短編



*善逸視点

「好きなら伝えりゃいーじゃん」

炭治郎に、好きな子がいるらしい。あの炭治郎が誰か一人の人を好きになることなんてあるのかと俺は失礼ながらも思っていたが、それは事実らしい。
最近、やけに用も無く時間さえあれば町に降りるし、しのぶさんやアオイさんに何か買ってくるものはないかと聞いたりしているし、不思議に思っていたのだ。
明らかに様子が変だとは思っていたけど、まあ、俺には関係ないしと気にせずにいた。が、その行動をきよちゃん達も不思議に思っていたらしく、しかも『もしかして炭治郎さん、町に会いたい方か好きな方がいるんじゃないんでしょうか!』と目をキラキラとさせながら俺に尋ねてきたのだ。
そう推測されてしまっては俺も気になって仕方なくなり、稽古の合間に単刀直入に聞いてみたのだ。
すると、壁に背中を預けて隣に座る炭治郎から聞こえてきたのは鼓動の早い音。なんてわかりやすい奴なんだ、そして、まだ小さいながらも女の勘という奴は恐ろしいものだと悟った。

「そんなことできないよ」
「……何かと理由つけて会いに行ってるくせに何言ってんだよ」
「それは、友達として……」

相手は反物屋の娘さんらしい。町で悪漢に難癖つけられているところをたまたま通りかかった炭治郎が助けたのだとか。
その時任務帰りだった炭治郎と禰豆子ちゃんの衣服の乱れを見て、治してもらってから仲良くなったようで。
口籠もる炭治郎に、そんな一面もあったのだと新鮮な気持ちになる。

「どんな子なんだ?何歳くらい?」
「同い年って言ってた」
「へえ、お嬢様とかなの?」
「ああ、うん……お店は結構大きいよ」
「町って、すぐそこの町だろう?どの店だ?」
「……」
「……?」

炭治郎が好きになる子、どういう子なのだろうと興味本位でポンポンと質問を投げかけてみたが、早三問目で答えは返ってこなくなった。
隣にいるのに聞こえてないわけはないだろう、ぼんやりと稽古場の木目を眺めていた視線を隣の炭治郎へ移すと、わかりやすくしかめっ面をしていた。

「教えないと、ダメなのか?」

すでに一丁前に独占欲が芽生えてやがる。
いや、もうすでに二人が恋仲であるならおそらく、炭治郎の性格からして赤裸々に話していたと思う。自慢の恋人だと。でも今はそうではないから、牽制しているのだろう。変に横槍を入れられないように。

「そりゃ気になるだろ」
「好きになられたら……困る」
「…………」

ああ、違った。俺がその子のことを、もしくはその子が俺のことを好きになってしまったら困ると、そういう意味だったらしい。
人は恋に落ちて、その人のことを考えると知能が猿と同等になるとどこかで聞いた気がするが、まさにその通りだと思った。

「ならないだろ……」
「いや、向こうはまだしも善逸はわからないだろう…………」
「その顔やめてくれない?」

心底信用ならないという顔だった。いやまあ、その子がめちゃくちゃ可愛くて優しくて明るくて……という感じで、俺にも良くしてもらえるならちょっとわからないかもしれない。というか、炭治郎が好きになるような子だ。そういう子の可能性の方が高い。

「つーか!とられたくないなら、お前がさっさとその子と恋仲になればいい話だろう!」
「だから、その子は良いところの娘さんなんだ、俺なんかじゃ釣り合わない」
「釣り合うってなんだよ、柱になったらとかか?」
「それは、わからないけど……」

ビシッと指を差して声を荒げれば、目を逸らして難しそうな表情を見せる。好きだと思ったら、真っ直ぐ思いを伝えるような人間だと俺は思っていたのだが、自分の今の立場が足枷になっているらしい。
ここまで炭治郎を悩ませる子、ますます気になってきた。
というか、その子はよく自分に会いに来る炭治郎のことをどう思っているのだろうか。用も特にないのに会いに来るなんて、気付いているんじゃないかと疑問が募る。

