くようになってきた。
あれほど身体を動かしていた鬼殺隊での日々を思うと、身体は動かさないとすぐに鈍ってしまうのだと痛感する。

は暑くないのか?」

数ヶ月前に町で炭を売っていた時、道がわからなくなってしまって、と聞かれてから仲良くなったのは隣町に住んでるというだった。控えめな性格で、たまにふわりと笑う姿に見惚れてしまうくらいには素直に綺麗な子だ。
隣町への一本道まで案内している中で話していると年も同じでそのまま仲良くなって、以来は時折こっちまで足を運んでくれるようになった。俺もと話しているのは楽しいから、今度は俺がの町まで行くと言っても、それはいいと首を横に振られてしまっていたのだが。

「寒がりなんです、私」
「……そっか。今日、伊之助が魚を採って来てくれてるんだ、楽しみだな」
「はい」

次はいつこっちの町へ来る、とに伝えられていた日に合わせて俺も炭を売りに行き、ある程度売り切った後に待ち合わせていた場所へ赴いた。
ご飯をうちで食べていかないかと提案したら快く頷いてくれたは、今日も上品で高貴な着物を身に纏っていた。あまり詳しくは知らないし本人も話したがらないから聞かないが、所謂お嬢様なのだと思う。
眉を下げて笑うから妙に曇った匂いがしたから、服については触れてほしくないのかと話題を変えた。

「あ、お兄ちゃーん!」

慣れ親しんだ家が見えて来た頃、扉から禰豆子がこっちに向かって手を振るのに片手を上げて振り返した。
禰豆子も善逸も伊之助も、が今日来ることは楽しみにしていた。手を振る禰豆子の後に善逸も出て来ての元まで駆け寄り手を取った。善逸の場合、に会えばこうなるだろうとは思っていたが。善逸に握られている片手の袖口を抑えている様子に育ちの良さが窺えた。

「そうだ、手紙が来てたぞ、お館様から」
「お館様?」
「何か困ったことはないか、って」

平和な世の中に戻ってからも、お館様は幾度となく俺たちへと鴉を飛ばす。きっと義勇さんや他の隊士たちへも同時に、鬼殺隊が解散しても家族のように接してくれているのだろう。
の手を放して善逸が俺に細かく縦に線の入った手紙を渡す。炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助へ、と達筆に綴られていたそれには善逸の話した通りに困ったことがあればなんでも力になると記されていた。鬼殺隊のことは、には伝えていない。もう終わったことであるし、禍々しい生き物が世の中に存在していたなんて事実、知らなくていいことだ。
隣で小首をかしげるに気付き、手紙を折り目に沿って小さく胸元を使って折り畳んだ。
『客が来るって言うからふんだんに採ってきてやったぜ』『ありがたく食え』と鼻を鳴らす伊之助にが丁寧にお礼を伝えて、約束していた通りその魚を焼き手を合わせていただきますと輪になりのどかな時間を過ごしていた。

「今度みんなで海に行こうよ、ね、お兄ちゃん」
「海かあ、うん、いいな。暑くなって来たし」
「誰が早く泳げるか勝負だ!」
「可愛い女の子、沢山いるんだろうな……、あ、禰豆子ちゃんが勿論一番だからね?」
も行こう」

夕食も済ませて、いろはカルタを畳の上に散らし一頻り遊んだ後で禰豆子が足を伸ばしながら思いついたように呟いた。寝転がっていた伊之助が勢いよく起き上がり、善逸が期待に胸を膨らませながらも禰豆子へ否定を繰り返す中で成り行きを見ているだけだったも勿論俺は一緒に行くつもりだった。けれど、は枯れた花の匂いのような、儚げな香りをさせながら小さく笑った。

「海、少し怖くて。みんなで行ってきてください」

時間がない、とか、泳げなくて、とか、それであれば時間は合わせられるし泳がなくても海へは行けると誘えたのだが、怖いのであれば、無理に一緒に来てもらうことはできなかった。
俺に笑顔を向けた後、は目を細めて俯きがちにどこか遠い場所を見ているようだった。開けたままの窓から月が顔を覗かせる。

