短編



爛々と輝かせる瞳が私は苦手だった。

「会えて嬉しいです、さん!」
「そ、そう?」
「はい、とても!今日非番なんですか?袴姿も綺麗ですね」
「ありがとう……」

どういうわけか、今私に褒め言葉を浴びせ続ける竈門炭治郎くんに、私は懐かれてしまっていた。炭治郎くんに私は何かした覚えはないのだけれど、蝶屋敷ですれ違った時に唐突に手を握られ、名前を聞かれた。
それ以来、炭治郎くんは事あるごとに手紙を寄越してくるようになり、こうして会えば私を褒めちぎってくるのだ。
最初の頃は、炭治郎くんは長男だと聞いていたし誰かに甘えたいのか年上を頼りたいのかとか、そんなことを考えていたけど、それとは違うことに気付いた。
そう、懐かれているというよりかは、

「益々好きになりそうです」
「…………」

炭治郎くんは、私のことが好きらしい。
けれども私には炭治郎くんは弟のようにしか見えなくて、気持ちには答えられないとは常日頃言っているのだけど、それでも諦めないと言わんばかりに愛の言葉を囁いてくる。
そして会うたびに距離も徐々に近くなっている気がする。

さん」
「ん、うん?」
「手、繋いでもいいですか?」

私が頷く前に、もう繋いでいる。
おそらく炭治郎くんは、私が押しに弱いということに気づきはじめている。断れない私も私なのだけれど、どうしても繋ぎたいんです、それ以外は何もしないので、なんて押されてしまえば首を横には振れなかった。

「炭治郎くん、任務は?」
「入ってません。このまま逢引しましょう」
「逢引、」
「どこに行きます?あ、向こうに美味しそうな茶屋がありましたよ」

有無を言わせず、炭治郎くんは私の手を引っ張りその茶屋の方へ向かう。繋がれた手と前を歩く炭治郎くんに交互に目線を配っていると目が合い、笑いかけられた。
太陽に負けじと明るくて柔らかい笑顔に思わず心臓がどくりとした。これはきっと、あくまでもいい笑顔だけだったからで、別に男の人として意識したトキメキではない。絶対。
自分に言い聞かせながら、こじんまりとした茶屋の暖簾をくぐった。

さんそれ好きですよね。いつも同じだ」
「一度好きになったら飽きないの」
「俺も飽きないですよ」
「そうなの?」
さんに」

……なぜそんな小っ恥ずかしいことがさらりと、清々しい笑顔で言えてしまうのだろうか。むしろ、私のことを意識なんてしていないからそんなことが口から溢れでるのではないかと勘ぐってしまう。
返事はせずにいつも食べるお団子を頬張った。
もちもちとした食感を味わいながら周りを見渡すと、私たちの他にお客さんはいない。夕暮れ時でもうお店が閉まるからだろうか。

さん」
「!、なに」

お店の人も私たちが座っているところからは見え辛い。そんな状況にほんの少しだけ緊張してしまっていた中で呼ばれた声に、不自然に肩を震わせてしまった。
情けない。そもそも緊張する理由だってない。私はこの子のことが好きではないし、愛の告白は日常的に捧げられるものの手を出してきたことは一度もないのだから。

「俺、さんのことが好きです」
「あ、うん、ありがとう」
「それで俺、階級が上がったんですよ」
「へえ、そうなんだ。おめでとう」

今日もまた、いつも通り突然気持ちを全面に押し出してぶつけてきたかと思えば、ころっと話題が変わって拍子抜けした。
階級が上がったのはおめでたいことだ。折角だからここを出る前に炭治郎くんへお祝いに手土産として団子を買ってあげようかと、私は炭治郎くんにとってはいいお姉さん、でいるつもりだった。

「もうさんと一緒です」
「えっそうなの?」
「はい」
「すごいね、短期間で」

炭治郎くんが鬼殺隊に入ってからはまだ一年も経っていないと聞いた。私は数年かけて今の階級に辿り着いたのに、あっという間に追いつかれてしまったのかと元々持っているものの違いを見せつけられた気がした。とはいえ、私にとって炭治郎くんは弟のように接したい、という気持ちは変わらないのだけれど。でも、炭治郎くんがもしいつか柱になった時は、さすがに敬語を使うべきだろうか。
薄っすらといつかのことを頭に浮かばせていると、炭治郎くんに肩をがし、と掴まれた。

「俺、考えたんです」
「な、なにを?」

恐る恐る炭治郎くんの方へ顔を向ければ、炭治郎くんはいつになく真剣な面持ちで、いつもは爛々とさせている瞳の奥を揺らしていた。
その近さに、いつの間にかに微かにあった隙間も埋められていたことに気付く。

「どうしたらさんが俺に振り向いてくれるか」

真っ直ぐ向けられる男らしい顔付きにゴクリと唾を飲み込んだ。振り払えばいいのに、振り払えない。なぜだかその瞳から逃れられない。
唇を噛み締める私に炭治郎くんは続けた。

「もう立場は同じです」
「、っ」
「逃げないで」

頬を大きな手で包み込まれ、この雰囲気に炭治郎くんの意図を察した私は身体を後ろに逸らそうとしたけど、その前に肩に置いていた手が腰に回され逃げられなかった。
立場が同じって、そういうことがしたくて階級を上げてきたわけじゃないでしょうに、そもそも付き合っているわけでもないし、無理やりそんなことをするのは良くないし、と言いたいことは沢山あるのにどれも喉から出てこない。

「このままだと何も変わらないんじゃないかって」
「……、」
「だから、何かきっかけが必要だなって考えたんです」

目を細めながら、炭治郎くんの視線は私の口元へ落ちる。親指で唇を柔くなぞられ身体の芯がぞくりとした。
穏やかな笑顔のはずが深みを帯びていて、窓から差し込む夕陽がそれを助長させているようだった。

さんは自分をしっかり持ってますよね。俺、そういうところが好きなんです」

ずい、と腰に回された腕に力が入り、身体を寄せられる。倒れ込みそうになってしまって炭治郎くんの両肩に手をついた。力を入れれば、押し返せる。

「だから、嫌なら嫌だと示してくださいね」
「、ちょ、」

いつもの明るい、男の子らしい声色に戻ったけど、私との距離をゆっくりと詰めてきて何もできずに私は瞼を閉じることしかできなかった。
こんな反応、後から思えば好きにしてほしいと言っているようなものなのに、それほど私は押しに弱いらしい。いや、ただ押しに弱いだけでないのかもしれない。相手が炭治郎くんでなければ絶対に嫌だと相手を突き飛ばすくらいの意志はあった。

「……?」

待ち構えていた、と言えば可笑しな話だけど、なかなか思い浮かべていたことにならないと恐る恐る瞼を開けば、至近距離の炭治郎くんの瞳に視界が奪われた。どくりどくりと脈打つ胸の鼓動がおさまらない。
そんな私に炭治郎くんは頬を綻ばせて、今度は悪戯っ子のように笑った。

「少しは意識してくれました?」

その笑顔に、少しどころかもう随分と、私は彼にいつの間にかに心酔してしまっていたのだと気付いた。

彼の姑息な甘い罠


2020/08リクエスト企画祈乃莉様へ!