短編



よく、町に炭を売りに来る男の子が私は好きだった。

「炭治郎くん、今日ご飯食べていってよ」

市松模様の羽織を羽織って髪を一括りにしている竈門炭治郎くん。町に住んでいるわけではないけれど、降りてくるときはいつも炭を売るだけではなく、酒屋のおじさんの荷物を運んだり、壊れた引き戸を直すのを手伝っていたり、炭を売り終わったら疲れているだろうに子供たちと遊んだりと、それはもうみんなから愛されていた。私も勿論その内の一人で、今日は幸運なことに炭治郎、炭治郎、炭治郎!と助けを求める声も少なく炭治郎くんを独り占めできていた。

「嬉しいけど、今日は禰豆子の誕生日だから」

町の大通りから外れた細道に荷台を止めて、壁にもたれながら三色団子を頬張る。一面は雪景色で、太陽に反射し真っ白な世界の中に艶々と光が溢れていた。
私の誘いに炭治郎くんは眉を下げて笑いながらそう言った。

「誕生日をお祝いするの?」
「うん、この前商人のおじさんから聞いたんだ。海の向こうの国では生まれた日を祝う文化があるんだって」
「そうなんだ……」
「うちは六人兄妹だから、毎年沢山みんなでお祝いができる」

目を細めて嬉しそうに、炭治郎くんは話した。
今大通りの方で遊んでいる茂くんや花子ちゃん、その帰りを待っているお母さんや禰豆子ちゃんたち家族のことが大好きなのだと、表情から伝わってくる。

「炭治郎くんの誕生日は、私もお祝いしたいな」

お団子を食べ終えて一息吐いた。俯きながらそう呟いた口元から白い息が冷たい空気の中に溶け込んでいく。

「あ、家族の輪にのうのうと入ろうってわけじゃないよ?ただ、私もそういうのいいなって思って。お昼ならほら、大丈夫でしょ?たらの芽の天ぷらも沢山用意する!」

図々しいことを言ってしまったかもしれないと、慌ててつらつらと言葉を重ねる。それでも、炭治郎くんの家族にそういう風習を取り入れるのなら、私も少し、ほんの少しだけ足を踏み入れたいって、そう思った。


「うん……」
「母さんが、いつでもうちに泊まりにおいでって言ってるんだ」

隣から降ってくる声に顔を上げれば、炭治郎くんは頬を綻ばせていた。何度か炭治郎くんの家には遊びに行ったことがある。その度、家族仲の良さを見せつけられて心の中が陽だまりのような温かい気持ちでいっぱいになった。あまり、邪魔をしてはいけないかな、なんて思うほどには。

に誕生日祝ってもらえるの、楽しみにしてる」

自分でそれを求めていたくせに、本当にいいのだろうかと耳を疑ってしまった。
ひんやりと冷たくなった私の手を炭治郎くんがそっと包み込む。

「でも、誕生日だと随分先だな。もっと二人でもいたいと思っているし……」
「……」
「欲張りだろうか……」
「ううん、嬉しい」

炭治郎くんは、いつだって温かい。その手の温もりも、瞳の紅も、言葉も、何もかも。真冬なのに、炭治郎くんといると私は火照ってしまうのだ。
ふわりと頬を綻ばせながら、炭治郎くんは私に顔を寄せたので、目を瞑って私はその温かさに浸った。

「ああー!花子ねーちゃんこっち!にーちゃんチューしてる!」
「っこら茂!」
「母さんに言っちゃお~!」
「言ったらもう荷車乗せないぞ!」

今は真冬だから、炭治郎くんの誕生日をお祝いするじりじりと日が照るあの季節はまだまだ先だったけど。
楽しみは待てば待つほどその時がきっとかけがえのない日になるから、それまでに少しでも料理の腕を上げておこうと、二人におちょくられている炭治郎くんを見てくすりと笑みを零せば、おでこを弾かれた。

それから、季節が移ろいさえしないすぐのことだった。
ある時から、ぱったりと炭を売りに来なくなってしまった炭治郎くん、いや、竈門家の噂。それを耳にして、雪道を足が悲鳴をあげることも無視して一心不乱に、いるはずのその家に向かって走っていた。
けれど話通り、部屋の中は血が飛び散り荒らされたまま。へたりと腰が抜け、その場に座り込んだ。
荒い呼吸は木とこびり付いた血が混ざる奇妙な匂いの中に消えていく。
当たり前に、私はいつも炭治郎くんと会える日々に幸せを感じていた。それが、私の知らないところで、こんな形で、無情にも終わってしまうだなんて、胸が張り裂けそうだった。

「……、」

溢れる涙を掬ってくれる人もいない。耐えきれない嗚咽を漏らしていると、ふと目に付いたのは、机の上に置かれた手紙だった。血も飛び散っていない、惨事があった後に置かれたものだと窺えた。
震えを抑え立ち上がり、草履を脱いで部屋に上がりその手紙を手に取る。へ、と記されていた。


--いつになるかはわからないけど、必ず戻るから。
もし、その時まだが俺のことを想ってくれていたら、誕生日に一緒にたらの芽の天ぷらが食べたいな。--


それだけ書いてあって、炭治郎くんが生きていることにひどく安堵して、再び私の瞳には涙で溢れてその手紙を濡らしていった。
必ず戻ってくるのであれば、もし、だなんて予防線を張らないでほしい。私は炭治郎くんのことしか考えられないのに。
涙で濡れた手紙を綺麗に折りたたんでしまい、一つ、私は決心した。