「私そろそろ帰りますね」
「ええーさん、泊まっていかないの?お風呂一緒に入りたい!私いつも一人だから」
「えっ寂しかったの禰豆子ちゃん?なら俺が、」
「善逸」
「冗談だって炭治郎」

そろりと一向に足を崩さず正座をしていたが立ち上がり、引き止めるように禰豆子がの腰に腕を回した。今日初めて会ったというのに、髪を結んでもらったり、反対に禰豆子が裁縫を教えていたりと随分と仲が良くなっていた。

、今日は遅いし禰豆子の言う通り泊まっていった方がいいよ。気を使わないでくれ」

時間も忘れてこんなに遅くまで長居させてしまったのは俺たちだ。もしが帰らないことで誰か、例えば両親に咎められてしまうのであればは一切悪くはないと、明日一緒に帰って俺が謝る。
鬼が出ないとなっても、夜道が危険なことに変わりはない。だから自分の身を案じて泊まっていってほしかったのだが、はやんわりと禰豆子の腕を振り解いた。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「なら、送っていくよ」
「いえ、心配なさらずに。またよかったら遊びに来てもいいですか?」
「それは、勿論いいけど……」
「楽しかったです。ではおやすみなさい」

ぺこりと小さく頭を下げて、立て付けを良くしたばかりの扉を開けて外へ出た。月明かりはあるものの、真っ暗だ。

「炭治郎、いいのか?」

なんとなく、ついてくるなと牽制されているようでその場から動けずに、が夜道に小さくなっていくのを家の中から見つめていた。
そばでやり取りを黙って見ていた善逸が横から俺に声をかける。何かがあってからでは遅いことはわかっている。昔、熊に襲われそうになった時のようにが熊に出くわしてもおかしくはない。

「……いいわけない」
「お兄ちゃん、さんのこと好きなんでしょ?」
「!?」
「えっ違うの?」
「……、それは、わからないけど、でも、やっぱり送ってくる!」

思いがけない禰豆子の言葉に狼狽えてしまったが、ハッキリしていない自分の気持ちはさて置き、なんと言われようが女の子一人で暗い山道を帰らせるわけにはいかない。
小さくなった背中を追うように走り抜け、足音に気付いたらしいが振り向くよりも前にその腕を掴んだ。

「、っ!!」
「あ、ごめん、痛かったよな……」

勢いのまま掴んでしまったからか、は身体を揺らした後に俺に掴まれた腕を払うように捩った。
一度俺を揺れる瞳に映した後、顔を背け掴まれた腕を服の上からさすっていた。

「……いえ、すみません」
「やっぱり、送っていくよ。危ないから」
「いいえ、大丈夫」
「大丈夫じゃない。山道は危険なんだ」
「あの、そうでなくて、」
「……?何か理由があるなら、」


頑なに拒むの様子がおかしいことは明白だった。だから、今の俺にはわからない何かがあるのだろうと、話してほしいと身体を背けるの手をとった時だった。
前方から仄かな灯りと共にを呼ぶ声。夜風に葉が重なる音を耳にしながらそっちを見ると、簡易的な洋燈を持った男が一人立ち尽くしていた。照らされるその衣服は洋装だ。その姿を目にした瞬間、俺が掴んでいたの手が瞬時に放された。気のせいだろうか、怯えた匂いがする。

「最近、帰りが遅いと思っていたら友達を作っていたんだな」
「……申し訳ございません」
がお世話になっています」

俺よりも、五つ四つ上くらいの歳だろうか。口調は穏やかだが、妙な……、憎悪に似た匂いが生温かい風と一緒に漂ってくる。

「……二人は、どういう、?」
「ああ、伝えていなかったのか?」
「…………」
「俺たちは結婚が決まっています」

そうだろう?なあ?と、落ち着いているのにそこはかとなく圧を感じる声色でを手招きした。頷きながらはその人の元へ歩み寄り肩を抱かれる。
胸が、鋭利な刃で突き刺されたような感覚がした。俺に頭を下げてを連れていくその姿を、俺はただ呆然と見ていることしかできなかった。