「もうこの話はいいだろう!稽古続けるぞ!」

まだ聞きたいことは山ほどあるのに、詮索されたくないのか腰を上げ竹刀を片手に素振りを始める。
俺はまだ休んでいるから、お前の素振りの数を数えているよと告げればまたあの顔を見せられたので俺も渋々立ち上がった。





世知辛い世の中だ。
饅頭を持ち出したのは伊之助であるにも関わらず、一つだけ俺に寄越したそれを縁側で頬張っていたらしのぶさんに見つかり、怖い笑顔を浮かべられ、そのままお使いを頼まれた。
あの伊之助が俺に饅頭一つくれること自体あり得ないことだったのに、まんまと騙された。知恵をつけやがって、あの猪頭め。

「ここか……?」

頼まれたのは糸だった。療養服に使う用の。
縫えれば何でもいいです、と言われた為、ある考えが頭に浮かんだのだ。
大きな看板が掲げられたその店の前で立ち止まる。炭治郎が思いを寄せている子の店。おそらくここだろう。しかも、確か今日も炭治郎は町へ降りていた。もしかしたら今もここにいるんじゃないかと興味本位で中へ足を踏み入れた。
町行く人が普段着るような着物、というよりは晴れの日に纏うような煌びやかな反物が並んでいる。

「ありがとうございます。お出口までお持ちいたします」
「いや、ここでいいよ。ありがとう。また」

入ってすぐ、出入り口横でのやり取りが耳に入る。いかにもな金持ちそうな紳士と、その後ろに見えるのは、淡い薄紅色の着物を着て綺麗に髪を纏め上げた女の子。あの子だと、直感でそう思った。

「失礼」
「あ、すみません」

入り口で棒立ちだった俺にその男の人が声を掛け、慌てて道を開ける。それからその子へ視線を戻すと、一応俺も客ではあるから当然ながらその子と目が合った。

「いらっしゃいませ。今日は何をお探しで?」
「ああ、えっと、糸を……」
「そのお召し物……」

可愛い。いや女の子はみんな可愛いけど。柔らかい雰囲気と、そしていい匂い。へえ、炭治郎ってこういう子が好きなんだ、と思うと同時に確かに好きだと告げるのには勇気がいりそうだなと納得だった。
心の中で頷いていると、その子は俺が身に纏っている隊服を見て口元に手をあてた。

「ああ、俺も鬼殺隊なんだ」
「キサツタイ……?」

そのまま言葉を繰り返すその子へ不味いことを言ってしまったと心臓がヒヤリとした。炭治郎、この子へ教えていなかったのか。
ボロボロの服を縫ってもらったと話していたからてっきり知っているものだと勝手に思っていた。

「いや、ううん!なんでもない!俺は我妻善逸。竈門炭治郎ってわかる?」
「はい!やっぱり、炭治郎さんのお知り合いなんですね。私はと申します。炭治郎さんと同じ道場の方ですか?」
「あ〜うん、そうそうそんな感じ」

炭治郎がこの子に自分のことを何と話しているかがわからないから、一先ず曖昧な返事で交わしておく。しかし炭治郎が嘘が吐く度にあの顔をしていると思うと……、なんとも言えまい。
頷く俺にちゃんはふわりと笑って見せた。

「炭治郎さん、今お店の裏庭にいらっしゃいますよ。禰豆子さんと一緒に」
「そうなんだ」
「はい。先ほどの方がお見えになった時、邪魔にならないようにと。糸でしたよね?こちらです。ご案内します」

思った通り炭治郎は今日もちゃんのところへ来ていたらしい。バレないように、俺はその裏庭には行かずに用が済んだら退散しようと本来の目的を思い出しちゃんへ着いて行った。
俺はよくわからないから、何に使う用かと伝えるとではこれがいいと思います、と選んでくれたので素直にそれにした。淑やかで礼儀正しくて、素直な良い子だ。俺がお客さんだから、というのもあるかもしれないが、そういうのは音でわかる。

