短編



*善逸視点


幼馴染のは、なんというか、節操がない。
唐突に、なんの前触れもなくふらっと家に来たかと思えば炬燵で蜜柑を食べている俺をちら、と横目で見て、そのまま自分の家のように炬燵に足を入れ「あーあったかーい」なんて寛ぎ始める。

「お前さあ」
「んー?」
「それでいいわけ?」

ゴロン、と猫のように寝転がりながらクッションへ顔を埋めているへ問いかけた。化粧をしているからクッションに粉がつきそうなのだが、まあこの際それはもういい。
面倒くさそうに返事をしているが、俺は気付いている。この男っ気のなかった(人のことは言えないが)幼馴染に、好きな男ができたことを。しかもそれが、俺が仲良くしている男なのではないかということ。
『善逸ー!友達できた?一緒に帰ってあげるよ』なんて高校入ってすぐに隣のクラスのが教室に乗り込んで来た時、一緒にいたのが炭治郎だった。俺は知っている。それはもう音の変わりようが露骨だったから分かりたくなくても分かった。

「どういう意味?」
「炭治郎の好きな女子がお前みたいな子だとは思えないけど」
「……!!別に好きじゃないし!!」
「ソウデスカ」

『善逸の友達か?俺、竈門炭治郎!よろしくな』って、笑顔を向けられた瞬間に身体は硬直していたものの爆発音が響いた。俺の耳に。
あ、恋に落ちるってこういうことを言うんだな、と親友と幼馴染を前にして目の当たりにした気がした。炭治郎にその気があるのかは知らないが、むしろ炭治郎が友達以上に思う子ってどういう子なのか俺も気になるから脈は正直なところ微妙だとも思っている。そういう話をした時に、曖昧なことを話していたこともあったし。
だから、例え幼馴染といえど男の家に転がり込んで素足を炬燵に突っ込んでぶつけてきたり、服が捲れてヘソが見えていることとか、そういうところを直せばあの炭治郎だって少しは靡いたりするのではないかと、可能性としては無きにしも非ずだと思うのだが。当の本人は俺の意見なんぞガン無視だ。

「それで?」
「それで、とは?」
「今度は炭治郎くん、いつ善逸の家にくるの」

むくりと起き上がって炬燵の上に置いてある籠に入った蜜柑へ手を伸ばした。が化粧をして家へ来るようになった理由はこれだった。どすっぴんでいつものように自分の家のようにインターホンも鳴らさずに来たある日、部屋には炭治郎がいた。むしろ学校ではすっぴんと同じようなものだからなにをそんなに慌てる必要があるのかと思ったがにとっては一大事だったらしい。それからはこうして身なりを整えて俺の家に来るようになった。なぜこれで自分の思いが俺にバレていないと思っているのか甚だ疑問である。

「予定はないけど……、自分で誘えば?」
「そんなことできるわけないじゃん!恋人でもあるまいし」
「いや、でも炭治郎、女の子とも普通に遊んでるし」
「別に、私は友達でもないもん。幼馴染の友達、だもん」
「…………」

蜜柑の皮を剥きながら、しおらしく呟いた。
にもし好きな男ができたら、きっと後先考えずに突っ走るタイプだと俺は思っていたのだが、実のところそうでもなかったらしい。相手が炭治郎だということも起因しているのかもしれないが。俺とは違って人気者だし。みんなの竈門くん、だし。俺もみんなの善逸くん、とか言われてみたいわ。

「それはないわ……」
「え、声に出てた?どこからどこまで声に出てた?」
「『みんなの善逸くんって呼ばれて〜』って」

心底引いた目で俺を見る。いやいや、女の子に限らず男だってああいう男に憧れるもんよ、声に出してしまったことは失態だが。
どうでもいいけど、と前置きをしながら手元へと視線を戻しが続ける。

「好きな人の話とかしないの?」
「炭治郎と?」
「うん」
「しないねえ」

嘘だけど。
炭治郎の靴箱からラブレターたるものが落ちてきた時に、俺は衿ぐりを掴んで問い詰めた。その手紙には『善逸くんに好きだと伝えてください』『善逸くんを校舎裏に呼び出してください』と書いてあるのではないかと。やめろと鬱陶しそうにはらわれ一旦落ち着いた後に、炭治郎には好きな子もしくは気になる子はいないのかと、彼女の一人や二人できそうな奴ができないと気になるから聞いたのだ。そうしたら、気になる子はいる、と、笑っていた。すげえ優しい音をさせながら。いや、それ、もう好きじゃん。好きな子に対する音だよ、と、だから俺はの恋には正直いいイメージは湧かないのだった。

