「ごめん、知ってたんだ」
一世一代の告白だった。薄紅色の花弁が舞う木の下で、私はずっと胸の内に秘めていた想いを花札の耳飾りを揺らしながら笑う炭治郎へ告げたのだった。
「へ」
「つい、俺に必死なが可愛くてそのままにしてしまったんだ」
ははは、と笑みを零す炭治郎に私は固まった。
蝶屋敷で炭治郎と過ごす内に、私は分け隔て無く誰にでも優しく接する、加えて面倒見の良い炭治郎に惹かれていった。
暫く想いを本人へ伝える勇気なんてものはなくて、それでもやはり、炭治郎にもし私以外のそういう仲の人ができてしまったら嫌だなとなんとか意識してもらえるように行動で示してきた。けれど、きっとわかっていない。私はそう考えて、もう諦め半分で想いを言葉にしないと伝わらない、と、意を決した告白だったのに。
「わかってたの……」
「うん。いつもさりげなく夕食の時に隣に来たり、鍛錬中に一番に差し入れを持って来てくれたり…」
「ひっ」
「アオイさんに頼んで俺が任務帰りの日は絶対食事をたらの芽の天ぷらにしてくれたり、善逸に『私のことを根回ししておいて』って頼んでいたこととかも、全部」
楽しそうにつらつらと語る炭治郎を目の前にして、私は顔から火が出そうになった。そんなのあんまりだと思った。アオイさんも善逸も、どうして炭治郎に言ってしまうのか。私の気持ちがバレているのに炭治郎がそのままにしていた理由なんて、もう一つしかない。
そんなの、失恋確定じゃないか。
山頂からどん底に突き落とされた気分で、視界が滲んでいくのと同時に穏やかに笑っていた炭治郎の目が丸々していくのだけはわかった。
「嘘だから!!」
「えっ、ま、」
大声を張り上げて私は炭治郎に背を向けて走った。もうしない。隣にも座らないし差し入れも一番になんて持っていかない。心の底から固く誓い、それでもこの傷付いた心はどうすることもできなくて、水が流れる音のする厨房へ飛び込んだ。
「アオイさーんうええん」
「きゃあ!」
子供のように、流し台で食器を洗っていたアオイさんに後ろから崩れるように膝を床につけて飛びついた。アオイさんは泣きじゃくる私に泡だらけの手を洗い流してパンパンと割烹着で手を叩いた。
「どうされました?」
「知ってるなら言ってくださいよ私無駄な努力してたってことじゃないですかみんなの前でええ、しかもなんで言うんですかぁああ」
「何のお話ですか…?」
「炭治郎に振られた」
「ああ、炭治郎さんに振られ…、え?振られた?」
まるで今初めて知ったかのように驚くアオイさん。アオイさんはこんなにも意地悪な人だっただろうか。縋り付く私にアオイさんは布巾で涙にぐしゃぐしゃになった私の顔を拭いた。優しい。意地悪な人じゃなかった。
「あの、炭治郎さんに振られたって、そう言われたんですか?」
「だってからかってたんですよ私の気持ちを知りながらも!」
「それはそうですけど…」
可愛いからとかなんとか言っていたけれど、それは小さい子供が一生懸命何かに没頭するその姿が可愛いと思うことの一種なのだろう。炭治郎は長男だし、私が炭治郎に好かれる為にしていた行動はそう思われたって何ら不思議ではなかったのだ。
「ここにいたのか!」
「やだ追い討ちかけに来た!!」
「違う!」
ぐすんと漸く落ち着いて来た頃に、厨房から顔を覗かせてこちらの気も知らず歩み寄ってくる炭治郎。ああ本人から直々に慰めに来たのだろうか、でも今はその優しさはいらない、と卑屈になりながらアオイさんにしがみ付いた。
「ごめん、本当にごめんな。泣かせるつもりはなくて」
「そんなに謝らないでよもういいの。嘘だって言ったでしょ。振られた時の定型文連呼しないでください」
「そうじゃなくて」
「それ以外に何があるのもう出てってよ」
私は今からアオイさんのお手伝いをするんです、とアオイさんに抱きつきながら炭治郎の方は一切見ずに言い放った。優しい炭治郎のことだ、少し心が痛むだろう。でも私はもっと心が痛んだのでお互い様だ。変なところで優しい気遣いをしないでほしかった。
「…なあ、」
「どうせ私が死んだって炭治郎は…、!」