「あれ?これさんのだ」

次の日、やけに早く帰ってきた俺に禰豆子も善逸も不思議そうにしていたけど、あったことをありのままに話せば驚きつつも納得していた。匂いだとか、俺が感じた圧だとかは話していない。だから、二人は納得していても、思えば思うほど俺は納得がいかなかった。胸の内に蟠りがたまって、すっきりとしない。
朝起きて掃除をしている途中、禰豆子が発した名前に俺も動きが止まる。禰豆子の手には櫛があった。昨日髪を結ってもらっていた時に使っていたものらしい。

「届けに行かないと……」
「俺が行くよ」
「でも、さんが住んでるところ知らないよね?」
「うん、でも町の人に聞けばわかるよ、きっと」
「そっか、確かに!」

ポン、と手を叩いて頷いた禰豆子から櫛を預かった。次、いつ会いに来てくれるかも約束していないままであったし、に心に決めた人がいてもずっと友達でいたい。
櫛を懐に入れ、外に出て薪を割る善逸に家のことを頼んだと告げてから隣町へと降りていった。
昔はよく足を踏み入れていたが鬼殺隊が解散してここに戻ってきてからは初めてだった。それでも変わらない町並みに日常を感じ取れて心穏やかになる。辺りを見渡して、行き交う人へ声をかけようとする前に、意外にもの存在が先に目に入り大声で名前を呼んだ。
手を振りながら俺に気付いたへ人混みを掻き分け歩み寄る。

「炭治郎さん、」
「これ、忘れていってたぞ。すぐに会えてよかったよ」

懐へしまっていた櫛をの前へ差し出した。俺がここへいることに驚いたのか、震えた手でそれを受け取りありがとうございますと小さくお礼を告げる。それからチラチラと洋服が並んでいる店を気にする様に視線を運ばせていた。

「……
「はい、あ、すみません、私、」
「待って」

挙動不審にその場から逃げようとするの手を昨日のように掴んだ。
俺には、のようないいところのお嬢様、の結婚とかはよくわからない。昔から誰かに決められたものだったりするのだろうか、それともお見合いなのだろうかと、想像もできない世界なのだろうと思うけど、それでも目の前で何かに怯えている子をそのままにはできなかった。

「俺にできること、何かないか?」
「……」
「放っておけないよ」

俺の言葉に、ピクリと肩を揺らす。ゆっくりと落としていた視線を俺に向け、目に涙を滲ませながら、ギュッと噤んでいた口を開いた。

「たすけ、」
「何をしているんだ?」

俺が掴んでいない方の手が、俺の羽織へと到達するよりも前に、その手は間から割って入ってきたその男にがしりと掴まれる。昨日は距離があったから定かではなかったが、俺よりも上背があって身体もでかい。
その男が俺が掴む手を目を細めて見ているのに気付いたは昨日と同じく振り払おうとするが、そうはさせなかった。

「櫛を、届けにきてくださったんです。忘れていて……」
「わざと忘れたんじゃないのか?」
「っ、……」
「冗談だよ。さ、帰ろう」

が今一瞬顔を歪ませたのは、気のせいではない。この男が力の限りの手首を握り締めたからだ。それを目の当たりにして、昨日自分の凍えてしまった気持ちに動けなくなった自分を殴りたくなった。どうして、この子を帰してしまったんだ。

「手を放してもらっても?」

いつまでの手を掴んでいるのだと、声色とは裏腹に鋭い目付きを俺へ向けるが、そんなもの沸々と腹の底から怒りがこみ上げてくる俺にはとっては痛くも痒くもなかった。この子は今、俺に自分から助けを求めた。
俺が使える手は、一つしかない。でも、俺はこの子を守りたい。
言う通りに動いたわけでは決してない。一度から手を離した俺はの手首を掴むその男の腕を捻り上げた。すると当然ながら顔を歪ませ声を荒げた。

「いでっ、で、おま、力尋常じゃ、」
「放すのはお前だ」
「何を、まさか、この娘が好きだとでもっ?残念ながら、昨日も話したように、結婚が決まって、」
「なら俺も決めた」
「はあ?」
「お前からを奪う」

ぐ、と握る力を強めその男の握力がなくなり漸くを放したところで、俺は再びの手を掴み男の元から駆け出した。
おい、と呼び止める声が遠くから聞こえ、市松模様の羽織の男を捕まえてくれと誰かに指示を出している。を引っ張ったまま走るのにも限界があって、このままだと早々に俺は捕まってしまう。