「ふーん……まあ、どうでもいいんだけどね!どうでも!ていうかお腹空いた!お昼食べてない」
「俺んち今蜜柑しかないよ」
「じゃあ出前頼もう」

ひたすらにバレバレな気持ちを隠そうとするのは、俺には茶々入れられたくないとか、そういうところからなのだろうか。
蜜柑を一つ平らげた後にはポケットからスマホを取り出して弄り始める。

「なに食べる?」
「寒いからなー……鍋とか頼めるの?」
「さあ、ラーメンと同じ理屈でありそうだけど」
「極論過ぎない?」
「同じようなもんでしょ、鍋かどんぶりかのちが、……」

鍋って多分ラーメンのようにそのまま来ないんじゃないかと、俺もテーブルに置きっぱなしだったスマホを手にして調べようとしたところ、画面を見ながら固まっているに気付く。

「なに?闇鍋でも見つけた?」
「見つけた……」
「は?」
「これにする!これ頼む!」

今日一番、窓から見えるどんよりとした寒空にも負けない、化粧が役に立った笑顔を俺へ見せた。キラキラとした瞳には闇鍋を見つけたとは思い難い。
嬉々として、鼻歌までもを口ずさみながらスマホを操作し完了、と声を弾ませた。
一体何を頼んだのか顔を顰める俺とは対照的に、は窓を鏡がわりに身嗜みまで整え始めている。その様子になんとなく、頼んだものに予想がついた。
上機嫌で待っているを他所に、俺はスマホでその店が出前をしているのか調べてみると、最近始めたとお知らせに出ていた。
やはりそういうことかと、若干呆れつつ俺もあの店は好きだからと到着を待っていると、家のインターホン鳴り響いた。

「来た!私出てくる!」

音が聞こえた瞬間、ドタドタと玄関まで走り、何度目か身嗜みを整えている。その落ち着きの無さはすでに扉の向こうの人間に聞こえているのかと思うのだが。
扉を開ける後ろ姿についていった。

「こんにちは!パンをお届けに来ました」
「炭治郎くん!ええ、炭治郎くんのお店だったんだ!びっくり!」

何を言ってるんだこの娘は。
自転車で届けに来たらしい炭治郎はお店のロゴが入った紙袋をわざとらしく驚いたフリをするへ手渡した。
店に行けばいいじゃん、と俺が話した時は恥ずかしいし無理とか言っていたくせに、あくまでも偶然を装いたいらしい。

「うん、いつもは配達は俺じゃないんだけどな」
「へえ!そうなんだ!すごい!運がいいんだね私!」
「……、うん、今度店にも来てくれると嬉しいな」
「うん、炭治郎くんが良ければ!」

どこぞのアイドルの握手会でもやってるのかという雰囲気で進められる会話を距離を置いて見ていると、の背中越しに炭治郎と目が合う。伊達にこの一年、炭治郎とは一緒にいない。何が言いたいのか察して、じゃあこれで、と背を向ける炭治郎を見送ったフリをしてから、ちょっとコンビニ行ってくる、なんてに嘘を吐いてから外へ出た。
角を曲がったところで待っていた炭治郎が俺を目にして眉を下げて笑う。

ちゃん、鈍感過ぎないか」
「え?」
「パンがなくても、呼んでくれたらいつでも行くのに。自分からは全く来ないからな……」

今まで俺は、幼馴染の恋は結局のところ、いつかは失恋に終わるのだと思っていた。炭治郎はそんな素振りは今まで見せていなかったし。
ただ、俺は幼馴染の失恋を直接耳にしたくなかっただけだった。炭治郎といる時はの話題は出さないようにしていたから、全ては俺の推測に過ぎなかったのだ。

「……恋人じゃあるまいし」
「今はな」

まさか。そんなことが。
衝撃の事実を目の当たりにしそうで、胸がざわめきだす。ゴクリと唾を飲み込んで、苦笑している炭治郎へ訪ねた。

「いつから?」
「最初から」

ああ、そうだ、俺は音である程度のことはわかるけど、炭治郎も匂いでわかるのだったと、今頃目の前のパンにほくほく満面の笑みを浮かべているであろうを思い浮かべた。

交差する愛を一から定義せよ