何とも思わないんでしょ、そう続けようとしたけれど、アオイさんにしがみ付いていた身体は肩を引かれて反転し、ご立腹な様子の炭治郎が視界に広がる。
「二度とそんなことは言わないでくれ」
勿論、本心なんかではなかった。言葉のあやというか、からかわれていて拗ねていた。やっぱり私は小さい子供だったのだ。自分の思い通りにことが進まずに大声を張り上げて虚勢を張ってなかったことにして、優しく包んでくれるような人の元へ縋り付いて。
「……お二人でごゆっくり」
「え!わ!」
アオイさんは私を炭治郎の元へ投げ捨てるように引っぺがした。そんな私を炭治郎はいとも容易く受け止める。身体が強張ってしまい立ち上がることができずに、炭治郎の胸に手を押し当てながら私はへなへなと床へ座り込んだ。
顔を上げることはできなくて、厨房の扉が静かに閉められた音が聞こえた。
「からかってたのは、ごめん」
「…だから、謝らないでって言って、」
「が好きなんだ」
さらりと続けられたその言葉に私は顔を上げた。
「俺、好きな子ほど苛めたくなるタイプの人間だったらしくて」
申し訳なさそうにする炭治郎に、アオイさんが驚いていたのは炭治郎が私のことを想ってくれているのを知っていたからだったんだと理解した。
炭治郎は私と目線を合わせるよう、床に正座して真剣な眼差しを向ける。ドキドキと脈打つ胸が煩くなる。
「ごめんな。許してくれないか?」
「……許しません」
「……そうだよな、簡単には許してくれないよな」
頭をぽりぽりと掻く炭治郎の後ろでは窓から日が斜めに差し込んできた。
「どうしたら許してくれるんだ?」
「…そんなの、自分で考えてよ」
その光からも逃げるように、ぷい、と顔を背ける。太陽が似合うあなたを見ていると、もうなんだってよくなってしまうような気がして。
私も自分が面倒な女である事に今気付いた。何をしてくれるだろうか。朝寝坊が多い私を起こしてくれたりするだろうか、夕食後の甘いものを分けてくれたりするだろうか。我ながらやはり子供だと思った。本当はしてもらいたいことはある。でも炭治郎みたいなドがつくほどの真面目くんにはきっとわからないだろう。少なくとも私の中での炭治郎はそういう人だった。
それがあろうことか、炭治郎は顔を背けた私の頬に優しく触れてぐい、と自身の方へ向かせる。
シャラ、と耳飾りが揺れる音がして唇に伝わった温かい感触。目の前が炭治郎でいっぱいになった。目を開けっ放しの放心状態な私からそっと離れた炭治郎は伏せていた瞳を開く。
「これで、許してくれないだろうか」
「……」
「嫌…ではないよな?」
何も言葉が出ずに黙っている私に炭治郎は眉を下げて困ったように笑う。困ったのはこちらの方だ。わかっている癖に。確信犯だ。私の頬を包み込む温かいその手に自分の手を重ねた。
「ずるいよ」
ギュ、と噤んでいた口からそう零せば、炭治郎は優しく微笑んだ。この笑顔が私は心底好きで、やっぱり、そんな炭治郎を見ているだけでもうなんでも許してしまいそうになってしまうのだ。
卑怯だな、とジト目で炭治郎を見ていれば、炭治郎はあー…、と曇り声を出して後ろめたさそうに目を逸らした。
「…何?」
「やっぱり、もっと早く言うべきだったなと思って」
申し訳なさそうに頬を掻いて照れる素振りを見せる炭治郎。もっと早く言うべきだったっていうのは私のことが好きだという気持ちのことなのだろうか。それは確かに私としてももっと早く言って欲しかったけれど。炭治郎がなぜ今そう思ったのかがわからずに小首を傾げていると、頬を上気させ真っ直ぐ私を見つめる炭治郎に目が放せなくなる。
「もっとしてもいいか?」
発せられたのは、いつもよりも幾分低い声だった。落ち着いたと思った私の胸の鼓動は取り戻してくれないようで。ゆっくり、コクリと頷いた私を求めるように、愛しい人からの深くて甘い口付けに夢中になってしまったのだった。
お陰様で、盗み食いに厨房へ入ってきた伊之助に目撃され、みんなに言いふらされてしまったのはま言うまでもない。
降伏する昼下がり