短編



竈門炭治郎が六人兄妹の長男であることは周知の事実。自身ですら”大丈夫、自分は長男だ”とその生まれを己を鼓舞する際に使用する程、長男という肩書きを誇れるような生活を送っていた。
けれども、だからと言ってなんでもできるわけではないのもまた事実であった。

「たーんじろ!」
「……何回も言っているけど、そろそろそれ、やめないか」

炭治郎は一つ息を吐いた。
鎹鴉からの指令を受け、鬼の討伐から帰ってきた丑三つ時、蝶屋敷で働くは炭治郎の帰還に気付き、炭治郎の部屋へと忍び込みその腕に纏わりついた。

「え、それ?」
「女の子が、そうやって軽々男に身を寄せたらいけないだろう」
「えー、よく禰豆子ちゃん抱っこしてるのによく言う」
「禰豆子は妹だぞ」
「私もそんな感じでしょう?だから大丈夫!」

“長男”。その言葉は自分を鼓舞するためのものであって、決して他人に”長男だから大丈夫”と根拠のない信頼を寄せられる代物ではない。けれどもは、炭治郎が長男であることになぜだか絶対の信頼を寄せているのだ。
『炭治郎は優しいから大丈夫、長男だもんね』と、幾度となくから浴びせられた言葉に炭治郎は今日もまた溜息を吐くのであった。

「そんな感じって……、は妹ではないしそれに、」
「それに?」
「……いや、なんでもない。とにかく!こんな夜中に部屋に入ってきちゃダメだ」
「えー」

は炭治郎を兄のように慕っていた。殺伐とした世界の中で炭治郎に出会い、その優しさに家族愛のようなものを感じていた。だからこそ、夜中にいそいそと炭治郎の部屋に入り床に就こうとしていた中、こうして兄妹のように一緒に寝ようとするのだ。
しかし炭治郎はそれを許すことなんてできなかった。がまだ、炭治郎のことを”男として好き”であるならば何も問題はなかった。しかし、から炭治郎に対しそのような甘い匂いは全くもってしない。好き、とは幾度となく言われるものの、それは恋愛ではない。炭治郎がのことを思っているのもつゆ知らず、はそんな炭治郎を試すかのようにこうしていつもいつも腕を絡ませてくるのであった。

「炭治郎は私のことが嫌いなの?」
「え、いやそんなことは、」
「じゃあいいじゃん!ね!一緒に寝よう、今日ちょっと寝付けなくて」
「こら!」

炭治郎に纏わりついていた身体をはなし、は部屋の中央に敷かれた布団へ籠り横になった。当然炭治郎は叱咤をするのだが、はまるで言うことを聞かない。
それどころか、おにーちゃん早く、なんて言ってのけるのだ。

「(俺がどれだけ我慢していると思って……)」
「お疲れでしょう?一緒に寝てくれるなら特別マッサージしちゃうよ」
「……わかった」
「いらっしゃいま、わ!」

低く小さく呟いて、炭治郎はが横になる布団へ歩み寄り、毛布を引き剥がした。
布の擦り切れる音とピアスの揺れる音が耳に鳴る。

「俺は長男だから、ずっと我慢してきた」
「……?うん、お疲れ様、横になっていいよ」
が俺を慕ってくれているのも理解している。だからこそ我慢していたんだ」
「……?」
「わからないか?」

状況が上手く飲み込めていない様子のに炭治郎は布団へ足を踏み入れ、膝をついての頬を触る。目を丸くし瞬きをするに炭治郎はそっと顔を寄せた。

「!?」
「今更逃げるのか?」
「え、いや、…あっちょ」

何をされるのか、呑気にしていた頭の中で咄嗟に察し、は起き上がろうとするが両肩を押さえ込まれ、そのまま組み敷かれる。

「俺は、の”お兄ちゃん”じゃない」
「……」
「歳だって同じだし、そもそも俺はのことが好きなんだ」
「へ」
「だから人一倍に優しくしてきたつもりだし、ずっとこういうことがしたくても俺は我慢してきた」

好きであるからこそ、優しくしてきた。しかしどういうわけかはその優しさの受け取り方を誤り、炭治郎にとって不毛な関係が続いていた。
から炭治郎に男女としての好意が寄せられない限り、ぐいぐいと来られるもののその衝動を一人抑え込んでいた。けれども、我慢するにも限界というものは存在する。

「でも、もうそんなことできるわけない」
「ちょ、」
が悪いんだからな」

決して、我慢ができない自分が悪いのではない。度を超えたが悪いのだと言い聞かせた。
片手は肩を押さえたまま、炭治郎は今度こその頬に触れ、炭治郎を押し返そうとするに構わず自身の唇を重ねた。

「んっ、!……た、ぅ」

半ば無理やり舌をねじ込ませ、水音を部屋に響かせる。
瞬間、今まではしなかった匂いが炭治郎の鼻を掠め、唇を離して口角を上げた。

「ああ、そうか」
「……たん、じろう」
「我慢なんて最初から必要なかったんだな」

初めてからした甘い匂いに、随分と無駄な我慢を今までしてきてしまったのだと、自嘲した。
そうとわかれば、もう何も隔てるものはないと、の止める声も聞かず夜を明かすのだった。

なんと甘美な誘惑なのでしょう。