もう、炭治郎くんと会えなくなってから二年は経とうとしていた。
あれから私は、ただひたすらに炭治郎くんを探しながら刀を振るう毎日を送っていた。
額に痣がある男の子を知りませんか、と町に来る商人の人へ聞いたり隣町や行けるところまで自分で足を運んだりとしていた。
そうしている内に、夜、山道を歩いている時に出くわしたのは、鬼だった。
得体の知れない不気味な生き物に私は逃げることさえもできず、目の前を人ならざる手で覆われた時だった。
ザンッと重々しい音が耳に響き、気付けばその頸が飛んでいた。そこで、私は『鬼殺隊』という組織の存在を知ったのだ。
炭治郎くんの手紙に、そういうことは一切書いていなかった。おそらく、私に余計な不安を煽らせない為だ。町では今の今までそういう被害にあったことはなかったから。
でも、あの惨事は多分鬼の仕業で、だから炭治郎くんは鬼殺隊に入る為行方を晦ませたのだろうと漸く理解できた。


です。よろしくお願いします」

どれだけ炭治郎くんは苦しめられただろう、悲しい思いをしただろう、力になりたい。
大切な人の、大切な人を喰らう鬼を許せなかった。
育手を紹介してもらい、選別を受け、鬼殺隊入りを果たした後は、鬼を狩りながらも私は炭治郎くんをずっと探していた。
けれど、他の隊士と任務で一緒になるということはほぼない。あっても額に痣のある人は知らない、と炭治郎くんのことを知る人に出会うことはなかった。

「お前もッ地獄に堕ちやが--」

ほぼ、相討ちだった。塵となって消え行く鬼を横たわりながら眺めていた。
跡形もなく散ったのを確認にして、草原の中仰向けに寝転がった。

「……誕生日だ……」

月明かりが木々を照らす中で呟いた。
戦闘が終わり柔らかい夜風が吹き抜け、蛍があちらこちらで光を灯す幻想的な空間だった。
もう、十二時はとっくに回っているはず。今日は、炭治郎くんの誕生日だ。
体の中に毒が回って、折角の景色も段々とぼやけてきてしまった。
このまま死ぬのかな、最後に一目、炭治郎くんに会いたかったな。願うように月に伸ばした手は、穏やかな温もりに包まれた。

「……か……?」
「…………」

ぼやけた視界に映り込んだのは、ずっと、会いたいと思っていたその人だった。
幻覚が見えるようになってしまったのか、もう私は死んでしまったのか。
私の頭の中にいた炭治郎くんよりも、幾分か大人っぽくなっているような気もした。

「……たん、じろ……、くん」
っ、大丈夫だ!諦めるな!毒は消すから!血も俺が止める!!」

振り絞るように出した声は聞くに耐えない掠れた声だった。
こんな形だったけど、最期に会えてよかった。本当に。
炭治郎くんが私の名前を何度も何度も呼ぶ声がどんどんと遠のいていく。こんなに名前を呼んでもらえるなんて、私は幸せだ。


ふわふわと真っ白な優しい世界から、息苦しさを感じて意識が引き戻される感覚がした。

「う、……」
「うーー?」

瞼を開くと、目の前には木造りの天井。ぱちぱちと瞬きを繰り返し、ここはどこかはわからないけれど、一命を取り留めたらしいことを実感した。
ただし、体がやけに重かった。何かに押さえつけられているような、そんな感じ。視線を下に向ければ、その原因がわかったと同時に、目を疑った。

「禰豆子ちゃん……?」
「うー」

息苦しさを感じたのは、禰豆子ちゃんにとてもよく似た小さい女の子が私の上で寝転がってじっと私の様子を見ていたからだ。
禰豆子ちゃんは、もっと大きいはず。もしかしたら私はまだ夢の中にいるのではないかと、上体を起こして頬を摘もうとしたところ、甲高い声が部屋に響いた。

「あぁあ!?おい炭治郎ーー!!ちゃん起きてるぞ!!」

炭治郎、はっきりと聞こえたその名前にどくりと胸が飛び跳ねた。
部屋の扉から様子を窺うように顔を覗かせた金髪の男の子は、私を見た後に口の横に手を当てそう声を上げた。
木の板を踏み締めてこちらへ走って来る音が聞こえる。

!」

息を切らしながらそう私の名前を呼んで部屋の扉から現れたのは、あの時とはほんの少しだけ大人びたように見えるけれど、紛れもない炭治郎くんだった。
炭治郎くんは私の元まで歩み寄り、禰豆子ちゃんによく似た女の子ごと私を抱きしめた。

「むーっ」
「よかった、、よかった……!」

炭治郎くんの温かさは、ずっと変わらないままだった。
ここがどこかとか、禰豆子ちゃんに似た子のこととか、なぜか私たちを見ておいおい泣いている金髪の人が誰なのかとか、全てが今はどうでもよくなってしまった。
私も炭治郎くんの背中に腕を回し、身を寄せた。

「誕生日、お祝いできないまま、一生会えないのかと思った」
「……、」

溢れ出る涙はそのままに、静かに口にすると炭治郎くんは私を放し視線を交わせた。

「誕生日おめでとう」
「……うん、ありがとう」

唇から伝わる熱だけで、会えなかった空白の時が埋まるような気がした。

あなたが生まれた日には