短編



好きな女の子ができた。鎹鴉から救援の命があり駆けつけた時に出会った子だった。歳は一つ下だと聞いた。その子も俺と同じく救援で駆けつけたらしく、仲良くなるのに時間はかからなかった。それと同時に、強いのに飾らなくて、鬼と戦う世界でありながら柔らかい表情を見せる彼女に惹かれていった。禰豆子と同じように妹のように接していたはずなのだがどうしてそんな風に思うようになったのかは、自分でもよくわかっていない。そんなこと、彼女は知る由もないだろう。

「炭治郎くん」
「……」
「炭治郎くん!」
「え!?…ああ、か、どうしたんだ?」
「炭治郎くんこそどうしたんですか?ぼーっとしてましたけど…」

最近、よく言われてしまう。だけじゃなく、善逸やしのぶさんにも。俺がこうなってしまっている原因は今縁側で隣に座る彼女に原因があるのだが。到底本人には言えまい。

「なんでもない、寝不足なだけで…」
「寝れなかったんですか?」
「たまたま寝付きが悪くて」

ふうん、と小首を傾げるに作り笑いを見せた。好きだなんて、言うことは出来ない。言えない理由は、この子は俺のことが好きではないことがわかっているからだ。この子は俺といる時も他のみんなといる時も匂いが変わらない。それはみんな平等に接しているから。
けれど、前に話していたことがある。


『好きなら男から言えよ!ちゃんはお前に譲るからさ!』
『いや、譲るも何もは善逸のものでも何もないだろう…それに迷惑だろうし』
『迷惑もクソもあるか!愛を叫ばないでどうするんだよ炭治郎!俺たちはこのままいつ死んでもおかしくないんだぞ?そりゃあさ、勿論死なないのが一番いいけどね?俺はこのまま女の子といちゃいちゃできずに人生終わらせるなんてぜっっっっったい嫌だね!!』
『何の話をしているんだ、善逸』
『兎に角!ちゃんといる時の炭治郎から聞こえてくる音がもうすっげえのよ!俺気になって気になってしょうがないわけ!!男から言えば意識しない女の子なんていないから!』
『……』
『お前意識されてないくせにみたいな顔で見るのやめて!!』


以前、善逸と話していたことだ。俺がのことを誰にも言わずにいた時に、話があるとおもむろに呼び出されるとうるさいんだよお前の音、と捲し立てられたのだ。
そうは言われても、胸の音なんて自分でどうにかできるものでもないのだ。そのままそう返せば、じれったいからくっつけよ、と吐き捨てるように言われた。多分お前なら大丈夫、と付け足して。

「……、あのさ」
「はい!」
「……」

蝶が舞うのを眺めながら名前を呼んだ。隣から聞こえてくる声はほんのりと高くて心地いい。何が大丈夫、なんだろうか。一体なんの根拠があってそんなことが言えるんだろうか。言おうと出し掛けた言葉は、やっぱり喉の奥で思いとどまる。

「体調!もう大丈夫か?」
「?はい、もう平気です。明日には任務にいけると思います!」
「そうか、よかったな!」

前回の任務で負傷したは蝶屋敷で休息をとっているところだった。皮肉なことだけど、彼女が負傷をすれば自ずと蝶屋敷へ出向くことが多くなり、ここに身を置いている自分と会える機会が多くなる。怪我をしてほしいわけではないけど、ここへ赴く理由がそれである限り会えた時は複雑な気持ちになる。怪我以外の理由で蝶屋敷に訪れる理由があれば、何の蟠りもなくと会えるんだけど。

「炭治郎くん達と一緒だと安心するんだけど、なかなかないですね、そういう機会」

彼女を見れば、彼女もまた目を細めてゆらゆらと羽ばたく蝶を眺めていた。その横顔に胸がとくりと跳ね上がるような気がした。
俺達、か。

「…?どうしました?」
「いや、なんでも…」
「熱、あります?」
「いや、!」

ずっとその様子を見つめていたから気づかないわけがなかった。俺の視線に不思議そうにしていたは何を思ったのか、俺の額にその綺麗な手をあてて自分の額と比べた。

「ちょっと、高い…?」

火照っているのが顔に出ていたからそう思ったのかはわからない。けど、の手が触れたことによって体温が上がってしまうのは言うまでもなかった。

「ないよ!大丈夫だから」

逃れるようにの細い手首を掴んで離した。こういうのは、非常に心臓に悪い。目を丸くするから顔を逸らした。

「そっか…、無理しないでくださいね?」
「うん、大丈夫。こそ、怪我、しないように」
「はい、気を付けます!」

鼻を鳴らすの笑顔から、そこはかとなく穏やかな匂いがした。
怪我、しなければ、ここには来ない。来る理由がない。けれど、俺はと会いたい。任務が一緒とか、そういうのではなく、ただ会いたいだけなんだ。この手ですら、離したくないと思ってしまっている。
もし、が自らこの屋敷に来てくれる理由ができたとしたら、どんなに喜ばしいことか。それは夢のような話であるけれど。

「……炭治郎くん?」

何度目か、俺を心配そうに呼ぶ声。熱はないから大丈夫。大丈夫だけど、そうじゃないんだ。

「ごめん」
「え、何が…?」
「熱は、あるんだ」
「大変、休んだ方が…、?」

掴んだままの手に少しだけ力を込めて握った。に顔をまっすぐ向ける。言えば、何か変わるかもしれない。相手の気持ちを知ってから話すなんてそんなの、男じゃないよな。

のことを考えると、寝れないし、熱くなるんだ」
「……」
「だから、また会いに来てくれないか?」

瞬きを繰り返すその瞳に自分が映る。しばらくすると、その色白な顔に熱を集めだし俯いた。初めて、から仄かに甘い匂いを感じた。


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「炭治郎お前……」
「何だ善逸…」
ちゃんに何をしたんだ爆発音が聞こえたぞ!!えっちなことでもしたのかしたなら俺に詳しく教えてくれどんな反応だったんだ!!??なあ炭治郎!!」
「してないし仮にそうだとしても教えるわけないだろう!」

匂いが変わる瞬間