、ごめん」
「え、っ!?」

もっと、が安心できるような、身を委ねられるような抱え方があればよかったのだが飾りとなってしまった片腕を持つ俺にその術は俺にはなく、を肩に担ぎ上げるように抱え、踏み込みを入れて屋根を伝ってその場から逃走した。
風を切りながら町の外れまで走り、人がいなくなったところでを降ろし、一つ息を吐いてから……我に返った。

「やってしまった…………」

いつも俺は、頭に血が上るとその場が穏便に収まる方法が頭の片隅にもなくなり自分の感情のままに動いてしまう。でも、をあのままあの男に連れていかれてしまうのは絶対に避けたかったし、こうするしかなかった、とは思うのだが。
青ざめて頭を抱える俺に徐に影が降ってくる。

「炭治郎さん」
「うん……」
「ありがとうございます。嬉しかった」

頭を抱える俺に、見上げた先のは頬を赤らめて満面の笑みで俺に柔らかく告げた。お礼を言われて、素直に喜んでくれているのに、その瞳の奥が侘しさで溢れているように俺には見えた。

「さっきの言葉だけで、私この先ずっと生きていけます」

滲んだ瞳から涙が伝い乾いた地面を濡らしていく。俺の前に落ちるその涙は、儚い色だった。
さっきの言葉というのは、俺が奪うと口から咄嗟に出た一言のことだろうか。そんな、頭に血が上って出てしまった言葉だけで満足されてしまったらたまったものではない。

「私、帰ります」
「駄目だ、どこへ帰るんだ。俺がなんとかするから」

涙を拭って俺に小さく、他人行儀に頭を下げるの手を掴んだ。地面へとついていた膝を伸ばし立ち上がる。
さっき、を抱えていた時にわかったことがある。風にひらひらと着物の裾が捲れ、露わになった脚には痣のような痕があった。勿論、それは俺たちのような戦い様に顕現するそれではない。意図的に、誰かから外的に受けた痣だ。
善逸と握手をしていた時に袖口を抑えていたのも、禰豆子のように無闇矢鱈と足を伸ばさなかったのも、痣を俺たちに見られないようにしていたからだ。
をそんな風に痛めつける家になんて、俺は絶対に帰したくない。それなのに、は頑なに頷いてくれなかった。引き止める俺に髪を揺らしながら首を横に振る。

「婚約が破談になってしまったら、お父さんの病が」
「病……?」
「お金が、必要なんです」

世の中には、気持ちだけではどうにも都合よくいかないことは、ザラにある。幸せが壊れる時はいつも血の匂いがするけれど、血を流さないために奪われる幸せもあるのだと、いやに無情で理不尽な世界なのだと慮った。

「だから、その、炭治郎さんがよければ、今度また遊びに、」
「わかった」
「……はい」
「お父さんも連れてこよう」
「は、……はい?」

瞬きを繰り返すに口端を上げ、考えを口にすればはやっぱりぶんぶんと首を横に振るのだが、俺だって譲れなかった。
人は誰しも幸せになる権利がある。幸せに生きるものだと俺は思っている。それが、俺がなんとかできることであるのなら、この手を放すという選択肢は片隅にも浮かばなかった。





まっすぐ見据えた先、砂利道が揺らめき蝉の鳴き声が耳に響く季節になった頃。
薪を割っている頭上で一羽の鴉が鳴く。俺が見上げるよりも前に目の前に重々しい巾着が小銭の音を鳴らしながら地面へと落下した。