「最初に炭治郎さんと会った時も、この糸を使ったんですよ」

硬貨を渡す俺に、ちゃんは小さく笑いながら話し始めた。悪漢から助けてくれて、と。すでにその話は俺は聞いているのだが、一応初めて聞いた話のように頷いていた。

「でも……」
「?」

選んだ糸を包むその子の手が止まる。
穏やかに話していたのに、音もそうだったのに、若干、湿り気のあるような音に変わる。
もしかして、頻繁に会いに来ることが嫌だとか、そういう類なのだろうか。

「今は違う糸で」
「……ん?」
「裁縫はできないと仰っていたので、どなたかにまた縫い直して貰ったと思うのですが」

だったら怖い、聞きたくないと心の中で怯えていた俺に、ちゃんは顔を上げて苦笑した。

「お裁縫が上手な方が、近くにいらっしゃるんですよね」

音が変わった。それは、俺が炭治郎に質問攻めをして、答えが返ってこなかった時と同じ音だった。

「……なんだ」
「?」
「好きなんだ」
俺はてっきり、炭治郎の儚い片思いかと思っていた。だって自分のことが好きだったら普通匂いでわかるだろう。でも、ちゃんのことを思う時の炭治郎を思い返せば、匂いとかそんなの何も関係なくなってしまうのだろう。
独り言のように呟いた俺の一言に、ちゃんは見る見る内に顔を紅潮させていく。

「あのっ、これは、炭治郎さんには、」
「うん、言わない。言わないけど、それは炭治郎に伝えないの?」

違う、と否定することはせずに素直に慌てふためく姿を見て、心底炭治郎が妬ましくなった。
隊服や羽織はよくボロボロになるから、縫製係が直してくれるけど、流石反物屋の娘さんだ。自分が使った糸でなくなっていることに気付いたのだろう。炭治郎の近くにいる誰か知らない裁縫ができる人に、この子は嫉妬していたわけだ。うわ、罪な男!

「それ……」
「好きだ、って」

ハッキリ言えば、ちゃんは一度俯き、もごもごとしながら胸の前で手を弄り始めた。
それからもう一度俺と目を合わせる。

「私が好きだなんて伝えたら、炭治郎さん困ってしまいます」

眉を下げて笑いながらそう話す彼女に思わずドキッとしてしまったが、俺の入り込める隙は一寸もないのは確定している。俺というか、他の誰でも、か。

「うーんでもさ、炭治郎もちゃんのことが好きかもしれないじゃん?」
「そんなことないですよ」
「(あるんだよなあ……)」
「私が同い年の友達が少なくて、とお伝えしてしまったばかりに炭治郎さん、よくお店へいらしてくださるようになっただけで……」

どうにも、お互い遠慮しあっている状況らしい。どちらかが一歩踏み出さない限り、この不毛とも呼べる関係は変わらないのであるが。
恐れ多いです、なんて言いながら俺に包んだ糸を差し出すちゃんへ、俺はこれ以上何かを言うわけにも行かず店を出た。裏庭は向こうです、と律儀に教えてくれたので、当初は炭治郎に会わずに帰ろうと思っていたけれど、二人の本音を知った今、物申すわけには行かずに豪勢な裏庭へと足を運んだ。写真を撮り時に使うのだろう。植えられた花が鮮やかだ。

「むーう!」
「どうした?禰豆…………、善逸」

花に漂う蝶々を観察している禰豆子ちゃんが俺に気付き、ここで飼っている猫だろうか、そのお腹を撫でていた炭治郎が俺へと振り向いた。
なぜお前がここにいる、とでも言いたげな表情で。
まあ、二人をどうにかしようものなら色々と方法はあるし、第三者が介入すればすぐに事が済む話だ。だからこそ、あの可愛い子ちゃんとの恋路は当分俺は見守ることに決めた。そう、素直に言おう。これは嫉妬だよ!

ちゃん、可愛いな」
「……会ったのか?何か、余計なことを言っ」
「ケッ」
「な、なんなんだ……」

喉をゴロゴロと鳴らす猫を抱えながら俺に詰め寄る炭治郎に吐き捨てれば怪訝な顔をされた。

雷のみぞ知る