「お兄ちゃん、また送ったの?」
「うん、いつかは受け取ってくれるかなと思って」
「気持ちはわかるけど、そろそろきっと迷惑だよ。甘えちゃおうよ」

聞き慣れた鴉の声に気付いた禰豆子が山菜採りからちょうど帰ってきたのか寂しく落ちたままの巾着を拾った。中身は、お館様へ送った資金だった。
が、お金が必要だと話した時、一瞬俺には何もできることがないのだと痛感したのだが、すぐに自分が懐にしまっていたお館様からの手紙を思い出した。
困ったことがあればなんでも力になると綴られていたそれに、心苦しく思いながらも絶対に全て返すと決め、頼ってしまった。
すると、十分すぎる資金がすぐに送られてきてのお父さんは今、町の大きな病院で医者に診て貰いつつ生活をしている。もよく見舞いに行って元気そうにしているから判断が間違っていなかったのだと胸を撫で下ろしつつ、やはりこのままでは気が晴れないのでしつこいと思われてしまおうが、炭を売って得たお金をお館様へ送り続けていた。が、今日のようにそれは綺麗に返ってくる。時折送ったはずの額よりも多く返されていることもあるから、俺も禰豆子の言う通り、そろそろこのまま甘えてしまおうかなと考えていた。

「ところで、さん知らない?」
「え、いないのか?」
「うん、家にはいなかったけど」

首を傾げる禰豆子を置いて、斧を手放し家の周りを探し歩く。折角と暮らせるようになって、身体に残り痣も薄くなってきたというのに最近は忽然と姿を消す。禰豆子と山菜を採りに行ったり、伊之助が魚を採るのに網を持って手伝いに行ったり善逸と町へ買い出しへ行ったりと、手伝いのようなことをしているのはわかるのだが、どうにも俺が知らないところにいることが心配になる。



さんの保護者みたいになってるよ、なんて禰豆子に言われたが、もうなんだっていい。俺がのことを好きであることには変わらない。
小さい後ろ姿を見つけて声をかけると、兎がいたのかの元からぴょんぴょんと軽快に跳ねていった。

「炭治郎さん」
「あまり一人でどこかへ行かないでくれ、心配なんだ」
「ごめんなさい。水を汲みにいってただけなので」
「まだ治ってないだろう?」
「痕が残ってるだけで痛くないですよ」

もう触っても平気そうにしていたからそれは理解しているのだが、どうしても、いつかふわっと消えてしまいそうなこの子のことを気にかけずにはいられなかった。やっぱり悪いので、と、家に連れてきたばかりの頃は何度も戻ろうとしていたし。多分、元いた場所に戻らなければならないという見えない鎖のようなものがの中であったのだろう。
隣に腰を下ろす俺へは頬を綻ばせる。

「できることはなんでもするので、言ってくださいね。お風呂沸かすのもお裁縫も、炭も売りにいきます」
「……なんでも?」
「はい」
「じゃあ……、」

他人行儀なのは、変わらなかった。
まるでこの家に使用人でもできたかのようには私にやらせてください、と一人でやろうとする。一緒に住んでいるのに善逸や伊之助とは違い、俺が住まわせているようだった。
の頬に、手をあてたのは無意識だった。綺麗な透き通った瞳に俺が映る。煩く感じていた蝉の音が聞こえなかった。

「家族になろう」

どうしたら、のありのままに心を開いてくれるのかわからなかったけど、家族のように暮らしていきたい。穏やかに笑いあって、たまに喧嘩することがあっても好きな食べ物を用意して仲直りして、一緒に町へ行って好きなものを買って。そうして“普通”の家族のように接して欲しかった。
俺が発した言葉に、は幾分か固まっていたが、徐々に顔を真っ赤に染め上げていく。その変貌に、自分が伝えてしまった言葉は通常であればそう捉えるだろうと慌てて手を放した。

「これは、その、!」
「あ、だい、大丈夫です、違う意味ですよね、すみません、ありがとうございます」
「いや……、ちが……くは、ないけど……」

好きなのだから、いずれは、なんて誰しもが思うことだ。順序がおかしくなっただけで。俺はに自分の気持ちすらちゃんと伝えていないのに、何も考えずに口走ってしまったことを後悔した。こんなかっこ悪い伝え方があるだろうか。断られてしまってもおかしくはない。
情けなくも声が小さくなる俺には下に落としていた視線を控えめに上げた。

「……気を、つかってませんか?」
「それは絶対にない」
「あの、私、」

小さく小さく、蝉に掻き消されそうな声では呟き、幾度となくに触れていた俺の手をが包み込んだ。
それから、瞳の奥に幸せを映しながら、頬を和らげた。

「もし生まれ変わったら、こんな人と生涯一緒に過ごしたいなって、思っていたんです」

出会った時から